妖魔伝≫第三夜≫後

第三章 夢幻の強襲

「何なの?」
悲鳴に近いような声でみづきが叫ぶ。
物凄い物音がしたのを聞いたみづき達が外に出ると既にそこには地獄絵図にも似た光
景が広がっていた。
「…。」
身の丈3メートル近い鎧武者がその体格に見合った太刀を一振りする毎に多くの妖怪
の命が消える。
「くそ…。」
鎧武者にはかなわないと思った警備兵はその横に佇んでいる全身を包帯で包まれた奴
に攻撃を加えようとする。
「…。」
攻撃が当たる直前まで身動き一つしなかったが…。
「ぐぎゃ〜!」
叫び声を上げたのは攻撃した警備兵であった。彼は何時の間にか袈裟懸けに体を切ら
れ絶命したのである。
「ひゃひゃひゃ!」
その近くでクラゲの様な物体が場違いな笑い声を上げる。
「何なんだ?こいつ等?」
警備兵だけでは埒があかなくなり各ネットワークのSPたちも攻撃に参加していた
が、クラゲのような奴にはどんな攻撃も効いていない様だった。
「そ〜だ!自己紹介がまだだったね、ブラザー。彼は紅鎧鬼、そしてその包帯ぐるぐ
る君が骸。んで俺様が幻様って言うんだ、よろしく!」
幻といったクラゲのような妖怪は聞いているこっちが場違いな所にいるような錯覚を
覚えるくらい一種、異様なくらい軽いノリで挨拶をした。
「へ〜、僕と気が合いそうじゃん。」
何時の間に外に出てきたのか光乃が幻をみてそういった。
「とりあえずあたし達も助太刀を…。」
言うが早いか飛鳥は妖怪化して飛び出した。
「んじゃ僕は幻君ね。」
「勝手にするんじゃな…。」
「ったく…。」
そのほかのメンバーも戦場に足を踏み入れた。
「無理は禁物ですよ。私は広間の方に行ってみます。」
山本はそういって一行と別れた。
「は〜い!幻君。」
ふよふよと漂いながら光乃は幻に声をかけた。
「ん?誰かと思えば光乃君じゃないかい?」
「おや、僕の事知っているの?」
「まあね。彼女から聞いているんだよ。」
「彼女って?」
「どうしようかな?君のお友達が僕の仲間に攻撃しようとしているみたいだし…。」
「そんな事いわないで、僕とお話しようよ。」
「お話って言うと…。」
光乃と幻はそれぞれ人間に戻った。
「袖を掴んで〜…。」
「お放し!って。あはははは…。」
「あははは…。」
訂正、彼ではなく彼等らだけが異様である。
“何をやっておるんじゃ…。”
みづきが目の前の敵をじっと見据えたまま光乃の行動に悪態をつく。
“本気で気が合いそうじゃな…。”
目の前の骸と呼ばれた妖怪も警戒しているのか動かない。
「んで。彼女って?」
「玲子さんだよ。君とは事務所で会ってるだろ?」
「そうなんだ〜。それで、玲子さんは?」
「ああ、彼女は今、宝物庫にいるよ。僕等は囮なんだってさ。」
「何じゃと!」
みづきが動揺を示した瞬間、骸から鋭い殺気が発生した。
「えっ…。」
目に見えない殺気がみづきに襲いかかろうとした瞬間、目の前がぼやけ、それと同時
に骸から放たれた殺気が掻き消えた。
「全く、いい所で登場じゃねえか。」
時野が紅鎧鬼と剣を交えながらそう言った。
「ヒーローは遅れてやってくるってな。」
はるか頭上で声がした。
「ブ〜…。折角、僕が幻君から情報を引き出してこれからって時に…。」
光乃は頭上を見上げ大神に文句を言った。
「しょうがねえだろ?俺だって、急に呼び出されて何がなんだかわからねえまま戦い
に来てんだから、少しはおいしい思いをさせてくれ。」
何時に無く饒舌な大神がそこにいた。
“緊張しているの?”
既に妖怪化して顔の表情は読み取れないが、飛鳥はその大神の行動が緊張の裏返しで
あることを見て取った。
「んじゃ、幻君。そういうことで僕は宝物庫に行くね。」
「ほ〜い。んじゃ、またね。」
光乃は人間のままその場を去った。彼にしたらこっちの方が速いのだ。
「わらわも行くぞ、光乃だけではちと不安じゃからな。」
大神はみづきの代わりに骸と対じした。
「気をつけろよ。そいつさっき、何時の間にか相手を切り裂いていたぜ。」
「ああ、大丈夫だ。何となく分かる…。」
時野の声に相手を見据えたまま大神がそう言った。
「およよ?俺様のお相手は?」
幻はまたクラゲのような姿になり飛び回っている。
「あたしが相手しましょうか?」
「火瀬飛鳥さんですか?ん〜、別のことならお相手願いたいけど…。」
「こっちとしては…、お断りだけどね!」
火瀬は巨大な火球を吐き出した。彼女の得意技であるこの火球は直撃すればどんな巨
木も炭化どころが跡形も無く消え去ってしまうほどの威力を秘めている。
「わ〜お!」
しかし、幻は避けるどころか真正面から受けた。
「嘘…。」
「ノンノン…。どんな攻撃も俺様には効かないよ。」
「幻、何時まで遊んでるの?」
決して大きくは無いが良通る声が聞こえた。
「全く…。囮役ぐらいはちゃんとやってよね。」
そこには戦いの場には相応しくないような女性がいた。
「あらら?玲子さん、俺等はちゃんと囮役してたぜ。」
「囮役ってのはばれちゃ囮じゃないのよ。」
“玲子だと?だったらさっきのは…。”
玲子と呼ばれた女性は大神が合った田辺玲子とは美人であると言うこと以外では髪型
も髪の色も異なる女性であった。
「あぶない!」
飛鳥の声に大神は大きく後ろに跳んだ。
“ブーン”
大きな物音がして突風が巻き起こった。今まで単調な動きだった紅鎧鬼が急に太刀を
横薙ぎに振るったためだ。
「何だってんだ?急に…。」
同じように大きく後ろに跳んで避けた時野がぼやく。
「玲子!」
玲子の直ぐ後ろで山本の声がした。
「玲子…。今更、何で?」
「…。さよなら、秀一…。」
振り返ると玲子の右手の奇妙な形の刃物を振るった。
山本にではなくその前の空間に向かって…。
「えっ?」
それが自分に向かってくると思っていた山本は何も間抜けな声を上げた。
「ふっ…。鈍ったんじゃない?平和ボケして…。」
玲子は山本に向かってそう言うと、剣により引き裂かれた空間に飛び込んだ。
「そんじゃあね。ブラザー!」
幻たちのいた空間にも同じような空間のひずみが出来、三人はそのひずみに消えた。
「ふう…。何とか撃退したな。」
「大変だ!つぼが、つぼが〜!」
時野の安堵の声を当主の吉田の声が掻き消す。
「ちっ…。完敗か…。」
大神が舌打ちした。

第四章 魔獣が生まれた日

「一体どうすれば…。」
吉田は一人で何かブツブツと言っていた。
「貴様達は何をやっていたのだ!あのような輩の侵入を許して!」
そうかと思っていたら広間に集まるネットワークの当主達や警備隊長に当り散らして
いた。
「おい、あんた何を騒いでいるんだ?俺達にも分かるように説明しろよ。」
ぶすっとした表情で大神が口を開く。
「何を!貴様等なんぞがこの広間にいられることだけでも名誉のことなんじゃぞ!」
「知るか、そんな事。俺だって用がねえならいたかねえよ、こんな所。」
「な、なんじゃと!無礼者が!」
つばを飛ばして吉田がわめく。
「吉田殿、彼等は侵入者を追いやった一番の貢献者達じゃぞ。」
「そのような者達に対してのお言葉とは思えんが…。」
例の双子がそう諭した。
「ええい!黙れ!」
だだっこのように吉田はわめき散らした。その様子を広間にいる全ての者達が冷やや
かに見つめる。
「そうか、貴様等じゃな!このわしを陥れようと計画したことじゃな!」
血走った目で山本たちを指さして吉田がわめく。
「いい加減にせぬか!」
一喝が広間中に響き渡る。
「あ、ああ…。」
吉田は声の主を見てひどく狼狽した。
「そのようなことを今、議論しているときではなかろう…。」
「お館様…。」
「耕輔殿…。」
耕輔を見て広間にいた者たちから声があがる。
「今、論ずべきことは今後どのようにつぼを奪還するか。それともう一つは…。」
耕輔は上座に移動しながら話を続ける。
「どうやって残りのつぼを警護するかという事ですな、御当主殿?」
直ぐ横に立つと吉田に向かってそう言った。
「お、お館様…。」
「何をおっしゃっておるのかな?御当主殿…。さあ、皆の者にご指示を…。」
笑みを浮かべながら耕輔がそういう。
「あ、あう…。ひゃ〜…。」
そう叫ぶと吉田は広間を飛び出し何処かへ姿を消した。
「ふむ〜…。御当主殿がいなくなってしまったな…。」
「ほう、やっと天岩戸を開いて出てきたか。」
「いよっ、流石は玄武老、上手いですね。亀の甲より年の功ってね。ついでに山本の
頑固親父にガツンと一言でも…。」
「まあ、そうですね。私は幸運なことに両方の“こう”をもっていますからね…。」
化け狸の一言を受けて玄武の翁がそう言った。
「敵わぬな、翁殿には…。」
「それはそうと耕輔殿…。ここは一つ“御当主代理”としてまた指揮をとって下さら
ぬか?」
誰からとも無くそう言った声がした。
「そうじゃな。皆がそれでよいなら御当主代理を勤めさせて頂こうか。」
その声に広間にいた大部分が歓声を上げた。
「へ〜…。人望があるんですね。あの人…。」
耕輔を知らないみづきが山本に尋ねる。
「まあ〜…。」
何処かはにかんだ様子でなんとも歯切れの悪い答えを返した。
「どうかしました?」
「あの人、マスターの親父さんなんだって…。」
「へ〜、ぜんぜん似てないわね。」
身も蓋も無い感想を言った飛鳥。

その後、耕輔は今後の予定として残りのつぼの所在の確認とその処置に関しての議
論をすることとし今回は解散とした。
「さて、手始めにお主たちには今回の事件の原因ともなった、われ等ネットワークの
失態についてお話しようか…。」
軽い自己紹介の後、耕輔が言った言葉だ。
「あれは、今から大体50年程前のことだ…。」
耕輔重い口調で話しだした。その内容は山鳥の巣のメンバーにとってかなり衝撃的な
物であった。
「つまりぶっちゃけた話、戦時中に人間から負の感情を抜き出す計画があってその計
画が失敗して、新たな妖怪が生まれちゃったって訳ね?」
光乃は事態の重大さが分かっているのかいないのか気楽な口調でそういった。
「ああ、その通りだ。その妖怪は神話の中に出てくる妖蛇に因んで“ヤマタノオロチ”
と呼ばれた。」
「それと、今回の事件と何の関係が?」
少々、むっとした感じでみづきが尋ねる。
「そのヤマタノオロチは倒した事は倒したんですが、こちらもかなりの被害が出まし
てね。消滅までには至らなかったんです。」
山本が耕輔の言葉を受け継ぎ話しを進めた。
「それで体を8つに分けてそれを一つ一つ封印したんです。」
「もしかしてその一つが…。」
「その通り。盗まれたつぼなんです。」
「それで、玲子ってのは何処に関係してるんだ?」
それまで黙っていた大神が口を開く。
「彼女は昔、東国ネットワーク一の妖具作りのエキスパートでした。始めの計画の時、
彼女には負のエネルギーを吸い取るような妖具の開発を依頼されたんです。しかし、
彼女は拒否したんです。それで、幽閉されて…。」
「その恨みで今回の事件を?」
「さあ、それは彼女本人に聞かないと何とも…。」
山本の声が弱々しくなる。
「じゃあ、聞くがつぼの封印を解くとどうなるんだ?8分の1のままでも蘇るのか?」
「それも何とも…。」
「封印は解かれないだろう、彼女が持っているのならな…。」
耕輔がそう皆に告げる。
「彼女の性格上、封印は解かないだろう。」
「だったら何のために…。」
「抑止力だろうな…。」
みづきの問いに耕輔が即答した。
「ああ、あれね。核所有国がその所有理由に挙げるやつでしょ?全く、ナンセンスだ
よね。」
「恐らく彼女はあのつぼを盾に人間界からの全妖怪の撤退を告げるつもりだろう…。」
「馬鹿な…。」
大神がはき捨てるように呟く。
「君達に頼みたいことがある。」
重々しい口調で耕輔が告げる。
「彼女を、玲子を止めてやってくれ。そして出来れば私の前に連れて来て欲しい、頼
む。」
耕輔は深々と頭を下げた。
「マスターの親父さんの頼みとあれば…。」
いち早くその言葉に反応したのは光乃であった。他の連中は何も言わなかったが心中
は光乃と一緒であった。

第五章 真闇への誘い

「先生、大丈夫かな…。」
ため息と共にウエイトレス姿の飛鳥がそう呟いた。
「さあ、かなりのショックでしたからね。」
そう答えたのはあずみである。
喫茶店にくるお客はそんな美女2人の物憂げな表情を食入るように見つめている。
しかし、本人たちはそんな事は一向に気にしている様子も無い。いや、気にとめる余
裕も無い。
「もう、2人とも!今は仕事中なんだから…。」
晶子もそうは言っているが何時ものような元気が無い。
今、話題になっているのは先生こと、岩波省三の事である。
前回の事件の時、被害者の女性2人を保護したものの病院を留守にした隙に連れ去ら
れてしまったのである。
その女性2人は無事であったが、連れ去られたショックから岩波は立ち直っていなか
った。
「ふう〜…。」
山鳥の巣のマスターが出先から帰ってきた。
「どうでした?」
山本は指を鳴らす。すると、あれだけ食入るように飛鳥とあずみを見ていた客がぞろ
ぞろと店から出て行った。
「駄目ですね。先生、もうネットワークには参加できないって言ってます。今回は運
良く助かったけど今後はそうは上手くいかないだろうからって…。」
あずみの問いに山本はゆっくりとした口調で答えた。
「そんな!勝手すぎるよ!勝手すぎる…。」
「晶子ちゃん…。」
「何てね。大丈夫、あの先生だよ!そんな事、ケロっと忘れて直ぐに復帰するよ。」
そう言うと晶子はキッチンに駆け込んだ。
「一番、あの子が先生の気持ちを分かっているんでしょうね…。」
そうあずみが呟いた。
「そうね、私たちが落ち込んでもしょうがないか。」
「飛鳥さんの言うとおりですね。」
「でも、先生が抜けるとなると正直、辛い物があるわね。」
「そうですね。先生、ああ見えても戦いになると活躍してましたからね…。」
“カランコロン”
丁度その時、ドアが開く音がする。
ドアのほうに目をやるとそこには大きなつばの帽子をかぶった女性がたっていた。
彼女はマスター達と目が合うなり帽子を取る。大きなつばの帽子に隠されたその顔は
第一印象で受けた幼さは無かった。良く“人形のような”といった表現をするが正に
この女性にはその表現がぴったりだった。顔立ちもスタイルも整っている。
そして、何よりも、顔に表情が感じられない…。
“さっきマスターは人払いの術を発動した筈…。だったら、この娘は…。”
飛鳥はこの“不信人物”に警戒心を強める。
一方の彼女は、まるで仮面を被っているような表情の無い顔で口を開いた。
「始めまして、藤ノ宮冴夜と申します。」
「はあ、ご丁寧に…。」
几帳面に挨拶したその女性に対して山本はそう答えた。
「母からお手伝いをしなさいと言われましたもので…。」
「そ、そうですか。えっと、では…。キッチンの方に…。」
女性はこくりと頷くとキッチンの方に進んでいった。
「ねえ、マスター。あの人、知ってるの?」
あっさりと奥に通したので飛鳥は警戒心を解いた。
「いえ…。」
「は?じゃあ、何なの?」
再び、飛鳥は警戒心を露わにした。
「んー、藤ノ宮なんて名前には覚えが無いんですが…。」
「ねえ、大丈夫なの?」
「ん〜…。敵意は感じなかったものですから…。」
山本は思案顔でそう答えた。
「ねえ、マスター…。私、ふと思ったんですけど…。こんな唐突に援軍を差し向ける
のって…。」
「はあ、あずみさんも、そう思いますか?」
「何?2人して…。」
飛鳥だけが会話に付いていっていない様子だった。
「一寸、確かめに行ってきますんで、え〜と…。」
丁度その時、キッチンから晶子が顔を出した。
「冴夜ちゃんね。」
「ええ、彼女をよろしくお願いします。」
山本はそういうと店を後にした。

「ふ〜…。小春日和とはこの事かな…。」
斎藤健は竹箒を手にしながらそう呟いた。
「全く、みづきの奴にも困ったものだ。こんな年寄りに庭掃除をさせおって…。」
ぶつくさと文句を言いながらも庭掃除を続けていた。
「唯、親子のスキンシップをはかろうと一緒に風呂に入ろうとしただけなのにな…。」
「こんにちは、斎藤さん。」
「おや?これは山本さんじゃないですか。どうです、みづきは?」
北守神社に姿を現した山本に向かって健はそう言った。
「ええ…。大変、助かってますよ。唯一、常識人ですから。きっと、育った環境が良
かったんですね。」
「そうでしょう。なんたって私の娘なんですから…。」
「ええ、そうですね。ある意味、お手本ですからね。」
山本は苦笑しつつ、呟いた。
「それで今日はどのようなご用件で?」
「そうでした。ちょっと、泉を貸して頂けますか?」
「ええ、そんなことでしたら…。」
健は怪訝そうな顔をしてそう答えた。
境内の裏手に回ると、そこには小さな橋のかかった泉があった。
「よっと…。」
山本は手荷物を橋の中央でおろした。
「何です?それは…。」
山本は手荷物をあけるとそこには一升瓶が4本と味噌、そして何故かきゅうりが大量
にあった。
そして、山本は一升瓶の一本をあけると泉に振りかけた。
「日本酒ですか?」
「ええ…。どうです?斎藤さんも…。」
山本は湯飲みを取り出した。
「いや〜…。まだ、日が高いうちからは…。」
と言いつつ健は湯飲みを手にとった。
山本はそこに日本酒を注ぎ、同じように残り2つの湯飲みにも日本酒を注いだ。
「ん?ところで残りは?」
「それ…、あたしの分。」
健が声の主を探した。
「全く、いいご身分ね…。こんな昼間っから宴会なんて…。」
声の主は腰掛けていた手すりから降りると湯飲みの中身を一気に飲み干した。
湯飲みの日本酒を一気のみ。そんな光景には似合わない女性がそこにはいた。
「くぅ〜!あたしの好み、分かってるジャン、秀一。でもよく、あったねこの酒…。」
「ええ、荒瀬さんに分けてもらいました。」
一気に飲み干された湯飲みに山本は酒を注ぎつつそう言った。
「荒瀬ってあの酒天童子のおっさんの?あはは…。面白いジョークだね。」
健は何の事だか分からずケラケラ笑ってる美女を見ていた。
「このお酒、鬼神殺しっていう銘柄なんですよ。」
山本は健に向かって小声でいった。
「そういえば何時ご結婚なさったんです?」
「ん?え〜と…。もうそろそろ20年になるかな…。ってあれ?何時、話したっけ?
結婚した事…。」
「話してもらってませんよ…。」
ニコニコと酒を飲み干す顔を見て山本がため息をつく。
「ん?なら何で知ってるんだい?」
「あのですね…。」
山本は心底困った顔をしつつも空になった湯飲みに酒を注いだ。
「…って聞いてますか?」
「ああ、聞いてる聞いてる。」
味噌を付けたきゅうりをボリボリ齧りながら再び湯飲みの中身を飲み干した。
「だから娘さんが来たんですよ、さっき…。」
「あら、そう…。」
「で、ほんとに良いんですか?」
「何が?」
「娘さんを今回の戦いに参加させる事がですよ。」
「ああ、いいよ。あの子にはいい社会勉強になるんじゃないかな?」
「そんなもんですか?」
「そんなもんよ…。」
会話の内容が全くわからない健は唯、美女を肴に日本酒を飲みつづけていた。
「それはそうとそこの…、何?」
「えっ?ああ…。済みません、斎藤さん。紹介もしないで…。」
「は?いやいや…。」
「こちらはこの北守神社の神主の斎藤健さんです。」
「ん?ここって神社なの?」
「また、確認しないで出てきたんですか?それでこちらは私の昔の仲間で清水…。」
「今は藤ノ宮…。藤ノ宮冴乱。」
「ああ、そうでしたね。」

「さて…。そろそろ仕事に戻るよ。」
一升瓶を3本空けた後とは思えないほどしっかりとした足取りで冴乱は歩き出した。
「おいしい酒を飲ませてもらったお礼にいい事教えてやるよ…。」
冴乱はちらりと山本のほうを見た。
「今回の事件はあの子の単独犯じゃないよ。誰か、別の奴がいる…。」
冴乱はそういい残すと泉に飛び込んだ。
「そうそう…。冴夜の事、よろしく。その内に会いに行くって言っといて…。」
泉から顔を出した冴乱は先ほどとは違い、全身緑の肌をしていた。
「か、河童でしたか…。」
その姿を見た健がそう呟く。

“何の進展も無いのか…。”
“東国”から帰ってきてもう2週間になる。
大神は奇妙な不安感に苛まれていた。
“本当に抑止力のためなのか…。”
その時、大神の携帯が鳴る。
「は〜い、元気?」
聞き覚えのある声である。
「何のようだ?」
「あら、連れないわね…。デートのお誘いよ。それもあなたたち全員にね。」
「そんな誘いに乗ると思うか?」
「ええ、思うわ。それに、もし来てくれたらご褒美あげるわよ。」
「あん?ご褒美だと?」
「ええ、つぼに関するね…。必ず、来てね。」
そう言うと玲子は電話を切った。
“さて、網にかかった方はそっちなのかそれとも…。”
大神は他のメンバーに電話を掛けた。

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