妖魔伝≫第三夜≫前

第一章 思い出のかの地へ

 誰一人として口を開く者はいなかった。ここは吉祥寺にあるとある喫茶店…。
カウンター席が4つに4人用のテーブル席が2組といった喫茶店としては狭いが極々
ありきたりの店である。
しかしこの店は他の店と決定的な違いがある。
それは妖怪と呼ばれるものたちの溜まり場であることだ。そしてその喫茶店には5
人の男女がいる。もちろん彼等は人間ではない。
銀髪の男、大神朗はカウンター席の一番端、窓際に座りガラスをつたう雨水をボ〜っ
と眺めている。その一つ置いた横の席に典型的な大和撫子、斎藤みづきは目の前のテ
ィーカップをじっと見つめている。カウンターの中の赤い髪の女性、火瀬飛鳥は全員
に温かい飲み物を振舞った後、本に目を落としている。全身黒ずくめの男、時野影は
顔に帽子をのせた状態で一人4人用のテーブル席に座っている。何時もはにぎやかな
光乃直軌ですらただ黙って壁に寄りかかって突っ立っていた。
“ドンドン”
その静寂を打ち破るかのようにドアを乱暴に叩く音がした。
「はい…。」
光乃がドアを開けるとそこには濡れ鼠の白髪の男、坂口雄介がいた。
彼は山本の古い知り合いで警視庁に勤めている人間である。
「う〜、寒いね。風邪を引きそうだ。おや、マスターは?」
「あずみさんと2階に行ったまま…。」
飛鳥が坂口のためにコーヒーを注ぎながらそう答えた。
「そうかい…。」
カウンター席につくと坂口は携帯と手帳を取り出す。
「岩波さんから電話があったが、詳しい事を聞かせてもらおうか。」

「そうか…。連れ出された女性も気になるが…。面倒だな、今回は…。」
一通りの説明をみづきから受けた坂口はコーヒーに口をつけながらそう呟く。
「どうしてですか?」
「そいつは井上って名乗っていたんだよな?そしてその名で会社に勤めていた。」
「はあ、そうですね。」
要領を得ないような返事を光乃がした。
「つまりそいつは戸籍を持っていたってことになる。そして戸籍を持つ妖怪を始末す
るということな…。」
「分かった、その妖怪がいなくなると井上っていう人間もいなくなってしまうってこ
とですね?」
今まで黙って聞いていた飛鳥がそう答える。
「そう言うことだ。まあ、行方不明者として処理すれば何とかなるがな。その処理が
な…。」
「えっ?何とかなるんですか?」
飛鳥が驚きの声を上げる。
「まあな。結構な数なんだぞ、年間行方不明になっている人間は…。」
坂口は妖怪がらみの事件でなという言葉はあえて口にはしなかった。
「やあ、坂口さん、いらっしゃっていたんですね。」
丁度その頃、多少やつれた顔の山本とあずみが2階から降りてきた。
「大分、まいってるみたいだな。」
「ええ…。」
「やっぱり、彼女か…。」
「そうとはまだ…。」
「そう思いたいのはお前さんだけだろ?何を今更…。」
しばらくぶりの沈黙がその場を支配する。
“ブーン”
カウンターに置いた坂口の携帯が震える。
「どうした?ああ、そうか。一寸待て…。で、場所は?」
手帳に何か書き込みそのまま会話を終えた。
「お前さんたちか言ってたと思しき女性が2人、保護されたそうだ。」
それを聞いた大神が席を立つ。
「何処へ…。」
光乃が口を開きかけると同時に大神は畳み掛けるようにしゃべりだした。
「何も全員で行くことは無いだろ。そっちは任せた。坂口さん、案内を…。」
大神と坂口は雨の降りしきる中、喫茶店を後にした。外の雨は衰える事を知らないよ
うになお降り続き、数メートルもしないうちに2人の姿を覆い隠した。
「行っちゃいましたね。」
飛鳥が2人の出て行ったドアを見ながら呟く。
「坂口さんったら何もあんな風に言わなくても…。ねえ、マスター。」
「いえ、いいんです。彼の言う通りですから。何を迷ってるんですかね。実は最初に
光乃君の写真を見たときにそうではないかなとは思ってはいたんですけどね…。」
「最初って?」
「例の学校七不思議の時のです。」
山本は堰を切ったように言葉を続ける。
「でもね…。彼女が今更、何のためにそんな事をするのか、分からなくて…。それで、
私の勘違いじゃないかって…。」
また、山本は黙り込んでしまった。
「全く、駄目ですね…。坂口さんがせっかく檄を飛ばしにきてくれたのにね。」
何も坂口は事件の詳しい話を聞くだけならここに来る必要が無かった。
それなのに顔を出した理由は正に落ち込んでるであろう山本を励ますためであった。
「さてと、こんな所でうじうじしていても仕方ありませんね。向こうには連絡を取り
ましたから、もうそろそろ迎えが…。」
“もう着てるぜ。”
外から声が聞こえる。いや、正確には聞こえたような気がした。
“待ちくたびれたぜ。さっさと出て来な。”
「何時からいたんです?」
その声の主に山本が反応した。
“人間と銀髪の妖怪が出てきた辺りから…。”
「立ち聞きとはあまり行儀がいいとは思えませんね。」
“気付かないお前達が悪いと思うがな。”
「あなたの気配に気付ける妖怪がそうざらにいるとは思えませんけど…。」
“あたりまえだ。それだけが取り柄だからな。”
声は矛盾した事を平気に口にした。
「さあ、あまり待たせてもいけませんから行きましょう。」
苦笑しながら山本はそう言った。
「いってらっしゃい。お店は私と晶子ちゃんに任せて下さい。」
あずみのその言葉を後に一行は店を出た。
「で、そのお迎えは何処に?」
光乃がきょろきょろ辺りを見回す。
“上だ。”
雨が球状に避けて流れる中心に一人の男がいた。
“秀一、久しぶりだな。”
「まだ、現役なんですね。荻原さん。」
“馬鹿言え。お前が来るって言うんでわざわざ俺が出向いたんだろ?”
男はゆっくりと降りてきた。
“さっさと乗れよ。”
男の輪郭がぼやけ別の形になっていく。
「これは…。」
それはかつてニュースで多く見られた形の飛行機だった。
「C−130H輸送機…。かつてPKOで使われた輸送機だよ。」
「詳しいね…。無駄な所で…。」
光乃の解説に飛鳥が半ば呆れた風にそう呟く。
「では、遠慮なく。」
山本を先頭にメンバーが中に乗り込むと音も無くそれは浮かび上がった。
「落ちないよね?」
“俺を誰だと思ってるんだ。全く、お前の所の奴は…。”
そうのぼやくと音も無く急上昇をし、何処へとも分からぬ場所へと動き出した。

第二章 運命の出会い

山鳥の巣をでた数十分後 とある警察病院の急患口の前に坂口と大神がいた。
「それで、病室は?」
「さてね。」
「おい、聞いてないのか?」
「あの時はまだ検査をしていて病室には行ってなかったんだよ。」
「ちっ…。聞くしかないのか。」
坂口と大神は病院に入る。薄暗い廊下、自分達の足音以外は聞こえない。
決して居心地のいい場所ではない。早くここから逃げ出したい気持ちを押し殺し、2
人はナースステーションにくると病室を聞き出した。
「すみませんよ。」
坂口は教えられた病室のドアを開ける。照明は消えていたが、廊下が薄暗いために直
ぐに中の様子が見て取れた。
中はそこそこ広い。ベッドは4つ。
しかし、使われているのはそのうち2つ。村田直子と井上祥子である。
坂口に気付いた看護婦がドアの方に歩みよって来る。
「何ですか、あなたは…。ドアに掛けられた物が見えなかったんですか?」
扉には面会謝絶と赤い文字で書かれたプレートがかかっていた。
「ああ、私は警察の者で…。」
「そちらは?患者さんのご家族ですか?」
「ああ、彼は違うんだ。」
「でしたら、お引取りを…。」
「しかしね…。」
「どんな方でも駄目です!」
「何をそんなに騒いでいるの?」
廊下を白衣に身を包んだ女性が歩いてきた。
「あっ!田辺先生…。実はこの方たちが突然、病室に…。」
「入りたいの?ああ、いいわよ。彼なら…。」
「でも…。」
「私もついてるし、責任は私が取るから…。」
そこまでいわれたので渋々彼女は承諾した。
「さあ、どうぞ…。」
大神は病室に入るとベッドに横たわっている2人の女性の顔を確認した。
“彼女達に間違いない。”
「どう?知り合い?」
「ああ…。そうみたいだ。」
大神はそのとき初めてその女医の顔を見た。
“黒い瞳で黒い髪の超美人だったな〜。”
大神は光乃の言っていたことを思い出す。
“まさか…。”
胸のプレートを見る。
“田辺玲子か…。”
「あら、私の顔に何か?」
田辺は微笑みながらそう言った。
「いや…。」
「まだ、彼女達は目がさめないわよ。どうする?」
「そうだな…。」
大神は紙切れに自分の携帯の番号を書いて渡した。
「あら?デートのお誘いかしら?」
「ああ、いやそんなんじゃ…。彼女達が目をさましたら連絡を…、下さい。」
「あら、そう…。残念ね…。」
そう言うと彼女はその紙切れを胸ポケットに入れた。
「じゃあ、またあとでね。」
大神は田辺を病室に残しそこを出る。
「どうだった?」
廊下で待っていた坂口が大神を出迎えた。
「彼女達だ…。」
「大丈夫か?顔色が良くないみたいだが…。」
「ああ…。最悪だ。」
大神は自分の喉がからからになっている事に気付いた。

「くしゅん!」
大神のくしゃみが辺りに響く。
“風邪か?まさかな…。”
病院を出た大神は坂口と別れ、病院の近くにいた。
“やっぱり冷えるな…。”
大神の両手の間には自販機で買ったホットコーヒーがある。
“彼女が玲子なのかそれとも…。”
さっきの女医のことを考えていると彼の携帯が鳴る。取り出して見てみると携帯のデ
ィスプレイには知らない番号が映っている。
「はい…。大神…。」
大神が通話ボタンを押し、何時も通りの冷めた声でそう告げる。
「ねえ、そんな所にいると風邪引くわよ。」
一瞬、どきりとした。彼女、田辺玲子の声である。
「どうせ、病院の側で張り込んでいるんでしょ?」
「…。」
「呆れた。もしかして本当に張り込んでるの?」
「だったらどうだと言うんだ。」
極力、冷静を装って大神は話を続ける。
「寒いでしょ。こっちに来ない?温かいコーヒーを入れてあげるわよ…。」
“罠か?しかし、引っかかってみるのも面白いな…。”
「分かった。さっきの病室でいいのか?」
「ええ,待ってるわ。」
電源を切った大神は手の中の缶コーヒーを一気に飲み干した。

「いらっしゃい。ブラックでいいかしら?」
「ああ…。」
大神は玲子からコーヒーを受け取った。
「毒なんて入っていないわよ。」
「ところであんた、誰だ?」
「田辺玲子よ。」
「で、何者だ?」
「ここの女医…。」
“ちっ…。一人出来たのが裏目に出たか…。”
生憎、大神には光乃が得意とするような類の妖術は持ち合わせていなかった。
“まあ、かりに持ってたとしても分かるかは別問題か…。”
「質問は以上かしら?」
「まあな。」
「今度はこっちが聞きたいことがあるんだけど…。」
「どうぞ…。」
「彼女達に何を聞きたいの?」
「保護されるまでの経緯だ。」
「なるほど…。」
「ん…。」
丁度その時、ベッドの上の女性が声を上げる。
「気が付いたみたいね。」
「ここは?」
「大丈夫、病院よ。私はあなた達の主治医の田辺玲子よ。」
「直子は?」
「あなたのお友達は隣のベッドよ。」
「一寸いいか?」
大神が声をかけるとその女性は身を硬くした。警戒の色が窺い知れる。
「大丈夫よ。彼は刑事さんであなた達が保護されるまでの経緯を聞きたいんですって
…。」
「そう…ですか…。」
大神は内心驚いた。
“嘘をついてまで何故…。何を考えているんだ?”
「さあ、刑事さん。ご質問をどうぞ。」
「ああ…。君は隣で寝ている井上直子さんと今朝早く路上で保護されたのだが、何故
その様な所にいたのか理由を知りたい。」
「そんな…。私にも何がなんだか…。」
「それならバイオサイエンス社という会社を知っているか?」
「ええ、知っています。私と直子は8日にそこのバイトにいったんです。」
“8日だと?昨日じゃないか…。”
「どんなバイトだ?」
「新薬の効果を試すんで被験者を募ってたんです。結構、いいお金になるって聞いた
んで…。」
「それで?」
「そのバイトが終わったのがその日の18時ごろで、私と直子はその帰りに渋谷の居
酒屋で飲んでいた所までは覚えてるんですけど…。」
“何言ってるんだ?そんなわけが無いだろ?君達と俺達は…”
「急性アルコール中毒ね。若いからって無理しちゃいけないわよ。」
そう玲子が諭すように言った。
「最後に菊地と言う人物を知らないか?」
大神は気付かなかったが玲子の表情が一瞬、変化した。
「さあ、知りません。」
「もういいかしら、刑事さん。」
玲子は注射器を彼女の腕に刺した。
「おい!何を!」
「はい。ゆっくりと休んでね。」
玲子は彼女の布団を直し大神と共に病室を出た。
「さっきのは鎮静剤。あれだけ聞けば無駄だって事が分かるでしょ?」
「だったらあんたに聞けばどうだ?」
「私は何も知らないわよ。」
「どうかな?」
2人見つめあったまま静かに時が流れる。端からみれば美男子と美女が見つめ合う光
景…。ロマンスを予感するかもしれないが、大神の心の中は穏やかなものではなかっ
た。
“こいつが黒幕ならここで…。”
「じゃあ、またね。」
「おい、何処へ行くんだ。」
「他の患者さんも診ないといけないの。じゃあね。」
ウインク一つして玲子は歩き出した。
「ちっ…。」
無防備な彼女の後姿にやる気をそがれ、大神もその場から立ち去った。
「ふふふ…。かわいいじゃないの意気がっちゃって…。若いわね。」
廊下の角から大神が立ち去るのを確認して玲子がそう呟く。
「さて、私もそろそろ…。」
何時の間にかその手には奇妙な形の刃物が握られていた。

それより数十分前
飛行機が着いた先は何処かの山の中だった。飛行機はあの雨の中を飛んでいたため周
りの風景などは見えなかった。そして雨が止み、そこに広がっていたのは山ばかりの
風景が広がっていただけであった。
「おい、秀一。着いたぜ。」
いち早く飛行機を降りた山本は目の前の光景を懐かしそうに見つめていた。
「随分と立派な門ですね。」
みづきはそういいながら山本の隣に歩いてきた。
「単に古いだけですよ。」
山本は複雑な表情を浮かべてそう呟く。
「道、分かるだろ?まさか、久々だから分からないなんて言うなよ。」
「案内してくれないんですか?萩原さん。」
「ん?本気で言ってるのか?お前…。」
萩原の目が鋭くなる。
「半分は…。」
「知ってるだろ?俺があいつをきらいな事を…。」
「だから半分って…。」
「ガキじゃないんだから駄々こねてないでさっさといけよ。」
「駄々こねてるのはどっちですか?」
ぼそっと言ったつっこみに萩原は山本の頭を小突いた。
「ほれ、さっさと行けよ。」
「それじゃ、行きますね。萩原さん、有難うございました。」
「おう、じゃあな。」
萩原はそのまま何処かへ消えていった。
「さて、気合いを入れていきますか。」
山本を先頭に一行は門をくぐった。

「では聞かせてもらおうか。」
正面に座った老人が高圧的な態度でそう言った。山本に上座の席を勧めたが断られた
のが原因なのであろうか。
一行が門を潜り、通されたのはこの寺の大広間だった。山本が連れてきたのは“東
国”ネットワークという所だった。ネットワークといっても普通のネットワークとは
違い、各ネットワークのお偉いさんが集まる首脳会議みたいな所であった。
その“東国”ネットワークの基点がこの天泉寺でありその当主が正面に座っている
老人の吉田滝玄、ぬらりひょんである。
「おぬし等の会った玲子と言うのはどんな奴であった?」
「え〜とですね〜。」
何事にも物怖じしない光乃がつらつらと話し始めた。
「なるほど…。」
「やはり、徹底的にやるべきだ!」
「いや、まだ情報が少ない。」
「事なかれ主義が…。」
光乃の報告を聞いた出席者は勝手に議論を始まてしまった。
「…。」
どうしたらいいか分からず、みづきは山本の顔を覗く。彼の表情はこの部屋に入って
から変わらず無表情であった。
「それでは私達はこれで…。」
急に山本が声を上げ、立ち上がろうとした。
「おお…。いや、少々待ってくれ。何処かの部屋で茶でも飲んで…。」
「分かりました。」
山本は一礼して大広間を出た。その後をみづきと飛鳥が追う。
「あう…。待ってくれよ。」
長い事、正座をしていたために足がしびれて動けない光乃が情けない声を出した。
「ったくしょうがね〜な。」
時野が手を貸して光乃をたたせた。
「あの…。」
ずんずんと歩きつづける山本に向かってみづきが声をかけた。
「ん?何だい?」
前を向いたまま山本は返事をする。
「光乃君たちが…。」
「おおっと、すみませんね…。」
丁度、中庭に面する廊下のところで山本たちは光乃たちを待った。
「部屋、ここにしますか…。」
山本は直ぐ側にある“山桜の間”とかいてある部屋の障子を開けた。
「やっとおいついた…。」
時野と光乃が部屋に入ってきた。
「何だよ、奴ら…。俺達をのけ者にしてさ。」
光乃がついた早々愚痴をこぼす。
「一寸、光乃君…。」
みづきが光乃の足を突っつく。
「ぐぎゃ〜!」
訳の分からない叫び声を上げて光乃がのた打ち回った。
「何時も、ああなんですよ。彼等は…。」
厳しい表情で山本がそう言い放つ。
「進歩が無いと言うかなんていうか…。」
みづきと飛鳥は顔を見合わせた。何時も穏やかな山本がここまで愚痴をこぼすなんて
…。
「そうだ、折角だから一番、高級なお茶でも飲みますか?」
何が折角か分からないが山本はそういうと部屋を出た。
「マスターも普通の人なんだね〜…。」
飛鳥が率直な意見を述べる。
「まあ、私たち風に言うなら普通の妖怪ってことだけど。」
みづきはそう訳の分からない相槌を打った。
「んじゃ、僕は一番高級な茶菓子でも…。」
何時の間に復活したのか山本を追うように光乃が部屋を出る。
「おい!うろちょろすんな!」
こちらも何時の間にか保護者役が定着した時野がそれを追う。
部屋に残った2人はする事が無いので部屋の小物を手に取ってはそれについて色々と
話していた。
「開けてたもう!」
障子の向こうで声がした。
「はい。」
飛鳥が障子を開けるとそこには湯飲みの乗ったお盆を持った女の子が2人いた。
年は12〜13才。どうやら双子のようだ。一人は金色の瞳、もう一人は銀色の瞳を
したおかっぱの女の子であった。
「お茶でも一緒に飲もうと思ってな。」
銀色の瞳を持つ少女がそういった。
「そう…。じゃ、ご一緒させてもらうわね。」
かわいらしいお客さんを部屋に招き入れみづきたちは話に花を咲かせた。

「茶菓子、茶菓子…。」
歌うようにそう連呼して光乃が廊下を歩いていた。
「おい、まてよ。」
時野がその後ろを半ばうんざりとして歩いていた。
「こうも広いと迷子になりかね…。」
時野はそこまでしかいえなかった。急に目の前で光乃が立ち止まってぶつかってしま
ったからだ。
「急に止ま…。」
今度は光乃に口をふさがれてしまってそこまでしか言えなかった。
「あれ、マスターだよね。」
光乃が角から覗いてそう言った。
「確かに…。何やってるんだ?」
山本は光乃たちがいることに気付かないようだった。
「あやしいな。マスター、何かする気だな。」
「例えば?」
「そうだな、お宝を盗むとか。」
「あほか!んなことするか!」
「んじゃ時野君は何だと思うわけ?人の意見を否定したんだからさぞいい意見がある
んでしょ?君は反対ばかりして何も意見のない政治家じゃないんだから…。」
光乃は嫌味たっぷりにそう言った。
「うっ…。」
時野が言葉に詰まっていると、山本が壁の一角を押し込んで地下への入り口を開けた。
「そんな事、確かめれば分かる事だ。」
「ずり〜!」
光乃の不満を聞き流し時野は山本が入っていった入り口へと向かった。

「え〜!あなた達って大神君の上司なの?」
銀色の瞳を持ったほうが姉の麻莉亜、金の瞳を持った方が妹の亜莉亜と名乗った双
子が“東国”ネットワークにいる理由を聞いた飛鳥が言った言葉だ。
「上司とはなんじゃ?」
麻莉亜の言葉に亜莉亜は小首を傾げるだけだった。
「え〜っと…。つまり、大神君とはどんな関係なの?」
「ん〜、朗の母親には何時も世話になっている。」
「朗とは…、最近会っておらぬ。遊んで、くれぬのじゃ…。」
溌剌としゃべる麻莉亜と対照的に亜莉亜はボソボソとしゃべった。
「いや、そうじゃなくて…。」
2人はで大神が属していた(正確には今も属している)ネットワークの当主で、そし
て朗はその当主の警護する役割りを持つ“白狼族”の次期族長だそうだ。そして今、
その地位についているのが朗の母親なのだと言う。
「そうなんですか…。」
「うむ…。ところで朗はどうした?」
「彼は別行動で今ごろは病院に行ってると思います。」
「逃げたな…。あやつ…。」
「そうじゃな…。あやつときたら…。」
もしかしたら今ごろ、大神はくしゃみでもしているだろう。
「あの〜…。いいんですか?会議の方は…。」
「ああいうのは好かんのじゃ。」
「熱っ…。」
双子は茶をすすりつつそういう。
「熱かったかな、ごめんね。」
飛鳥は自分で飲んで首を傾げた。
「あの…。一つ聞いてもいいですか?」
「ん?」
「その…。玲子っていう妖怪の事なんですけど…。」
「そうじゃな。おぬし達にも知る権利はあるな…。」
「あの…、愚かな事件を…。」

「暗いな…。」
ふと、あることを思い出し時野は光乃に目をやる。すると案の定、光乃は何かを我慢
しているような表情をしていた。
「分かってるな。こんな所で明るくすると…。」
「分かってる。」
苦悶の表情を浮かべながら光乃は歩いていた。
「にしてもここは何なんだ…。」
山本を見失わないように入り組んだ石壁の地下道を進む。
「何処まで行くんだ?」
時野が独り言を呟く。光乃はまだ軽口も叩けない状況である。
「お久しぶりです。」
角を曲がった先で山本の声が聞こえる。
時野が角から覗き見ると時代劇に出てきそうな木で出来た地下牢があった。
その前に立ち、中の人物に山本が話し掛けている。
中の人物は瞑想をしていたらしくあぐらをかいて目をつぶっていたが山本の声が聞こ
えると目を開けた。
「おう…。久しぶりだな。」
男は40代ぐらいの熊のような体格をした人物だった。
「ご無沙汰しています。父上。」
「父上だって?」
「も〜、我慢できない!」
時野の叫びと光乃の叫びが同時に上がった。
次の瞬間、閃光が辺りを照らす。
「ふ〜…。すっきりした。やっぱり明るくないとね。」
すがすがしい笑顔で光乃がそういう。
「あれ?あの人、誰?」
牢の中の人物を指して小声でそう言った。
「は〜…。今更、小声で何言ってるんですか。しかも聞こえてますよ、光乃君…。」
山本が肩をすぼめてそう言った。
「お、親父だって…。マスターの…。」
「何だ?やつら…。」
「私のネットワークの仲間ですよ。」
「ほう…。」
牢の中の人物は正座に座りなおすと深々と頭を下げた。
「故あってこのような場所で挨拶する事をお許し願いたい。」
そういって顔を上げた。
「わしは山本耕輔と申す。愚息が世話をかけているな。」
「はぁ〜。僕は光乃直軌です。よろしく…。」
「せっ…、いや私は時野影と申します。」
ぎこちない挨拶をした時野を見て山本は苦笑をした。
“ドスンッ!”
丁度そのころ上から何か巨大な物が落ちてきたような物凄い音が鳴り響いた。
「秀一!」
「ええ、分かってます!行きましょう、皆さん!」

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