妖魔伝≫第二夜≫中

三章 襲い掛かる悪夢たち

「いや〜!」
深夜のビルの屋上…。少女は何かに怯えたように頭をかきむしりながら逃げ回る。
「きゃあ〜!」
悲鳴とも叫びとも分からないような声を上げる。
「はあ、はあ、はあ…。」
肩で息をしつつ少女は柵にもたれかかる。夜空を彩る星が映るその虚ろな目で見上げる。
「…。」
何かを思いついたように少女は立ち上がり、おもむろに柵を乗り越える。
「た、すけて…。」
そして、その言葉だけが虚空に留まる。

「ねえ〜。」
高校生ぐらいの少年グループの一人が少女に声をかける。
「…。」
聞こえていないのか無視をしているのか分からないが、少女はまっすぐ前を見たまま歩
いている。
「おっ、“深きょん”に似てんね〜。」
少女の顔を覗いた男が声をかける。
「…。」
それでも無視をしている少女に少年達は諦めて、立ち止まった。

数秒後…。
叫び声のようなブレーキ音の後、大きな物音がする。
「おい、事故じゃん?」
さっきのナンパ少年達は直ぐ先の交差点に向かった。
そこはもう既に人垣が出来ていた。
「自殺だって…。」
「何もこんな交通量の多い所で死ななくても…。」
「迷惑だよな〜。」
そんな野次馬の話を聞きつつ少年の一人が人垣に割ってはいる。
「うわ〜。」
車のフロントガラスはひびが出来ていて衝突の凄さを物語る。
そして数m先に横たわる物…
「あれって…。」
それは数秒前に声をかけた少女と同じ服装の肉の塊であった。

「ねえ、マスター。考えてくれました?」
カウンター席に頬杖をついて飛鳥はそういった。
「何をです?」
「お給料の話…。日給にしてくれないかって事…。」
「あ〜、あれですか。」
「どうなの?」
「もう少し待ってくださいよ。」
“カランコロン”
喫茶店のドアの鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ。あっ、雄ちゃん!」
20代そこそこの外見の飛鳥にそう呼ばれた坂口は苦笑いしつつカウンター席に腰掛
けた。
「火瀬君…。君から見れば私なんか50年そこそこしか生きていない“ひよっこ”だろ
うが、その呼び方だけはやめてくれないか?」
「どうして?」
「いや、どうしてって…。なあ、マスター…。」
「いいじゃないですか。“闇の疑惑!警視庁一課の警部補に援交疑惑!”まあ、B級ネ
タですけど…。」
そうコーヒーを出しつつ山本は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「マスターまで…。」
坂口はコーヒーを飲みつつ恨めしそうな声で呟く。
「で、今日は何です?」
「ああ、一寸気になる事があってね…。ここんとこのニュースを見ているか?」
「まあ、人並には…。最近、話題になっているのはやっぱり世紀末がらみですかね?」
「それ関連で今、自殺者が多いという話題がありますよね。」
飛鳥が山本の後に続けてそういった。
「そう、それについてなのだが…。確かに、自殺者が全国的に増えているらしい。が、
ここ、吉祥寺周辺の増加率が以上に高い。」
「それが妖怪がらみだと?」
「そうとは言ってないが、その可能性も否定できない…。」
「そうですね。では皆で調べてみますか。」
「頼むよ、マスター…。」
坂口の携帯がなる。
「はい…。ああ、君か…。」

その数時間前
「暇だな〜。」
いすにもたれながら光乃は外を見ていた。
「今日は曇りか…。」
そんな一人言を言っていると机の電話が鳴った。
「はい…。光乃探偵事務所…。」
「あの…。仕事を依頼したいのですが…。」
光乃はすばやく立ち上がった。久々に仕事の依頼のせいもあるが声から相手がかなりの
美人であると判断した為でもある。
「はい、どのようなご依頼ですか?」
「人探しを…。警察に届けたんですけど事件性は薄いという事で本腰を入れてくれなく
て…。そんなときに坂口さんという刑事さんに会ってここを紹介してもらったんですけ
ど…。」
「そうですか…。では詳しい事は直接、お会いして伺いますので、何時がよろしいでし
ょうか。」
「できれば早い方が…。」
「では今日の午後にでも…。事務所の場所は…。」
光乃は一通り説明を終え、受話器を置く。
「おおきに!坂口はん、あんさんの方には決して足は向けへんで…。」
何故かエセ関西弁の光乃。
「さてと掃除掃除と…。」
光乃は鼻歌交じりで掃除を始めた。元来、きれい好きの光乃であるために直ぐに片付い
た。
「後は何か出さなきゃな。やっぱり、紅茶とかがいいかな。だったら山鳥の巣にでも注
文するかな。」
そんなことを考えているとドアを叩く音がした。
「あの、先ほど電話した者ですが…。」
“ほえ?もうそんな時間か…”
光乃は時計を見た。2時20分、電話があってからもう3時間も過ぎていた。
「はい、どうぞ。」
光乃はドアを開けた。そこには光乃の想像した以上の女性が立っていた。黒い瞳、セミ
ロングの黒い髪が印象的なとびっきりの美女である。
「あの…、私の顔に何か?」
光乃にじっと顔を見られた女性は不信そうにそう聞いた。
「あっ、すみません。どうぞ…。」
光乃は部屋の中央のソファに美女を座らせた。
「お名前は?」
「井上玲子と申します。それで先ほどの依頼の件なんですけど…。」
「ああ、そうですね。で、どなたをお探しで?」
玲子は鞄から一枚の写真を取り出した。
「この人を探していただきたいのです。」
その写真には目つきの鋭い白衣を着た一人の男が映っていた。
「この人は?」
「井上誠、私の夫です。」
数秒間、光乃の思考回路がブラックアウトする。
「おっ、夫ですか…。」
「ええ、夫はバイオサイエンス社の研究所の所長をしておりますが、ここ1週間帰って
こないんです。」
気を取り直して光乃は質問を続けた。
「そうですか。そのような事は今までにも?」
「いえ…。数日家を空ける事は有りましたがそのときは必ず連絡をくれましたし…。」
それ以降、玲子はうつむいてしまった。
「分かりました。お引き受けしましょう。」
「本当ですか。ありがとうございます。」
玲子は帰りがけに連絡先として自分の携帯電話の番号と前金として10万円とかなり
破格の料金を置いていった。
「世の中にはフリーの美女って…。」
ふと森下あずみの顔が過ぎる。
「山鳥の巣にでも行こう…。その前に坂口さんにお礼の電話でもするか…。」
数秒間、コール音がする。
「はい…。」
「僕、光乃です。」
「ああ、君か…。」
「今、いいですか?」
「ああ、ちょうど昼休みだから山鳥の巣にいるが…。」
「はい?昼休み?」
光乃は再び時計を見る。12時13分
「えっ?さっきは確か…。2時まわってたよな。」
「何を言ってるんだ?それより何か用か?」
「ああ、仕事を紹介してもらったお礼を…。」
「あん?仕事?」
「ええ…。」
光乃は玲子の事、仕事の内容を話した。
「なるほど…。君とは知り合ってからもうそろそろ1年になるかな…。」
「何ですか?まあ、坂口さんには事務所の場所とかを紹介してもらったり色々感謝して
ますよ。」
「ほう…。だったらその恩人の勤め先ぐらいはわかるよな?」
「もちろん!警視庁捜査…。」
光乃の声が尻すぼみになる。
「ん?聞こえないぞ?」
「捜査一課です…。」
「捜査一課は何課かね?」
「殺人課です…。」
「分かってるじゃないか。だったらそんな女性と知り合える…。」
「訳は無いですよね…。」
「全く、狐にでもつままれたんじゃないか?それより話があるからこっちに来な。」
その後、電話が切れる。
念のために光乃は教えられた連絡先をコールした。
「お客様のおかけになった電話は現在使われておりません。」
無機質なアナウンスが光乃の耳に入る。
「狐につままれるか…。」
しかし、確かに封筒には札束が存在していた。

「…という訳で皆にはこの一連の事件について調べて欲しいんだけど…。」
「だったら俺は情報収集をやろう。」
「じゃあ、私も…。でも、どこからしますか?」
大神にみづきがそう問う。
「それならここに被害者のリストがある。彼等周辺から聞き込んでくれれば…。」
坂口はリストを大神に渡した。
「ん?この女性…。」
「どうしたんです?大神さん…。」
「いや、知り合いの学校の生徒がいたんで…。」
十数人の名前の羅列の中、大神の視線の先には例の美女コンテストで優勝した中西裕子
の名前があった。
「他の人たちはどうします?」
山本がそう促す。
「ん〜。私はバイトがあるから…。」
「では飛鳥さん、私と組みましょう。私も昼は病院がありますし…。夕方から行動する
という事で…。」
「じゃあ、俺等は捜索をしますか…。何せ、探偵さんが2人もいるからな。」
氷室がそう促す。
「ふん…。俺一人で十分だ。」
「そうだな。今回、僕はパスする。」
「おいおい…。仲たがいも大概にしろよな。」
少々いらついた声で大神がそう言う。
「そうじゃないよ。今回、一寸気になることがあってそっちが終わり次第、こっちを手
伝いたいんだ。」
「何だ?例の別嬪さんの依頼か?」
坂口が茶化す。
「ええ…、まあ…。僕の勘がどうしても唯の悪戯だとは思えないと…。」
「勘じゃ無くって何時ものスケベ心なんじゃない?」
みづきがさらに茶化す。
「だといいんだけど…。」
何時もとは違った光乃の返答に調子が崩れる一同であった。

“キーンコーンカーンコーン”
デジタル音が校舎内に響く。それと同時に教室から生徒が出てくる。
「ねえ、流水音。」
少女が流水音の席までやってくる。
「何?」
「学園祭にきた人って、彼氏?」
そう少女が言う。
「えー、何?」
あっという間に流水音の席の周りに人だかりができる。
「それがね…。」
「うそー…。」
「くー!わがクラスのマドンナの流水音ちゃんに彼氏が…。」
口々に勝手な事を言い出す。
「ち、違うって!」
流水音は席を立って否定する。
「あー、赤くなってるー。」
一人の生徒が流水音を茶化す。
「大神さんは家で居候をしている…。」
「へー、大神って言うんだー…。って一緒に住んでるの?」
流水音の言葉は薮蛇だったようだ。
「ねえ、流水音、あれって…。」
ある少女がそう窓から外を指差した。

「一寸、いいかい?」
「何ですか?」
大神に声をかけられた女生徒は9割方、眼がハートマークになる。
「中西さんについて聞きたいんだが…。」
内心この反応にうんざりしながらも大神は情報収集を続ける。その向こうではみづきが
男子生徒に囲まれている。
「あら、大神さん。」
流水音がそう笑顔で声をかけてきた。
「ああ、流水音ちゃん。ん?」
流水音の後ろの方では校門の側に十数人の人影が見える。
「ふー…。大変な目にあったわ。」
疲れた表情をしたみづきが大神の元に戻ってきた。
「どう、そっちは…。」
みづきが大神に尋ねる。
「あ、ああ…。まあ、そこそこ…。」
「そこそこって…。」
大神に話し掛けるみづきに視線を移す流水音…。
「ああ、彼女は友達の斎藤みづきさん。こっちは俺が居候している先の娘さんの…。」
「天羽流水音です。よろしく…。」
「こちらこそ、よろしくね。」
「それじゃあ、大神さん、先に帰りますね。」
流水音が歩き出す。
「ああ、気をつけてな。」
「それでは、失礼します。」
みづきに一礼すると流水音は歩き出した。
「何だ〜…。」
「それだけかよ…。」
何を期待していたのか校門の方からそう言う声が聞こえた。
「何、あれ…。」
みづきは校門の方を見てそういった。
「知らん…。」
うんざりした顔でタバコに火をつけそう言う大神であった。

その頃
「済みません。」
光乃は受付嬢に声をかける。光乃は例の行方不明者の勤めている会社にやってきた。
「はい、どのようなご用件でしょうか。」
営業スマイルで受け答えをする受付嬢。
「ここに井上誠という方がいらっしゃると思うんですが、実は急用がありまして…。」
「少々お待ちください。」
受付嬢が内線で井上を呼び出す。
「はい…。そうです…。はい…。お客様、お名前は…。」
「ああ、光乃です。」
「光乃様です、はい…。どのようなご用件で?」
「えっ?ああ、奥様からちょっと…。」
「あの奥様から…、え?そうですか、分かりました。」
受付嬢は受話器を置く。
「あの、大変失礼でございますが、お客様の勘違いでは御座いませんでしょうか。井上
は独身だと申しておりますもので…。」
「はあ、そうですか。あの、因みに井上さんと言うのはこの人ですよね…。」
光乃は内ポケットから写真を取り出す。
「済みませんがお顔まではちょっと…。」
受付嬢はそう言う。
「そうですか…。どうもお邪魔しました。」
光乃はバイオサイエンス社を後にした。

「で、どうでした?」
昼間の情報収集の成果を聞くためにメンバーは山鳥の巣に集まっていた。
「たいした事は…。」
みづきがそう言う。
「自殺者の共通点も無いし…。やっぱり唯の自殺なんじゃないの?」
そう飛鳥がいう。
「違う!絶対に自殺なんてしない!」
晶子が叫ぶ。
「恵は…。あの子は自殺なんて…。」
そう言うと晶子は店の二階に行ってしまった。
「ショックだよね。晶子ちゃん…。」
みづきは坂口から渡されたリストに目を落とす。その中に晶子の親友である角田恵の名
前もあった。
「確かにたいした事は聞けなかったが気になる事はある。」
大神が口を開く。
「先ずはリストに載っていた人物の何らかの大きな変化があった。」
「どういう事だ?」
時野がそう言う。
「具体的にいうと、リストに載っている女性のうち、3人が婚約を決めている。男性は
例えばこの会社員は業績が3倍近くに上がっている。そしてこの男は独立して会社を興
し、大成功を収めている。」
「つまり、自殺する要因がないと?」
岩波がそう結論づける。
「そうでも無いだろ。女性はマリッジブルーという言葉もあるし、男性の方は過労によ
るノイローゼとも考えられる。」
時野がそれに対して異論を上げる。
「警察もそう判断を下している。」
坂口がそう言う。
「八方塞りだな…。そうそう、お前の方はどうだった?」
時野が何か考え込んでいる光乃にそう言葉を投げかける。
「ん?行方不明と思われていた人物は存在している。しかも、行方不明なんかじゃなく
会社にいた。こっそり、会社の外で待って写真の人物が出てきたのも確認した…。」
「だったら…。」
「だからこそ、おかしくないか?」
光乃はそう疑問を投げかける。
「慈善事業で僕に10万もの現金をくれたのか?そうじゃないはずだ、何か裏があるは
ずだ。何か裏が…。」
日ごろからは想像できないきつい口調でそう言う光乃に一同は圧倒された。
「何か、手伝う事でもあるか?」
そう時野までもがそういった。
「いや、奥の手を使う…。」
光乃はそう不敵な笑みを浮かべた。

「ああ、ここですね。二条綾子さん、中学生ですか…。」
山鳥の巣での情報交換を終え、飛鳥と岩波組はリスト者の家の前に来ていた。
「大丈夫かな…。」
飛鳥がそう呟く。
「大丈夫ですよ。時野君は探偵ですし、氷室君は柔道の有段者…。大抵の事は跳ね除け
ちゃいますよ。」
岩波は別行動をとっている時野、氷室組みのことを言った。
「違う!こんな事していいのかって事!」
「大事の前の小事って言葉もありますし…。」
「十分に大事だと思うんだけど…。」
飛鳥がうなだれる。というのも家の中をどうやって調べようか飛鳥が悩んでいると急に
岩波が術を発動させ半径一キロ近くの範囲の人間を追い出してしまったのだ。
「さあ、入りましょう。」
岩波はさっさと家に入っていった。

「多分ここがリスト者の部屋ね。」
部屋は6畳ほどの部屋が二つ、繋がって間をアコーディオンカーテンで区切るといった
構造だった。
「ふむ、ここからは飛鳥さんのお仕事ですね。」
「はいはい。」
飛鳥は骨董品店で貰ったコンタクトを通して部屋を眺める。
「うーん、特に変わったところは…。」
そう話そうとした相手がいないことに気付く飛鳥。
「あれ?岩波さん?」
「今日びの中学生はこんな物をつけるんですか…。」
何時の間にかクローゼットを開け小ビンを取り出す岩波。
「もう!先生、そんなことするなんてコソ泥と一緒じゃないですか。」
飛鳥がそう咎める。
「いやー、滅多に女子中学生の部屋に入る事なんて無いものでつい…。」
そう大して悪びれていない表情で岩波がそういった。
「先生、それ…。」
飛鳥が岩波の持つ小ビンと指さす。
「ああ、これ香水のようですよ。分かってますって、ちゃんと元に…。」
「そうじゃない!妖力を感じる…。」
そう飛鳥がいった。
「へっ?」
なんとも間抜けな返答をする岩波。
「妖怪って訳じゃないようだから性質的には妖具に似ているかも…。」
飛鳥はじっと小ビンを見ながらそういった。
「とりあえず、これを持って帰りますか…。」
「そうね。これが事件の真相に辿り着く手がかりだったりして…。」

岩波たちの予想はあったっていたようだった。次に向かったフリーターの三浦隆の家に
も、その次のリスト者の家にもそれと同じ小ビンがあった。
「ビンゴってやつですね。」
岩波が笑顔でそう言う。
「そうですね。そうだ、時野君達にも教えてあげなきゃ。」
飛鳥は岩波から携帯を借りた。
「…。あっ、時野君。飛鳥だけど…。どう、そっちは…。」
「それどころじゃないよ。氷室さんがへまして…。詳しい事は山鳥の巣で…。」
そこで通話が途切れる。
「どうでした?」
「先生、どうやらリスト者全員の家にあたし達が行かなきゃならないみたい…。」
そううんざりした口調で飛鳥が答えた。

山鳥の巣から光乃は真っ直ぐに事務所に戻ってきた。
「先ずはバイオサイエンス社のHPを開いて…。」
光乃のパソコンが目的のHPを映し出す。
「さてと…。」
光乃は本来の姿になる。
「迷子になりませんように。」
そう言うと光乃はパソコンの内部に入り込む。これが光乃のいっていた奥の手である。
つまり、自分自身を電脳世界に潜り込ませパソコンの情報を最大限、引き出すのである。
「ふふん…。」
光乃は鼻歌を歌いながらまるで迷路のような電脳世界を移動し所々、壁のような物もあ
ったが適当にそれをあしらって移動を続けた。
「バイオサイエンス社のメインにハッキング終了…。」
さらに移動を続ける。
「先ずは社員名簿でも…。」
光乃は目的の物を見つけると情報収集を始めた。
「井上誠、確かに写真の人間だな。研究棟の所長か、えらいんだ…。」
さらに進む光乃。そして、えらく厳重な警備の場所を見つける。
「匂いますね。」
光乃はさらりと厳重な警備をすり抜け、中を覗く。
「これは井上誠の日記じゃん。」
“7月4日 上から新製品の開発について催促が来た。アイデアが纏まらない”
「んー、日記が終わっているのは大体1ヶ月前か…。」
光乃は最後の日記を見ながら呟く。
“9月17日 ある女性が来た。彼女が持ってきた新しい香水。これなら…。”
「これだけであれほど厳重な警備をするかな…。」
光乃が辺りを見回す。そして、ある一点で動きが止まる。そこはまわりに溶け込むよう
に何かしらのものが存在していた。
「光乃様の洞察力を嘗めちゃいけないよ。」
光乃はそこから情報を引き出す。
「これは…。」
その時、急にまわりに球状の物体が現れた。
「これって、所謂ウイルスって奴?」
「違うな、ウイルスはお前だ…。」
そう声が響き、側の球状の物が分裂しだす。
「参ったな…。」
そう光乃が呟く。

「お疲れ、これでも飲んで。」
山本は飛鳥と岩波にコーヒーを差し出す。
「収穫は?」
みづきがそう尋ねる。
「ばっちり。」
飛鳥はそう答える。
「それより、時野君。さっきの電話だけど…。」
「ああ…、あれね。いやな、リスト者の部屋に入ろうとしたんだがその時、氷室さんが
管理人に喧嘩を売って警察呼ばれたんだ。」
「だってよ、あのハゲ、貸した物があるから鍵を開けて中に入れろっていっても開けね
えんだよ。」
そんな会話をしていると急に店の公衆電話の受話器が落ちた。
「何だ?」
その受話器から光の玉が現れ、徐々に人間の姿となった。
「光乃じゃないか!どうした?」
「やあ、どうも…。」
光乃はあちこち傷だらけで現れた。
「何があったんだ?」
時野が駆け寄る。
「いや、電脳世界に入って情報を集めていたらさ、ウイルス撃退プログラムとそれを操
る妖怪に見つかってこの様…。でも、やっつけたから大丈夫だよ。」
「そんな危ない事を?」
あずみは薬を塗りながら心配そうに光乃を見る。
「ええ、でもお姉さんに看護してもらえるんであれば例え火の中、水の中ですよ…。」
そう言いつつ光乃はガッツポーズをした。
「そんだけ元気なら大丈夫だな。で、収穫はあったのか?」
時野がつっけんどんにそう言い放つ。
「何だよ、そんな言い方あるか?人が折角、こんなになって情報収集したってのに…。」
「お前は人じゃないだろ?」
「それは言葉のあやだろ?」
光乃と時野が言い合いを始める。
「なあ、あいつらって仲がいいのか悪いのか?」
「まあ、2人とも似た者同士ってことでしょ?」
「こいつと一緒にするな!」
大神とみづきの会話を聞いた光乃と時野の二人の声がハモった。
「それはともかく、皆さんの集めてきた情報を纏めましょうよ。」
山本がそうせかした。
「あたし達が見つけてきたのはこれ…。」
そういって飛鳥は小ビンを6個取り出した。
「自殺者の部屋に隠してあった物なんだけど、ここから微かになんだけど妖力を感じる
の。」
「つまりは我々が持っている妖具みたいな物ですね。」
岩波が付け加える。
「なるほどな。だったら藤原さんに渡して、調べてもらうか。」
「一寸待ってくれないか?」
大神がそう言うのを光乃が割って入った。
「僕が調べてきた物の中に似たような物があったような…。」
「おい、どういうことだ?」
「確か、人類洗脳計画って欄に…。」
「人類洗脳計画?」
「ああ、香水の中に妖術をかけてそれを着けた者の思考を操作するって言う計画…。そ
の副作用で精神が不安定になったり、特殊能力に目覚めたりするってレポートに…。」
「おい、それって…。」
「とりあえず、藤原さんの所に行くぞ。」
一同は山鳥の巣を出て藤原骨董品店に向かった。

「はいはい…。」
ガラス戸を乱暴に叩かれ、少々不機嫌な声で藤原だ出てきた。
「何だ、お前等かよ。一体、何のようだ?」
「至急、これを調べてくれませんか?」
「何だい、これは…。」
「とにかく調べてくれ。」
藤原は勢いに押されて言う通り調べを始めた。
「一寸待て、これをどこで?」
藤原が大声を上げた。
「これは…。」
飛鳥が掻い摘んで事情を話した。
「で、どうなんだ?」
大神がそう言う。
「これは唯の水だ。」
「は?だってにおいが…。」
光乃が香水を鼻に近づける。
「それは妖術だ。それに姿を美しくする物、精神を操作する物、そしてもう一つ、全く
私の知らない物がかかっている。」
「そんなに…。」
飛鳥が呟く。
「それが重要だ。生半可な妖怪にこんな真似は出来ない。」
「藤原さんには?」
直ぐにみづきが反応する。
「私では無理だ。先ずは量の問題だ。水の量が多ければ多いほど難易度は上がる。それ
だけじゃない、この妖術のかかった状態が安定している。こんなことができるのは…。」
「できるのは?」
「いや、そんなはずが無い…。ともかく早い所、何とかしなくては大変な事になるぞ。」
「そうだな、よし、直ぐにバイオサイエンス社に偵察に行くか。」
骨董品店を後にする一行を見送った後、藤原が受話器を取った。
「私だ…。ああ、その事だが…。」

「マスター、どうかしました?顔色が悪いですよ。」
受話器を置く山本にあずみが声をかけた。
「済まないが、少し一人にさせてくれないか…。」
山本はそう言うと二階に上がっていった。
「彼女が、いまさら何のために…。」
山本はうめくように呟いた。

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