妖魔伝≫第一夜≫後

三章 事件発生…それは…


 「いらっしゃいませ」
ウエイトレス姿の飛鳥が慌しく動き回っていた。今日は日曜だと言うのに朝から客の入り
が凄かった。
理由は簡単…。インターネットのマニアックなHPで美人のウェイトレスのいる店として
評判だった山鳥の巣に新しいウェイトレスが入ったという噂が流れたせいだ。
「ご注文は?」
山本は相変わらずカウンターでコーヒーを飲みながら仕事をしていた。
「ふう…。」
飛鳥が一息ついていると店の隅にいる一人の男性が目に入った。その男の体がくすんだ色
で包まれている。
これは飛鳥の能力の一つで人間の感情がオーラとなって見えるのである。そのため彼女は
自称サイコセラピストと名乗っている。
「何かお悩みでも?でしたらご相談にのりますよ。」
飛鳥はその男性に声をかけた。
「悩みも何も…。言っても信じないさ…。」
「それは話を聞いてからてから判断します。」
そうきっぱりと言われ男はしぶしぶ話し出した。
「実は…。」
男の話を要約すると夜中に学校の近くを歩いていたら急に校門から出てきた2人組みにぶ
つかった。それで文句を言おうとその2人組みを見たらそれが人体模型と骨格標本だった
…。
「なるほど…。」
それを聞くと飛鳥は晶子から借りた雑誌を男に手渡した。
「大丈夫ですよ。あなたの見たのは本物ですから…。」
飛鳥は雑誌を見ている男に向かって、にこやかにそう言った。
「ひ〜!」
男は雑誌を投げ出すと金も払わずに男は出て行った。
その後ろ姿を見て飛鳥は小首をかしげた。
「どうして?」
ある意味、その男性に追い討ちをかけてしまった飛鳥であった。
教訓 大きなお世話 小さな親切

「ねえ、マスター。バイトって何時に交代するの?朝から働きっぱなしなんだけど…。」
飛鳥は肩をほぐすように腕を回しながら山本に不満を漏らした。
「そう言えば、晶子ちゃん遅いね。それより、実は気になる情報を得たんだけど皆に声を
かけてくれるかい。」
さらりと飛鳥の抗議をかわし、山本はそう告げた。
“しかし、何か起こるたび店を空にしなければならないとは、赤字かな…”
二階でやればいいという事に今だ気付かないマスターは再び人を寄せ付けないよう術の準
備を始めるのであった。

「大神さんは朝からバイクで何処かに出かけたそうです。」
飛鳥はカウンター席に腰をおろした。
「では、大神君は私のほうから何とか連絡をとろう。本題に入るが、このところ近所の学
生が数人、行方不明になっているらしいんだ。」
「そんなの今時の学生じゃ、当たり前ですよ。」
あんまり乗り気でなさそうに光乃が欠伸をする。
「学校で行方不明になる事がかい?」
山本は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「しかも、それがあるひとつの学校で起きている。そこが…。」
山本が言った学校と言うのが昨日、晶子が行きたがっていた、そして今日、男が飛鳥に話
した学校と一致した。
「ねえ、マスター…。さっき、晶子ちゃんが遅いって言ったけど、本当は何時に来る予定
だったの?」
飛鳥は何か感じたのかそう尋ねる。
「そうだな…。大体、2時半には来てるね…。3時交代だから…。」
「今は?」
「え〜と…。6時だね…。」
それが言い終わらないうちにメンバーは店を出ていた。
「マスター、大神君には学校の場所を伝えといて…。後、晶子ちゃんが危ないって…。」

 その頃、大神はというとツーリングに来た近くの山にいた。
“大神…”
そう自分を呼ぶ声がした。
大神は耳を澄ませ声のする方を向くと、近くの木に止まっている烏が目に入った。
「全く…。世話が焼けるな…。」
山本の使い魔である烏の説明を聞き、バイクのある駐車場に向かった大神の眼に駐車場に
止まっている一台のオープンカーが入ってきた。
「悪い…。バイクを出すのに邪魔だったかな…。」
そう後ろから声がした。
「あ、いや…。」
大神はその声の主を知っていた。居候先の空手道場の道場生がよく読む格闘技雑誌の今月
号の表紙になっていた男だった。
「あんた、森下隼人さんだろ?テコンドーの世界チャンプの…。」
「ああ…。そうだが…。君も格闘技を?」
「ああ、空手をね。」
「そうか。今度、機会があったらひとつ手合わせしたいな。」
「ああ、機会はその内あるだろ。その内な…。」
隼人は一瞬、不思議そうな顔をしたが大神に軽く挨拶をすると颯爽とオープンカーに乗り
込みエンジンをかけた。
「俺は大神朗。偶(たま)には姉さんやマスターの所に顔出せば?」
それを聞いてやっと納得したような顔で隼人は大神に手を振ると車を出した。
「おっと、俺も早く行かないと…。」
大神はバイクにまたがりエンジンをかけた。

 都内某所  都内とはいえ辛うじて入っていると言った感じの場所…。周りは畑に囲ま
れたその場所にぽつんと学校が建っている。
「ふふふ…。や〜と来たわよ。」
その校門を前に含み笑いをして立つ人影があった。説明するまでも無く、晶子である。
「さてと…。」
堂々と入ろうとする晶子の後ろからぽんぽんと肩をたたく者がいた。
「つい、その〜何となく。あっ!いや、おトイレを借りに…。決して学園七不思議を見に
来たわけじゃ…。」
そう振り返って一気に捲くし立てた晶子はその相手が自分の良く知っている人物だと言う
ことか分かった。
「な〜んだ…。大神君か…。あ〜あ、慌てて損した。」
緊張感の無い晶子とは対照的に大神は晶子を庇うようにしながら辺りを見回した。
「どうやら、この学校何かヤバイらしい。だから君は…。」
大神は今、自分が言ったことを非常に後悔した。好奇心の塊の晶子にそんな事を言うとい
う事は正に“火に油を注ぐ”ことで、案の定、晶子は目をきらきらさせ大神に詰め寄って
きた。
「ヤバイって妖怪がらみなの?ねえ、どんな奴?」

他のメンバーも到着した頃には既に晶子は手の付けられないような状態だった。
最初は岩波が説得していたが諦めて結局、晶子を含めた7人で調査することにした。
「ねえ、晶子ちゃん。ここの七不思議ってどんな物なの?」
とりあえず、現時点で一番詳しいと思われる晶子から情報を得る事にした。
「え〜とね…。花壇の世話をしてくれる不思議なおじいさん、タップダンスをする大足、
物真似をするドッペルゲンガー、ダンスをする骨格標本、漫談をする人体模型、ジューク
ボックスと化す音楽室…かな。」
「後ひとつは?」
指を折って数えていた光乃は薬指をピコピコと動かしていた。
「あのね、学園七不思議の七つ目を知ると異次元に飛ばされるの。そんなことも知らなく
てよく妖怪やってるわね。分かった、あなたもぐりでしょ!」
「いや、もぐりとかそんなんじゃ…。」
じと目で睨んでいる晶子に対して返答に困る光乃であった。
「とにかく手分けしよう。」
大神は校庭、飛鳥は上空から学校全体を、斎藤、時野は音楽室、残りは校舎を調べること
にした。
「30分したらまたここに集まろう。」

「どうだった?」
「どうもこうもないわよ!時野君の後ろから竹箒が飛んでくるわ、怪しい2組を追いかけ
たら出たのよ!多重存在、ドッペルゲンガー…。あれは厄介よ…。訳、分かんないもん。」
大分混乱しているらしくみづきは一気にそう言った。
「そうか。俺のほうは特に変わったことはなかった。」
「私も空から観察したけど変わったところはなかったよ。」
「ん〜、これからどうするかですね。」
岩波が顎に手をあて考え込んだ。
「怪しいのは校舎内だけど、ドッペルゲンガ−に合うのは厄介だし…。」
光乃は珍しく及び腰の発言をした。
「そうだな…。しかし、例の怪しい2人組も気になるし…。」
時野はそう冷静に判断を下した。
「なあ、その怪しい奴等って…。」
大神は目で後ろを合図した。その方向には昇降口があり、そこから手のようなものが出て
いた。
「多分、さっきの奴よ。でも、どうする?ここから距離もあるし異常に逃げ足が速いのよ。」
みづきは気付かれないよう目だけをそちらに向けてそう言った。
「だったら俺に任せろ。」
大神は懐中時計をポケットから取り出した。その次の瞬間、大神の懐中時計を見る瞳の形
が一瞬にして変わった。それと同時に大神の体にも変化が現れる。体は透き通るような髪
の毛と同じ銀色の体毛に覆われ、顔はもはや人間のそれではなく、正に狼のそれとなって
いた。その姿は異質な物に関わらず美しいと思わせる姿であった。
しかし、その美はおそらく野生の動物が持つ物と同じで、近づく者は容赦なく噛み付く、
そう言った狂気をはらむ物である。
そして大神は自慢の脚力を生かし一気に相手との距離を詰めるとその手を掴んだ。
「うわ…。」
急に掴まれ驚いたのかその瞬間、手から丸い物体が落ちた。
「何だ、これ…。」
近寄ってきた光乃がそれを拾った。
「おい、これ、目玉だぜ。」
光乃は少々驚きの声を上げた。
「何やねん!わいをなめたらあかんぞ!こう見えても少林寺拳法の達人なんやどー!」
言葉を発した人物と言うか物体は例の七不思議のひとつ、漫談をする人体模型その人(?)
であった。人体模型は大神の手を振り払うと少林寺拳法の構えを取った。
「た〜!そりゃ!うお〜!」
片や身長180以上の人狼と大きさが小学生ほどの人体模型…。結果は一目瞭然…。
「今日はこれぐらいにしたるわ!」
大神に頭ををつかまれ中吊りの状態で人体模型は某新喜劇のお笑い芸人と同じセリフをは
いた。
「お約束ですね…。」
妙にうれしそうに岩波はそう言った。
「くっそ…。体調が万全ならお前なんかに負けへんのに…。」
「それはそうと、いいのか?目玉、出しっぱで…。」
光乃は目玉を弄びながらそう言った。
「あ〜!なんて卑怯な!わいに実力で勝てへんからって、汚い真似を…。」
「そんな事言うとこれ思いっきり何処かへ投げ飛ばすよ。」
そう言った光乃の顔はこれ以上ないような笑顔だった。
「冗談や。かなわんな〜ほんま…。」
人体模型は光乃から目玉を返してもらうとそれをはめた。
「あら、あんさん。わてらのお仲間でっか?」
人体模型ははめた目の調子を見るついでに、大神を見て人体模型がそう言った。
「わてらって…。他にいるのか?」
「何言うてまんの、あんさんの隣…。」
時野が隣を見るとそこには骨格標本が立っていた。
「のぁ!何時の間に…。」
骨格標本は時野に向かってしきりに頭を下げていた。
「そいつ、さっきあんさんに向かって竹箒投げたの謝ってるんですわ。」
「いや、大丈夫。当たってないから…。」
「せやから、よく狙えって言ったやろ。」
そう人体模型は骨格標本に文句を言っていた。
「命令したのはお前か!」
その後頭部を時野が拳骨で殴った。
“ガゴン”
「いって〜!」
殴った時野の方がどうやら痛かったらしく手を振っていた。
「何しはりまんの…。こぶできたらどないすんですの…。」
「この、石頭が…。」
「石ちゃいます。プラスチックでっせ。」
時野はもう一度殴ろうかと思ったが、さっきの痛さを思い出しやめた。
「ああ、自己紹介がまだでしたな。わいは木村言いまして、そっちが田中です。」
骨格標本は行儀よくぺこりと頭を下げた。
「ここにいるのは、君達だけかい?」
そう岩波が聞いた
「いや、居ることは居るけど…。」
ここにきて木村の顔の表情が暗くなった。
「あんさんらを見込んで説明しますわ。あれはちょうど、半月前、わてらは近くの宴会に
呼ばれ営業に出かけたんや。まあ、そん時んはえろう大盛況でな…。」
得意げに話していた木村だが、周りの視線を感じてひとつ咳払いをした。
「そんなんはどうでもええな。出先から帰ったんは朝の4時や。何時もは花壇の手入れを
している親父はんが見えんよってどうも気になっとったんやけど、とりあえずわいらは元
の場所に戻ったんや。」
「それで…。」
「異変が起きたんはその夜からや…。親父はんだけでのうて皆の様子がおかしくなっとっ
たんや。」
「どんな風に?」
「それがな…。」
木村が言おうとした瞬間、何処からか女性の悲鳴が聞こえた。
「あっちから聞こえたよ!」
晶子が体育館に向かって走り出した。
「晶子ちゃん!危ないって!」
それを残りのメンバーが追った。


四章 激突!その時…

 「キャ〜…。」
体育館の入り口についたメンバーが見た最初の光景は高校生ぐらいの女の子2人が腰を抜
かして抱き合ってる姿だった。その彼女達はしきりに上の方を見て怯えていた。そして彼
らもその視線を上に向けてみた。その光景は彼らから見ても異様なものだった。天井から
生えていたのだ、巨大な足が…。そして、その巨大な足が徐々に彼女達に襲い掛かろうと
している。
「ちっ…。」
大神はその女の子達に飛びつき、そこから救い出した。
「ひっ…。」
女の子達は妖怪の姿の大神を見ると、気絶してしまった。
「晶子ちゃん、この2人を頼む。」
大神はそう言うと巨大な足に向かい合った。
「やめろや!大足はん!怪我さしたら、どないしまんねん!」
「あいつ、仲間か?」
「ああ、大足って言ってな。わいらん中でも一番大人しい奴やねん。」
「そうは見えないな。」
時野は素直な意見を言った。
「そんなんどうでもええやないか!いくら乱暴者でも人間には危害を加える事はは絶対せ
えへん!きっと誰かに操ろうているだけや!なあ、頼むわ。何とかしてや。」
「何か根拠があるのか?」
時野はさらに冷静に言葉を続ける。
「あらへん!あらへんけど、長年一緒に居ったわいらがそう言っとるんや!それだけじゃ
あかんか?」
必死の形相で頼む木村を見捨てられるメンバーはいなかった。
「しかし、どうすれば…。」
メンバーが手を拱いている間に大足の後ろに老人が現れた。
「あいつも仲間か?」
大神が木村に向かってそう言った。
「あの人が親父はんや。」
表情を暗くしたまま木村はそう呟いた。
「とりあえず、あいつらを取り押さえるか。」
軽く光乃がそう言うと一瞬にして光の玉へと変化した。
「それがベストだな…。お前の意見に賛成するのは癪だけど…。」
そういうと時野は製図用紙入れから刀を取りだし、体を覆うコートを脱いだ。
「大人しくしてもらうぜ。」
声は時野のものであったが姿は全く別物であった。シルエットは人間の物ではあるがその
体は全身、黒き闇の炎に包まれていた。
“ふっ…。俺も変わったな…。”
時野はその姿に対してつい最近まで嫌悪感に苛まれていた。
“あいつの影響か…。”
時野は自分の前でフヨフヨ浮いている光乃を見た。
「わらわが相手じゃ!」
言葉を発したみづきも妖怪化を開始した。足がなくなって、腰から下が蛇にようになって
いた。彼女はもともと北森神社の泉に住んでいた白蛇が水神となったものなので妖怪時に
は蛇だった時の名残が現れるのである。
「み〜ちゃんって妖怪になると言葉使いが高ビ〜になるよね。」
そう軽口を言ったのは孔雀のような姿をした鳥であった。しかし、それは自然界ではあり
えない姿である。その体は紅き紅蓮の炎に包まれ、神々しいばかりの光を放つ火の鳥の飛
鳥だった。
「おやおや…。また、お仲間が増えましたよ。」
そう、岩波が言いつつ左手の鉤爪を伸ばした。彼の本体は何時も肌身はなさず持ち歩いて
いる医学書で実際に動いているのは彼の分身である。そのため、彼は姿が変化しないので
ある。
「朧(おぼろ)はんに、ヌッシーはん。」
とうとう全ての七不思議のメンバーが体育館に集まった。
「ん?」
大神があることに気が付いた。
「おそろいのペンダントか…。」
「そや。それや!あれをつけだしてからや!皆がおかしくなったんのは…。」
そうと分かれば狙いは決まった。そして大神と岩波は大足、光乃とみづきは朧、時野と飛
鳥はヌッシーに向かった。

戦いは山鳥の巣メンバーにとって非常にやりにくいものであった。
狙うはペンダントをつないでいるチェーンの部分…。しかし、どうやら何かしらで強化し
ているらしく中々壊せない。加えて、相手は手加減なしに攻撃を繰り出してくる。
「はっ!」
気合一閃、銀色の光跡を残し時野は刀を振った。“影楼”のいるおかげで刃毀れひとつも起
こさない。
「…。」
無言で手を振るヌッシー。すると、突然、時野が吹き飛んだ。
「な、なんだ〜?」
「時野はん!ヌッシーは音波で攻撃してくるんや!よう聞いてれば、分かるよって…。」
「この状況で音波を拾えってか?」
「あと、その音波も種類が幾つかあって…。」
「あのな!見えない音波をどう区別しろって言うんだ!」
「あの手の動き…。あれで分かるんじゃない?」
飛鳥がそう呟いた。
「あれって指揮者の動きに似てない?」
「確かにな…。」
その予測はあたっていたらしく時野と飛鳥は攻撃を食らいつつも、相手の攻撃を見切って
いった。
「今だ!」
攻撃を見切った時野は懐に潜り込み渾身の一撃を浴びせた。

「なんじゃ?これは…。」
そうみづきは叫んだ。その目の前にはみづきがいた。
「見れば分かるだろ…。みづきちゃんじゃん。」
「ほう…。わらわに喧嘩を売っているとしか思えんな…。」
「それじゃ、そっちは任せたよ。」
そう言うと光乃は朧に向かって言った。
「少し我慢しろよ!」
光乃は朧の体を包み込み、電撃を浴びせた。自分の体には物理的攻撃が効かないという利
点を生かした攻撃方法である。
一方、みづきはというと案の定、膠着状態だった。考えれば分かるがドッペルゲンガー
は自分と同じ動きをして自分と同じ能力を持っている。膠着状態が当たり前なのだ。
「やっぱり、こっちを先に何とかしないと…。」
光乃が電撃の威力を少し上げた。
「ぐっ…。」
朧の短いうめき声と同時に光乃は鈍い痛みを感じた。
「何だ?」
光乃は油断をしていた。そこらの妖怪には自分を傷つけられないといった自信もあった。
大敵の風は室内であるここではない。だったら今の痛みは…。
「訳、分からないな〜。」
何をされたか分からない光乃であったがはっきり言える事は長期戦になれば自分にとって
不利ということである。
「もうちょっと威力強めちゃお〜っと。」
痛みは継続的に襲い掛かる中、光乃はそのまま電撃を浴びせ続けた。

大神と岩波は鉤爪でチェーン目掛け攻撃をし直ぐに離脱するといった、ヒット・アンド・
アウェイという戦いをしていた。地道だが相手の攻撃力が尋常ではないという判断からこ
うした戦法をとった。
そして、十数回目の攻撃でチェーンは地面に落ちた。
それを追うように他の2ヶ所でもペンダントの落ちる音がした。
 ペンダントの呪縛から放たれたメンバーは意識がまだ朦朧としているらしく、動きが鈍
かった。
「さあ、残るは後一人…。」
意気込んでいるなか、大神は落ちたペンダントを調べる為に手に取った。
“…ろせ…。”
急に大神の頭に声が響いた。
「おや、どうした?大神君」
様子がおかしいことに気づいた岩波が側によった。
「…ろす。」
「えっ?何だい?」
さらに近寄る岩波に大神は鉤爪を振った。
「殺す!」
「うおっと…。」
大神の一撃で岩波は体育館の外まで吹き飛んだ。
「あらら…。最強の敵現るって感じ…。」
光乃は相変わらずの軽口をたたいた。
「ぐあ〜!」
咆哮、一つすると大神は今だ意識が朦朧としている大足の元に向かった。
「世話が焼けるのう…。」
そう言うとみづきがそれを追った。
「そっちは任せたよ。」
そう言うと光乃達は老人と相対した。

「待てい!」
みづきは人狼の大神のスピードについていけず、どんどん放されていった。
そして、無言で振った一撃は大足を一瞬にして消滅させた。
「まさに凶器…。これでは、手加減も出来ないの…。」
そういうとその場で瞑想を始めた。
「…。」
大神は新たな標的としてみづきを認識した。
“まだ…。まだ遠い…。”
大神がすさまじいスピードでみづきに襲い掛かった。
“そろそろか…”
みづきが突き出した両手の間に水が生まれる。そう、まさに生まれたのだ。その、水はみ
づきの意思通りにその形を変えていく。
「“流牙斬”」
限界まで圧力の加わった水は鋭い刃物と化していた。
「ぐあ…。」
水の刃は見事に命中した。
“ボト…”
鈍い音を立てて大神から落ちた。
「全く…、世話焼かすでない。」
そういって床に落ちている物体からペンダントを上手に取り除いたそれを大神に向かって
投げた。
「面目ない…。」
大神はさっきまで自分の右腕があった場所を押さえた。
「終わったかい?」
人間の姿に戻っている光乃が声をかけてきた。
「そっちは?」
「万事、OKさ…。」
そう時野が言った。
「それより…。」
飛鳥は大神が立っている床を指した。
「それ、掃除が大変よ。」
そう、もはや小さな水溜りと化している赤い液体を指した。
「あたたた…。ひどい目にあいましたよ…。」
体育館の外まで吹き飛ばされた岩波が戻ってきた。
「おや、これはひどい…。」
「おいおい、ちっとは俺の心配しろよ。」
「もちろん私は君の心配をしているのだよ。決して、掃除が大変だとはこれっぽちも思っ
てないよ。」
「どうだか。」
少々ふてくされている大神をよそに岩波は自分の携帯で何処かに連絡をとっていた。
「何処にかけたんだ?」
「山鳥の巣ですよ。あずみさんに来てもらうんですよ。」

十数分後、あずみが現れた。
「これまた、ひどいわね…。」
床を見てそういうあずみに対して文句を言う気力の失せた大神であった。
「貸してみなさい。」
大神は言われるままそれを渡す。
「きれいに切られちゃってるわね。」
あずみは持ってきた水がめのような物の中から液体を掬(すく)い取った。
「はい、これで大丈夫。」
まるで壊れた人形の部品を付けるように大神の腕を付けた。
「こいつは凄い…。」
感嘆の声を出し大神は腕をまわした。
「他に怪我している人は?」
あずみは次々と治しにかかった。

「詳しいことは私達にも分からないんです。」
詳しい話を聞くために一行は校長室に来ていた。
「それが…。どうも記憶が曖昧で…。確か、あの日、ここの校長室に皆で集まって今年の
肝試しのテーマを決めてたんですよね、教頭先生?」
そう親父はん事、桜の木の精霊(この学校の校長)の桜田が隣の男をみる。
「ええ…。木村君と田中君は近所のお寺の宴会に呼ばれるって事で参加はしていませんで
したが…。」
そう答えたのはヌッシー事、音楽室の主(教頭らしい)の前野が答える。
「そうでしたね。今年のテーマ、どうしましょう…。」
そう少し話題がずれているのは朧(美術教師)の金子である。因みに若くて美形…。
「金子君、そうではないだろ!」
そう大声を出したのは大足(体育教師、且つ生徒指導)の森田であった。ついでだから説
明するが、この大足、大神に滅ぼされたのは右足だけであの後、天井から左足が生えてき
たのである。
「とにかく、この学校の生徒が行方不明になってるんです!何か心当たりはないんです
か?」
みづきが机を指で小刻みに叩いた。
「例えば、七不思議目の妖怪とか…。」
光乃が呟く。
「君ね。七不思議目は最初から存在していないんだよ。」
前野が額の汗をぬぐいながらそう言った。
「だったら、他に気になる事とか…。」
一同、腕組みして考え出す。
「そう言えば…。」
森田が言葉を発した。
「金子君、困るじゃないか。勝手に倉庫にあんなの置いてもらっては…。」
「はい?あんなのって?」
「鎧の置物だよ。あそこは私が生徒指導をする所だ。あんなのがあっては生徒が正座でき
ないだろ!」
「そんな、僕じゃないですよ。そんなレトロな物、教頭でしょ?」
「何を馬鹿な事。私は音楽以外に興味はない。校長でしょ?」
「私は知らんよ…。」
最初は聞き流していたが段々、おかしな状況になってきたので山鳥の巣のメンバーも口を
はさんだ。
「待ってくれよ。それじゃ、その置物は勝手にそこにあったってのか?」
大神が呟く。
「そのようですね…。」
のんびりとした口調で金子はそう言った。
「それを見かけたのは?」
時野がそう問いただした。
「私達の記憶がなくなる当日の朝だったかな…。」
「怪しすぎる…。その倉庫って何処にあるんですか?」
飛鳥が校長に詰めより倉庫の場所を聞き出した。
「悪いけど先に行っててくれないか?僕、ここで調べ物してから行くよ。」
何時もならイの一番に倉庫の場所に行くはずの光乃が珍しくそう言った。
「何、調べるか分からないけど早くしてね。」
何時もの光乃らしからぬ光乃に一瞬、戸惑ったがみづきたちだがとにかく倉庫の場所に向
かった。
「あの、もう一度聞きますけど…。この部屋に集まってその後の記憶がなくなっているん
ですね。」
一行から分かれた光乃はそう聞いた。そこにいるのは何時もの軽い光乃ではなかった。
「どうなんです?」
真剣な表情で答えを待つ。
「ああ…。」
森田は多少、気おされながらそう答えた。
「なるほどね…。」
それを聞くと徐に近くのソファーに手を付けた。
静かに時が過ぎる。
この時、光乃の頭の中では過去1年間に起きた出来事が走馬灯のように流れていた。
“もうそろそろか…。”
頭の中の映像が校長室に集まってなにやら相談をしている光景になった。
“ん?これは…。”
頭の中の映像は多少ぼやけて見えるがそれでも尚、美人だと認識できるスーツ姿の女性が
入ってきた。
その女性に一同、見とれているとその女性は一人一人にペンダントをかけていった。
“こいつが黒幕か…。にしてもだらしねえな。女に見とれるなんてよ。”
そう、何時もの自分の事は棚に上げてそう思う光乃であった。

「ここか…。」
時野はゆっくりと扉を開けた。すると、正面に石の置物があった。
「ほう、こいつは凄い…。」
近寄った時野はその精巧さに感嘆の声を上げた。
「うん、これは鎧というか鎧武者の石像だね。結構年代物みたいだが…。」
そううんちくをたれる岩波の横で大神が鼻で笑った。
「こんなの大した事ねえよ。」
どうやら、抽象美術の大神の美的センスには合わなかったようだ。
「そうだ。藤原さんにもらったこれで…。」
みづきは真実の書を取り出した。
「え〜と…。石で、鎧武者で…。これでヒットするかしら…。」
真実の書が勝手に開き、あるページで止まった。
「何々…。“石喰い…人間を石にして捕食する。戦国時代に多く出没した”だって…。」
「だったらこれが石化した鎧武者って事か?おいおい、だったらその石喰いって何処にい
るんだよ。」
時野は辺りを見回す。
“何処を探している…。”
倉庫中にそう響く。
“俺はここだ!”
その声とともに石像が壊れ、中から巨大なムカデが現れた。
「こいつが石喰いか。」
時野が身構える。
「貴様らも食料となるがいいわ!」
「ふん…。」
大神が再び鼻で笑った。
「何がおかしい?」
「お前の愚かさ加減がおかしいのさ。」
「何を…。あの程度の妖怪どもに苦戦した奴らが、この石喰い様に勝てるとでも思ってい
るのか?」
「お前、馬鹿か?」
時野がそう嘲るように言った。
「ストレス解消には物足りないわね…。」
みづきがストレッチをしだす。
「そうそう、あんまりやりすぎちゃうと倉庫が壊れちゃうし…。」
飛鳥がそう無邪気にそう言う。
「何を貴様ら言ってる!」
相手の態度にキレた石喰いは口から石化ガスを吹きつけようと、息を吸い込んだ。

「あら、もしかして終っちゃった?」
光乃が倉庫についた第一声だった。
「ええ、激弱…。まさに一瞬でしたね…。」
サングラスを直しながら岩波がそう言った。
「で、いなくなった生徒たちは?」
「それが…。」
時野がばつが悪そうに言葉を続ける。
「つい、居場所聞く前に殺(や)っちゃった…。」
「もう、あの石喰いに食べられちゃったのかな…。」
そう縁起でもない事を飛鳥は言った。
“パリ〜ン”
突然、ガラスの割れるような割れる音と共に倉庫中に石像が現れた。
「こいつは…。」
よく見るとそれは同じ制服を着ていた。
「行方不明者発見…。」
光乃が指さした。
「でも、どうして急に現れたのかしら…。」
みづきは石像を前に腕組みをしていた。
「さあ。まあ、それよりこの石像をどうやって戻すかだな…。」
「その心配はないと思うわ。」
大神の声に対してそう倉庫に入ってきたあずみが答えた。
「石喰いが滅びた今、奴の妖力も次第に消滅していくから…。」
あずみが言う通り、石像の頭のほうから徐々に肉体に戻っていくのが見えた。
「それじゃ、後始末はここの人たちに任して、我々は戻りますか…。」

学校を出て行く山鳥の巣の一行を屋上から見下ろす一人の女性がいた。
「全く…。おめでたい人たちね。さっきのは私からのご褒美よ…。」
そう冷ややかな笑みをとっている唇でそう呟く。
「でも、面白そうね…。」
そう言い終わると女性の姿は掻き消えた。


五章 エピローグ? いやいやこれがプロローグ

「そうそう、光乃君。朧さんと戦ったとき食らったのって一体なんだったの?」
みづきがあの戦いを思い出し呟く。
「ああ、あれね。後で聞いたらなんだっけかな、こう触られたような感覚ってあるでしょ?
あれの刀で切られたイメージが僕の痛覚を刺激したとか…。」
「ふ〜ん…。」
期待して損した様子でみづきはそういった。
「そうだ…。マスター、これ…。」
そう言うと光乃は一枚の写真を渡した。
「これは?」
「今回の事件の黒幕…。」
「じゃあ、あの時、調べるっていたのは…。」
みづきが写真を覗き込む。
「ああ、これ…。まあ、多少はボケてるけどなんかの手がかりになるでしょ?」
そう光乃は得意そうに言った。
「まさかな…。」
その写真を見て山本は顔を曇らせてそう呟いた。
「ねえ!見てみて!」
勢いよく喫茶店のドアを開けて晶子が“La・Moo”を手に入ってきた。
「今週号にこの前の事、載ってたよ!」
そこには“今年の肝試しは参加型肝試し!さあ、あなたも妖怪になって皆を脅かそう!”
という記事が載っていた。
「あいつら…。何、考えてんだ?」
一気に脱力する山鳥の巣一行であった。

                              第一夜 終

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