妖魔伝≫第一夜≫前

一章 闇に蠢く者達…


 そこは無限とも思われる広い部屋だった…。いや、おそらく無限の広さを持
つのであろうその部屋にはポツリと一人の男が座っている。男の風体は三十そ
こそこ、切れ長というより線のような眼をした男である。
「お主に伝言だ…。」
何処からともなく低い声が聞こえてきた。男はその声を黙って聞いている。
「唯、一つ…。“お主に新たなネットワークの建設を命ずる”と…。」
無感情に響くその声を聞いた男の反応は片方の眉をぴくりと動かしただけであ
った。
「以上だ、伝えたぞ…。」
男は両手を付き、深々と頭を下げる。
次に男が顔を上げた時にはそこは見慣れた風景の部屋だった。
「マスター、上の方達は何と?」
男の直ぐ後ろには心配そうな表情を浮かべた長い黒髪の美女が立っている。
「何…。簡単なもんさ。」
そうマスターと呼ばれたその人物は何時も通りの無邪気な表情に戻っていた。
「唯、一言“事を起こせ”だとさ。」
男は肩をすくめて大げさなジェスチャーとともにそう言った。

 世の中には人間には理解しがたい物というのは実に多い。
その一つが彼らの存在である…。
彼らは他人や世間に対する憎悪、物などに対する愛情などその他色々な思いより生まれる
存在…。

妖怪と呼ばれる者達である。

妖怪といっても外見では区別が出来ない者たちが多い。人間そっくりの外見をして彼ら
は密かに人間世界で暮らしているのである。
多くの妖怪は地域や思想の一致した者達とネットワークという集まりを作る。
そうすることで人間世界での孤独を癒すのである。

ほとんどの妖怪たちは人間に対して無害であるが全てではない。人間を食料とする者も
いれば、人間世界を混乱に陥れることが生きがいの妖怪もいる。
彼らは必然的に人間に対して何らかの事件を起こす…。そうした事件に対して人間はほ
とんどの場合、無力である…。

それでは人間はそういった妖怪の事件に対しては泣き寝入りするしかないのだろうか?

しかし、世の中は昼と夜、光と闇、善と悪その両方があって成り立つ。昼だけの世界、
その逆の夜だけの世界はありえない。それは妖怪の世界でも同じでそう言った人間に危害
を加える妖怪もいればその逆もいる。
今日も彼らは人間には対抗できない妖怪の事件を人間に代わって解決していくのである。


二章 集いし者達

帰宅中のサラリーマンの波がピークとなる頃、吉祥寺駅前の喫茶店の前に一台の中型の
バイクが止まった。
バイクに乗っていた人物はヘルメットを置くと軽く髪の毛をバイクのミラーで整える。
鏡に映ったその姿はモデルかと思えるほど整った顔立ちの男で、しかも脱色していると思
われる銀色の髪がさらに人目を惹くものであった。
慣れた手つきで男はポケットから懐中時計を取り出すとそれを覗き込んむ。
(もうこんな時間か…。まあ、時間を指定されていなかったからな…。)
男は喫茶店のドアに手をかけた。
“カランコロン”
ドアの鈴か鳴る。銀髪の男が入った喫茶店には数人の人物がいたが、彼が入ってきた事に
気付いたのはマスターと思われる細い目の人物だけであった。
先ず銀髪の男が目にした物はカウンター席に座っている男が隣にいる女性2人組みに頻
(しき)りに話し掛けている光景だった。男は一見すると知的な風貌でハンサムといった
部類に入る人物である。しかも、ファッションの方も印象的で、銀縁のメガネと蛇柄のジ
ャケットといった非常に個性的な格好であった。
「あれ?そっちの子は友達?」
しかし、数分、いや数秒、同じ空間にいれば彼が美人と見れば声をかけずにいられないと
いった軽い性格の男であるということがわかる。
 一方、話し掛けられた女性2人組みだがナンパ男でなくともお近づきになりたいと思う
ような美女2人組みだった。一人は長い黒髪の典型的な大和撫子といった感じの物静かな
女性である。もう一方の女性は、少々目尻の下がったいかにもマイペースといった雰囲気
を醸し出している。声をかけられているその2人組みはナンパ男のことは完全に無視をし
て、カウンターの上の紅茶を飲んでいた。
「ねえ、買い物帰りらしいけど何を買ったの?」
目ざとく彼女達の足元に置いてある紙袋を見つけ、こりもせず男は話し掛けている。
(駆け引きってのは引き際が肝心なんだよ。)
銀髪の男は店内を見回した。店内は4つのカウンター席の他には4人用のテーブル席が2
組といった少々、狭い感じの店である。
次に銀髪の男の目にとまったのはその4人用のテーブル席のうち、入り口側にある席に
白髪の人物と全身黒ずくめの男が向かい合わせに座っている光景だった。白髪の男の方は
スーツ姿でその髪をオールバックにしており、顔は常に笑顔(まぁ、目がマスターに負け
ず劣らず細い目だからそう見えるのだろうが…。)をしていて、まさに好々爺といった感じ
を受ける人物だった。
 もう一方の全身黒ずくめの方は銀髪の男からは後ろ姿しか見えないがその格好からして
あまりまともな人間ではなさそうだ。唯、一つ、気になるのはその男の傍らにある黒い筒
である。おそらく、製図用紙入れなのだろうが、その男の持ち物としてかなり違和感があ
った。ともかく、その怪しい組み合わせの2人は何を話すでもなくテーブルのコーヒーを
ゆっくりと飲んでいた。
(奇妙な組み合わせだな…。)
銀髪の男がそう思っているとマスターが声をかけてきた。
「いらっしゃい。そんなところに突っ立てないで座ったらどうです?」
銀髪の男は無言で空いているカウンター席に腰掛けた。
「ふ〜ん…。」
じろじろ横に座った銀髪の男をナンパ男は一通り観察する。
銀髪の男が何か言おうとした時には既に口説きモードを再開していた。
“カランコロン”
再び、ドアの鈴が鳴った。
「いや〜、悪いマスター。遅くなってしまって…。え〜と、何時ものくれるかい?」
「何時ものくれるかい?じゃないわよ!先生ったら全くトロイんだから…」
おかしな男女の2人組みが喫茶店に入ってきた。先生と呼ばれた人物はもう暗くなりつつ
あるというのにサングラスをかけた渋めの男性で一見するとあっち系のお仕事の人物であ
りそうだが、言葉の端々から醸し出す人の良さというか何と言うか、本当に何とも言えな
い雰囲気の持ち主であった。
「あ、マスター。あたしはレスカ〜!」
一緒に入ってきたのは髪の毛をポニーテールにまとめており、顔は目鼻立ちがはっきりし
ていて美人よりもどちらかと言えばかっこいいやハンサムといった言葉が似合う女の子で
ある。
「あそこが空いていますよ。」
新たな獲物を見つけたナンパ男はいつの間にかその女の子の肩に手を回しながら空いてい
る奥の4人用のテーブルを指した。
「あっそ…。」
彼女は馴れ馴れしく肩に手を回してきた男を見上げてそういうと彼の魔の手からするりと
抜けて今までナンパ男が座っていた席に座った。
(ほう、できるな、この子…。)
銀髪の男は内心感心した。自分も格闘技を嗜んでいるので彼女が只者ではないことが分か
った。
「えっ?え〜?」
一方、そんな事は全く分からないナンパ男は何が起きたか理解できないようで、自分の手
とその女の子を交互に見ている。
「いや、わざわざ悪いね…。」
わざとか天然か分からないが先生と呼ばれた人物は料理を自分で運びながら男に礼を言う
と席についた。
「ちぇ…。」
結局、ナンパ男は先生と空いている4人用のテーブル席に座るはめになった。

「さてと…。君は…。」
「これ…。」
言葉少なげに銀髪の男は一通の手紙を取り出した。マスターはその手紙を開いて目を通す。
「なるほど…。彼女の紹介となれば頼もしいな。」
マスターは細い目をさらに細くして微笑んだ。
「あのマスター…。何のために呼ばれたのか、いい加減に教えてくれません?せっかく久
しぶりに飛鳥ちゃんが会いに来たっていうのに、義父(ちち)からマスターの所に寄る様
言われて来て見たら…。」
そう多少、怒気を含んだ声で髪の長い女性が言った。待ちくたびれたせいもあるのだろう
が、しつこいナンパがその原因の大部分なのだろう。
「ああ、ごめん。じゃあ、そろそろ始めようか。」
マスターはそういうと一回咳払いをして話し始めた。
「え〜、皆さんに集まってもらったのは他でもないんだけど…。実はここ吉祥寺周辺でも
妖怪の事件が…。」
「おいおい。いきなりそう来るか?」
そう、突っ込みを入れる黒ずくめの男…。
「私の座右の銘は“単刀直入”だからね。」
それをボケで返すマスター…。
「そうするとここにいる奴、全員が?」
銀髪の男が店内を見回す。
「全員ではないよ。私と晶子ちゃんは正真正銘、人間さ…。」
そう黒ずくめの男の向かいに座っている白髪の人物がそう言った。
「詳しいことは後で自己紹介してもらうとして…。続きを話すけど吉祥寺周辺でも妖怪に
よる事件が多発する様になってきたんでネットワークを作って、それに対抗する必要が出
てきたんですよ…。」
マスターは一口、コーヒーを飲んで続けた。
「そこで君達に、ここ山鳥の巣≠フネットワークに参加して事件解決の協力をして欲し
いという事なんですけど…。」
「ねえ、マスター…。それって今までとどう変わる訳?」
髪の長い女性が抗議の声を上げる。
「それは変わりますよ、みづきちゃん…。今までは単独行動が主流だったのがこれからは
チームワークが可能なんですから…。心強いでしょ?」
「心強いね…。」
振り返って今だ不満そうに仏頂面でコーヒーを飲んでいるナンパ男を見た。
「俺達は人間に害を及ぼす奴等をこらしめる…。その為にはネットワークがあった方が何
かと便利だ。違うか?」
そう銀髪の男が言った。
「それはそうだけど…。」
みづきは多少、歯切れの悪い返答をした。
「じゃあ皆さん、協力してくれるという事でよろしいんですね?」
「そうと決まれば、早速、自己紹介しなきゃな。僕は光乃直軌。」
光乃が一瞬にして光の玉になる。
「得意技が…。」
次の瞬間、ものすごい閃光が迸った。
「これなんだよね。職業は探偵やってるから、調べ物は〜って…。」
光乃は周りから鋭い視線が注がれていることにやっと気付いた。
「どうかした?」
「ああ!どうかしたよ!光るなら先にいえ!くそっ、目がチカチカする!」
黒ずくめの男が席を立って光乃に詰め寄る。
「そうかい?私はそんなんでもなかったが…。」
先生と呼ばれた人物がトマトを食べながらそう言った。
「全く…。俺は時野影(ときの・えい)という。こいつとは違って『ちゃんとした』探偵
だ。」
「なんだよ。それじゃ、僕がちゃんとしてないようじゃないか。」
「人間以外相手がお得意様なんだろ?犬猫探しとかさ…。」
「でも仕事は仕事だし…。」
「はいはい、そのくらいにして…。」
マスターは手馴れた感じで2人の間に入った。
「じゃあ、次は私が…。私は斎藤みづきと申します。今は大学に通っていて、暇な時には
主に家の手伝いをしていますね。」
「へ〜、家って何屋さんなの?」
何を期待したのか晶子が目を輝かせて聞いた。
「神社です。北森神社って言うんですよ。」
その答えを聞いて残念がるかと思ったみづきだがその反応はその逆だった。
「へ〜…。いいな〜、いかにもって感じで…。ねぇ!やっぱり神主は凄い人なの?今度、
会わせて!」
その通常とは違った反応に片方の頬が引きつるみづきであった。
「あ〜…。あの〜、そ、そうね、今度ね…。」
みづきは神主である自分の義父の事を思い出し、晶子が思っている神主のイメージ像を崩
さないためにも決して会わせてはならないと決めた。
“まぁ、この子を絶対、会わせられない理由があるけどね…。”
義父の性格を思い出し、ふとある人物が頭を過ぎった。
“似てるかも…。”
みづきは光乃の方をちらりと見た。それに気付いた光乃は笑顔で手を振ってかえした。
「私は彼女の友達の火瀬飛鳥って言います。」
妙に間延びする口調でそう言った。
「それで…。」
飛鳥は微笑みながら右手を掲げた。
「火の鳥やってて、こんなの作れます。」
飛鳥はその右手にコブシ大の火球を作り出した。
「どうかしました?」
飛鳥は自分の周りから一瞬にしていなくなった皆に向かってそう言った。
「とりあえずそれしまって…。」
マスターは多少焦り気味の口調でそういった。
「あっ!そうだ。私、バイト探してるんですけど…。」
「だったら、ここで働くといい。なんだったら住み込みで働いてくれてもいいよ。二階に
部屋があるから…。」
「えっ、いいんですか?」
「うん…。早速、明日から働いてね。それで時給は…。」
マスターと飛鳥がバイトの相談を始めた。
「次は私が…。え〜、私は岩波省三と申します。医者をやっていまして、そもそも私が…。」
「はいはい…。先生、思い出話はまた今度ね…。」
マスターがすかさず話を止めた。
「はい…。」
岩波は渋々、話を終えるとサービスセットのコーヒーを飲んだ。
「で、私だが…。私は警視庁捜査一課の警部補の坂口雄介だ。」
懐から警察手帳を出した。
「マスターとは昔からの知り合いでね。まあ、よろしく頼むよ。」
そう手を振りながら言った。
「あたしは林晶子。高校生で〜す。ここでバイトしてま〜す。」
「あの、林さんて…。」
隣に座っているみづきはその自己紹介に対して少々疑問を感じた。坂口は警部補で何かと
お世話になりそうだが、彼女が唯の高校生なら何故わざわざこの場にいるのであろうか。
「そんな他人行儀でどうするのよ。晶子でいいよ、晶子で…。」
「じゃあ…。あの、晶子ちゃんて、その…。」
「さっき言ったように『唯』の高校生だよ。『あたし』はね…。」
そう意味深なセリフを言うと厨房の方に行った。
「そういえば私の自己紹介がまだだったですね。私は当店のマスターの山本秀一です。烏
天狗です。で、他にも今、厨房で働いているのが…。」
厨房から顔を出したのはまさに場違い、“『肥溜め』に鶴”といった言葉がぴったりの黒髪
の絶世の美女であった。
「森下あずみ、かまいたちよ。今はいないけど弟の森下隼人もいるわ。仲良くしてね。」
「も、もちろんです!お姉様!」
直立不動で光乃は何故か敬礼した。
それを見て、くすりと笑うとあずみはまた厨房に戻った。
「最後に君だが…。」
「俺は大神朗。美大に通っている。人狼だ…。」
「ほう、狼男ですか…。」
「違う!人狼だ!」
大神は激しい口調で反論した。
「あ、ああ…。済まない。」
岩波はあまりの大神の勢いに唯そう言うだけだった。
「さてと、自己紹介も終わったし…。そろそろ術を解くかな…。」
「何を解くって?」
光乃が山本に向かいそういった。
「術さ。この店に君達以外に客がいないのって不思議じゃないかい?」
「唯、繁盛していないんじゃないのか?」
時野がからかう。
「術で人を寄せないようにしてるんだよ。このままだと商売に支障をきたすからね。ああ、
そうそう…。藤原骨董品店っていう所に寄ってくといい。記念にみんなにプレゼントを用
意しているから…。」
そう言うと山本は指をぱちりと鳴らした。
「それじゃ、行きますか…。」
メンバーは活気が戻った店の外に出た。

「全く、揃いも揃って個性的な奴らばかりですね…。」
山本は1人、店内に残った坂口のカップにコーヒーを注いだ。
「お前さんを筆頭にな…。ほら、よく言うだろ?“類は友を呼ぶ”ってな。」
「そう言うとあなたも含まれますよ?」
「否定はしないさ、あえてね…。」
坂口はコーヒーを飲み、口の端を歪めた。
「あいつら、きっとお前さんの思惑通りには動いてはくれそうに無いぞ…。」
「思惑って…。何か裏がありそうな言い方しないで下さいよ。でもまあ、確かに彼等は彼
らなりの意思で動く事になるでしょうね。」
山本は彼等が出て行った喫茶店のドアを見つめる。
「まあ、それくらいでなきゃ面白くないですよ…。」
メンバーを見送った後、誰に言うのでもなく山本はそう呟いた。

藤原骨董品店の場所はみづきが知っているので案内するという形に図らずともなったの
だが…。
「本当、世の中一寸先は闇ね…。」
アーケード街、店のシャッターを下ろしている姿を横に見ながら、みづきは歩を進めた。
「また良く分かんないことを…。それより…。」
横に並んで歩いていた飛鳥は後ろをちらりと見た。
「私達って周りからどう見えるんだろ?」
飛鳥が後ろを見ると、大神は自分のバイクを引きながら、岩波は神父が聖書を持つように
大事そうに医学書を抱えながら、時野はなるべく光の無い影の部分を、光乃はきょろきょ
ろしながらそれぞれ歩いていた。
「ね〜、み〜づきちゃん。お〜い!」
後ろからしつこく声がかけられてきているが、みづきはあえて聞こえないふりを決め込ん
でいる。
「ねえ、み〜ちゃん。」
今度は隣の飛鳥が声をかけた。
「何?飛鳥ちゃん…。」
「あの、光乃君が呼んでるよ…。」
「無視よ無視!」
光乃の名が出たとたんみづきの機嫌が悪くなった。
「でも…。」
「いいのよ!だいたいね…。」
「お〜い!通り過ぎてるよ〜。」
後ろを振り返ると数十メートル後ろに老舗と呼ぶに相応しい佇まいが目に入った。
「わ、分かってるわよ!ちょっと、運動をしたの!」
そう訳の分からない言い訳をして戻ってきた。
「うぁ、いかにもって感じの店だな…。」
そうは言いつつ興味心身で光乃は中を覗こうとしていた。
「ふん…。侘び寂びの分からない奴だ…。」
時野が鼻で笑った。
「とりあえず入ろうよ。」
晶子が勢いよくガラス張りの引き戸を開けた。
「ねえ、晶子ちゃんて一緒にいたっけ?」
「さあ…。」
全く持って不思議な少女である。
「ほう、随分と団体様じゃないか…。で、買い取りか?形はこんなだが盗品は買わんぞ…。」
奥から男が出てきてぶっきらぼうにそう言った。店主の藤原と思われるその人物は、山本
と同い年ぐらいの面長で目つきの鋭い、何か重病にでもかかってそうなほど顔色の悪さが
印象的の男だった。
しかし、だからといって不気味かといえばそうでもなく、中々の男前で長く伸ばした髪を
首の後ろ辺りで白い紐で結っていた。
「あの、山鳥の巣のマスターから…。」
おずおずとみづきがそう言った。
「何だよ。そっちの客かよ…。ちょっと待ってな。」
急に男は愛想がよくなると、足早に奥に行きテーブルに置いてある鈴を鳴らした。
「まあ、客なんて来ないだろうけど念のためにな…。」
「今のは?」
何時の間にか藤田の後ろから覗き込んでいた光乃が尋ねた。
「ああ、人払いの鈴っていってね…。鳴らすと数十分は人気がなくなる…。」
「へ〜、便利だけど、壊れてんじゃないの?」
少々、小馬鹿にしたように光乃が言った。
「ん?何故だ?」
「だって…。」
そう言うと仏像とにらめっこしている晶子を指さした。
「ああ、あの子は特別…。気にするな…。で、話の続きだが…。」
そう言うと男はさらに奥から大きな鏡のような物を持ち出してきた。
「さてと、どんなのがお望みだい?まあ、大した物はやれないがね…。」
「ちょ、ちょっと待って…。話が見えないんですけど…。」
みづきが困惑していると、藤原は困ったような顔をした。
「秀一から聞いてないのか?ここは妖具っていう物を取引きする所なんだぜ。」
藤田が鏡に手を触れると、鏡に色々な物が映し出された。
「で、その妖具ってのは?」
ぶっきらぼうに大神が尋ねる。
「簡単に言うと妖力や妖術というエネルギーを具現化した物だな…。」
「ほう、そりゃすげ〜な…。」
光乃は話よりも鏡に映っている物の方が気になるらしく生返事を返した。
「分かったらさっさと選びな…。」
他のメンバーがその鏡に映る物を見ている中、時野だけは店に置いてある骨董品の刀を見
ていた。
「おい、兄ちゃん。そこにあんのは唯の鈍ら刀でお前さんが使うにはちょっと役不足だぜ。」
「やっぱりな…。」
時野は藤原の側に来ると担いでいた筒状の製図用紙入れケースを下ろした。
「前から気になってたんだけどさ。その中、何が入っているんだ?」
今まで鏡に引っ付いていた光乃はまたもや何時の間にか2人の側によって来ていた。
「これだよ…。」
時野はそこから一振りの刀を取り出した。
「それって、銃刀法違反じゃん。」
時野は何か言おうとしたが、光乃は既に鏡の方に行ってしまっていたので、あえて無視し
て藤原にその刀を見せた。
「ほう、いい刀だな…。」
「ええ、銘は忘れましたが…。」
「だが、これでも役不足だろ?」
「ええ、本気で打ち込むと折れてしまうんですよ。」
「そうなるとお前さんの望みは唯の刀以上の物、つまりは妖刀の類って訳か…。」
「ええ…。そのような物ありますか?」
しばらく藤原は考え込んでいた。
「お前さんの求めるような物はない。唯…。」
正確にはあてはあるがそれを話すわけにもいかず、そう言うと奥から古ぼけた刀を持って
きた。
「多少扱いにくいが、それでもいいというのなら…。」
「その刀が?」
身を乗り出す時野に向かって藤原は不敵な笑みを浮かべた。
「いや、違う。もっともお前さんが望んでも、『彼女』に気に入ってもらえるかどうか…。」
藤原が刀を鞘から抜くとその刀身が光り、巫女装束を纏った身の丈15cmほどの美女が
現れた。
「これは…。」
「よく言う戦女神さ。彼女は…。まあ、曰く付きでね。今はこんな状態なのさ。」
時野は藤原の説明を食い入るように聞いている。
「古今東西、戦女神というのは宿主に莫大な力を与えると同時に、宿主を戦へと誘う。そ
うする事で宿主を比類なき戦士に仕立て上げる…。同時に戦女神は勇敢な戦士の魂を収集
するという性質を持つ…。つまり究極的には自分で育てた戦士を最後には殺してその魂を
収集する訳だ…。」
そんな説明をしているうちに彼女は非常にゆっくりと時野の刀に移っていった。
「どうやら気に入られたらしいな。さて、拒むんなら今のうちだぜ。」
「戦か…。望むところだ。でも、そう簡単には魂はやれませんけどね。」
そう言い終わる頃にはもう完全に戦女神は時野の刀に移っていた。
“これからよろしくな、宿主よ。”
時野の頭の中に直接彼女の声が響いた。
「なあ、名前はなんていうんだ?」
名か…。久しく口にしていない所為か忘れてしまった…。
「そうか…。それじゃ、俺が付けてやるよ。そうだな…。影楼(かげろう)なんてどうだ?」
影楼か…。いい名だ。改めてよろしくな。宿主よ。
「さて、今度はお前さん達の番だが…。」
その様子を見て満足げな表情の藤原が大鏡とにらめっこしている残りのメンバーの方を向
いた。
「なあ、これ見ても良く分かんないから説明してくれない?」
光乃はお手上げと言うポーズをしてそう言った。
「そうだな…。今ある中で役立ちそうな物は…。幸福の石、天馬、うお座のイヤリング、
真実の書、感知眼だろうな…。」
「どんな効果があるんです?」
飛鳥が口を開く。
「幸福の石は名前の通り持っていると運がよくなる。」
「おっ!それいいじゃん!」
光乃が飛びつく…。
「但し、何故か周りの者の運が悪くなる。」
「おい…。」
おかしな格好のまま光乃は藤田を睨んだ。
「次は天馬だがこれは靴なんだが…。呪を唱えると周囲より時の流れが速く感じられる。
つまり周りより早く動ける訳だ。その代わり、かなり疲れるがね…。」
「そんなのばっかりかよ。」
「次にうお座のイヤリングだが、これは別の妖具を作ろうとした時に偶々出来た物で、こ
れを付けて呪を唱えると分裂できる。」
ちゃちゃをいれる光乃を無視して藤原はそう続けた。
「分裂?」
素っ頓狂な声を出し大げさに光乃が驚く。
「ああ、この妖具を使っている者の中では最大で3人に分裂できる物がある。」
「で、これは?」
大神がそう聞いた。
「それが分からん。」
「どういう事だよ!」
光乃があからさまに不満を漏らした。
「最初から説明するとな、妖具というのは妖力や妖術のエネルギーを具現化したものだと
説明したが、それだけだと不安定なんだよ。で、それを安定させるためには持ち主となる
妖怪の妖力が必要で一度、持ち主が決まった妖具は持ち主の妖力にしか反応しないように
出来ている…。つまり、使ってみなければ分からないって訳だ…。」
「ふ〜ん…。結構、融通が利かないんだ〜。」
メンバーは相談した結果、光乃が幸福の石、みづきが真実の書をもらった。
「さっき、妖具はエネルギーが具現化したものだといったよな。」
そう大神が聞いた。
「ああ…。そうだが…。」
「なら形って言うのは変えられるのか?」
「まあ、可能ではあるが…。」
「だったら…。」
残りの3人は大神が天馬の能力を持つアンクレット、岩波がうお座のイヤリングの機能を
持つタイピン、飛鳥が感知眼の機能を持つカラーコンタクトにした。
曰く…、
大神は「靴だとちょっとな…。」
岩波は「私がイヤリングを付けると…。犯罪ですね〜。」
飛鳥は「え〜、眼鏡なんてダサい。」
だそうである。
「また何かあったら来るといい…。」
藤原の声を後ろにメンバーは店を出た。
「ねえ、これからさ、ここに行かない?」
晶子の手には“La・Moo”と書かれた・・・・いかにもといった感じの雑誌があった。
「何、それ…。」
飛鳥は晶子の雑誌を手に取った。
「あたしの愛読書。これでもあたし、学校ではミス研の部長やってんだ。」
「ああ、そう…。」
みづきはやっぱりと思いつつも軽い目眩を感じた。
「で、行くって何処に?」
晶子は飛鳥が読んでいる雑誌の特集のページを開いた。
「学校の七不思議特集…。」
飛鳥はそのページの見出しを読んだ。
「そうなの。で、この近くに超有名な学校があるの。ここなんだけど…。」
晶子が指差した場所はここから車で十数分の所だった。
「ねえ、晶子ちゃん。その雑誌、私に貸してくれない?」
飛鳥は興味深そうに雑誌をめくりながらそう言った。
「いいですよ!なんならバックナンバーも貸しますよ。」
「また、今度ね。」
雑誌に目を落としながら飛鳥はそう答えた。
「悪いが俺はパス…。そろそろ家に帰らないと…。夕飯、作ってあるだろうし…。」
そう大神がいうとバイクにまたがった。
「そうですね。今日のところはとりあえず解散としましょう。」
「え〜!」
ぶーたれている晶子を岩波が何とか説得して皆、家路についた。

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