冬の贈り物

2.それぞれのコンタクト(接触)

『……こんにちは、薬王寺さん』
「久遠寺遥歌さん、どうされましたか?」
 変わって武蔵蓮沼支部の支部長室にて――
 薬王寺は央樹の電話を切った後、すぐに別の電話にでていた。かけてきた相手は久遠寺遥歌“風邪気味”である。
『白金戦“ヘブンズソード(天剣絶刀)”』
 つい今しがた、そのことで央樹と会話をしていた薬王寺は、そのタイミングの良さに少しだけ驚くが、そんな揺らぎはおくびにも出さず大人びた声で答えた。
「はい。現在、武蔵蓮沼市に入っている、大変危険なFHエージェントです」
『キュマイラ×ハヌマーンの純然たる戦闘系、対峙したUGNエージェントの生還率はほぼ0……資料で見る分には≪一閃≫で間合いを一気につめて、≪獅子奮迅≫で多数の敵を巻き込み破壊。防具を残し多大なダメージを与えているところから≪浸透撃≫もつかえるようですね』
 白金戦の発症シンドロームは、情報として特定はされていない。それは生還者がゼロだからである。もちろん電話先の遥歌だって、そんなことを明確な情報としては知らない。ただ先ほどUGNから手に入れた白金戦の痕跡データを前に、自らが予測したことを立て板に水の如くすらすらとしゃべっているだけだ。
「…………」
 明らかに挑発されている。
 そんな口調が薬王寺の対抗心に火をつけた。UGチルドレンの中の才媛であり、それゆえ支部長の席を任されている彼女も、まだまだ若干14歳の少女なのだ、挑発だとわかっていてものりかかってしまう。
 目を閉じて、深呼吸。今遥歌が手にしているデータなど、とうの昔に頭に入っているのだから、自分だってそこからしっかりと導き出せる。
「……遥歌さんもご存知だったんですね」
 さらりと流し返せば受話器の向こうで、苦笑とも喝采ともつかない笑いがかすかにした。
『今、彼の抹殺のミッションが立ち上がっているとか?』
「ええ、そうですね。研究所の方でもなにかありましたか?」
 遥歌が動くとしたらそんなところだろう、そろそろ本題に入りたいと感じた薬王寺は、ざっくりと具体的に切り込んでみた。
『実はですね……』
 やっとのことで、遥歌から現在大流行のインフルエンザウイルスとFHの関連について調査をしている、という話を引き出す事が出来た。
『まだ、FHとのつながりの裏は取れていませんが。今回の新型インフルエンザ・ウイルスを発見したとある人物は、3年前のウイルス発見のしばらく後、忽然と姿を消しているんですよ、学会の表舞台から』
 その人物の名は“由布達夫”。
 遥歌の学会関連のコネから辿ってようやく見つけ出したその人物は、他になんの功績も残しておらず、今回のことがなければ触れられることもなかったはずの、それほどに地味な存在であった。実際、表舞台から姿を消していても、何の騒ぎにもなっていない、他人との付き合いも薄い人間であったようだ。
『この消え方“いかにもFHにヘッドハンティングされました”そんな感じがしませんか?』
「まだ、裏は取られてないのですね。遥歌さんの方でも」
 謎かけのような話し方に隠された裏の意味をにべもなく表にさらした薬王寺に対し、電話の向こうで遥歌は肩をすくめた。
『そうですね。とりあえずほぼ同時期に起こっている“白金戦”と“インフルエンザの大流行”。これらがリンクした時のことを考えて、“白金戦”の抹殺で動いているエージェントの方のお名前をお伺いしてよろしいでしょうか?』
 今回の電話の主旨はこれだった。
 もしFHエージェントとの戦闘が生じた場合、支援型である遥歌の能力では対抗するのは難しい。だから生き残るために、人として還るために、遥歌は最良の手段を講じようとする。
「遥歌さんも良くご存知の方です。天羽央樹さん。あとはイリーガルとしてご協力頂いているのが、坂ノ上さんと探偵の橘さんです」
 それらの名は、遥歌が知る限りで戦闘力に秀でることでは5本の指に入る面々であった。
『ありがとうございます。それでは……』
 と、切れかける電話に、薬王寺はそっといたわるようにつけたした。
「あ、遥歌さん。風邪はひき始めが肝心ですよ。無理は禁物です」
 いつもと比べてかすかに掠れるアルトの声から、彼女は遥歌の体調を最初から察知していたのだ。終わりの挨拶はこう言おうとも決めていた。
『…………お気遣い、ありがとうございます』
 僅かな沈黙の後、珍しく素直な色の声で遥歌の電話は終わった。
 しかし、そんな薬王寺支部長の気遣いも、無駄であった。寒空の下の風に吹かれながら電話をかけていたことで、遥歌の症状は確実に悪化していたのだ。
 ――現在の久遠寺遥歌の症状:悪寒、喉の痛み。

「ううーん、やっぱりいないやぁー」
 うろうろ、うろうろうろ……。
 制服姿で両手には買い物袋をぶら下げながら、京華はあてどなく繁華街を彷徨っていた。探す相手は“黒髪を立てた派手なおじさん”……30代前半は、17である彼女にとっては立派におじさんであろう。若気取りの本人が聞けばなんと言うかはさておいて。
 マスク姿の人ごみの中、もう3時間ほど歩き回っているが、彼女の頑強な肉体は、一向にウイルスの洗礼を受ける様子もない。
 もちろん彼女の名誉のために言えば、最初からただ闇雲に歩き回っていたわけではない。なじみの情報屋に顔を出し、ちゃんと“白金戦”について調べてみたのだ。
 が。
“ま、またアンタかぁ。か、勘弁してくれよぉ〜、仲間内も風邪ひきが多くて、大変なんだよぉぉ!!”
 と。
 情報屋の男は、以前、京華に関わった際によほど怖い目にあい、これ以上は接触したくないのか、それとも本当に情報がないのか、たいした話が聞けなかったのだ。台詞と雰囲気からすればどう考えても前者であるが、京華は後者だと信じている。
「そろそろ、ご飯の準備しないといけないしなぁ。今日は帰ろっかなぁ」
 結局はあてどなく3時間歩いたわけで、いい加減徒労を感じた彼女は、目的地を自宅マンションへと設定し歩き出した。

 自宅と近接している探偵事務所の前では、UGNから派遣された黒尽くめのエージェントが立っていた。電話がつながらない京華への依頼で、とうとう直接出向いてきたのであろう。
 この寒空の下、何時間待っていたのか。彼の手袋の下の指先はすっかりかじかんでいたが、ハードボイルドっぽい彼はそんなことはおくびにも出さず、ただ一言、今回の依頼についての話をつげて去っていった。
「お茶いれるのに……」
 そんな京華の気遣いを背に……。
 ――現在の名も知らぬUGNエージェントの症状:発熱、鼻水、咳。


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