冬の贈り物

2.それぞれのコンタクト(接触)

「やっぱり、情報が足りないな」
 昼休み。
 教室でひとりで済ませた昼食の後、裏庭の木陰という人目のつかない場所で、天羽央樹は力なくため息をついた。
 “白金戦の抹殺”――先ほど受けた指令をまっとうするために、さっそく央樹は不得手ながらも自分がアクセスできる限りの情報端末から情報収集をはじめた。それはもちろんUGNからのものであるが……手元に来た情報は短時間で調べたこともあり、直接、動きにつなげられる代物ではなかった。
 それでももう一度、確認するように資料に目を走らせてみる。
 ……白金戦、コードネームは“ヘブンズソード(天剣絶刀)”。
 ……高い戦闘力と、周りの被害を気にせず破壊しつくす戦闘スタイルで、各地のUGNに大打撃を与えている。
 ……最近、武蔵蓮沼市でその存在が認められたが、何を目的で入ったのかは、不明。
「これ以上は、誰かに頼んだ方が効率いいかも」
 そう呟くのと同タイミングで、目の前をお弁当箱を手にした女生徒の集団が通りすがる。央樹が腕時計を見れば予鈴まであと5分、つまり5時間目開始まであと10分というところに来ていた。
 情報収集を得意としている人間の顔は、武蔵蓮沼高校の生徒の中でもざっと5名は思い浮かぶ。手始めはクラスメートでありUGNの研究職員の久遠寺遥歌だろうか。双子の妹の叶歌の方が情報を扱うことに関しては得意であると知ってもいるが、今日は学校を休んでいたはずだし……。
「遥歌さん……今日はいたかな?」
 央樹は先ほどの教室風景を思い出してみる。確か、1時間目と2時間目はいたはずだけど……4時間目はどうだっただろう? 体が弱いのか仮病なのか、それともはたまた仕事なのか、遥歌は大丈夫かというぐらいに授業を抜けて保健室に行くことが多いのだ。
 まぁ、戻ればわかるよね。
 ここで思案する時間ももったいない、5時間目はもうすぐだ。彼は足早に昇降口に向かった。

「………………ふうん」
 そして、そんな央樹の動きの一部始終を、ちゃっかりと木の上で見ていた瑠璃であった。

 同時刻――
 央樹が接触を図ろうとしていた遥歌であるが……3時間目が始まる前に早退し研究所に行ったので当然教室にはいない。そして今どこにいるかというと……。
「ありがとうございます。お忙しい中、参考になりました」
 市内有数の総合病院の大徳総合病院にて、医師に対して慇懃な礼をしているところであった。
「いえいえ。とにかく患者さんが溢れ返っている状態でして。猫の手も借りたい状況ですよ。久遠寺さんは医師免許はお持ちでないんですよね?」
「僕は研究者であって、医者ではありませんから」
 それ以前に遥歌は17歳だ――本気で忙しくて、見境すらなくなっているらしい。
インフルエンザウイルスについての情報を収集であるが、その殆どは“とにかく患者が多くて忙しい”との愚痴ばかりであった。これでは遥歌でなくても慇懃になろうというものだ。一応、ここはUGNの息のかかった病院ではあるので、このウイルスがレネゲイトを活性化するなどの怪しい能力を持っていないか、との確認もしたが、どうやらそういうことはないらしい。患者が“急に覚醒した”“ジャーム化した”という話はまったくないようだ。
 午後の診察が始まる時刻が近いのか、待ちの患者も増えてきて咳とくしゃみと鼻を啜る音が耳につくようになってきたし、これ以上ここにいても得ることはないだろうと判断した遥歌は、この病院を後にすることにした。
「ふう、まったくの無駄足でしたねぇ。これは別方面から情報を集めた方がいいかも」
 そんな彼の足の向く先はUGNの武蔵蓮沼支部。最近、UGNの上層部でも騒がれているFHのエージェントについて、近辺のデータを洗ってみようと判断したのだ。
 歩きながら風に吹かれて、身震い。
「ぅう、寒い。コート、分厚いのにした方がよかったかな」
 風が止んでも止まらない寒気を払おうと、遥歌は自動販売機で温かい紅茶を買う。が、そんなもので治るものではない。先ほどの病院は、インフルエンザウイルスの温床であった。情報が得られないと判断したのならば、もっと早くそこを出るべきであったのだ。
 が。
 もはや手遅れである。
 ――現在の久遠寺遥歌の症状:悪寒。

 自販機のそば、悪寒で身を縮める久遠寺遥歌のそばを軽やかな足取りで通り過ぎるひとりの人妻、あり。
「正人さん、似合うって言ってくれるかなぁ」
 橘京華。
 思い切り良くベリーショートに切りそろえられた髪型を、たびたびショウウィンドウで確認し、くすぐったそうに笑う、その仕草は可愛らしくてまるで恋する乙女だ。
 ――普段の戦闘時にみせる、イッてしまった姿なんて、想像もつかないぐらいに。
 とにかくまったくイメージが変わってしまっているのと、元々周りに誰がいようが無頓着な遥歌と、うきうき気分でうわだった京華が至近距離ですれ違ったところで、お互いに気づけるはずもないのだ。
 まぁ、この時点で気づいたところで、短く挨拶を交わして別れるのが関の山だが。
「今日のご飯、麻婆豆腐にしよっと。ニンニクとショウガをきかせて、あとナスも入れようかな」
 それでは麻婆茄子だか、麻婆豆腐だかわからない。
 そんなツッコミが入ることもなく、京華は目に付いたスーパーに入っていった。

 ――橘京華の鞄の中では、携帯電話が着信アリと一所懸命に訴えていた、が、未だに薬王寺支部長の依頼メッセージは、彼女の耳には届いていないのである。
 ちなみに人ごみを闊歩し、なおかつ先ほどの美容院では担当美容師が咳をしていたが、彼女はウイルスに取りつかれるタマではなかったことも、付け加えておこう。

「で、どんなことが知りたいの?」
 午後1時、喫茶UGNにて。
 ほお杖で目線を小柄な少年に合わせ、瑠璃は目の前の央樹に話し掛けた。瑠璃の前にはチョコレートパフェ、央樹の前にはカフェオレが鎮座している。
「学校、サボるつもりなかったのに……」
 ううぅ、と少し困ったように唸りながら、央樹はカフェオレの作る暖かな匂いに誘われるようにカップに口をつけた。
「だって、急ぎだって言うから」
 すまし顔でチョコレートパフェをつつきながら、瑠璃はしれっと答えてみせた。
 あの後、央樹は当然のごとく遥歌には会えず、次に手近で情報に詳しいということで浮かんだのは瑠璃のことであった。
 予鈴が鳴り響く中、瑠璃の教室に行けば丁度戻ってきた彼女と会うことができた。そこで仕事の協力のお願いをすれば、かえってきたのは「急ぎかしら?」という問いかけで、それに「はい」と答えた央樹は、気がつけば喫茶UGNにいた。
「確かに急ぎは急ぎなので、ええとですね……」
 央樹は自分が指示された仕事の内容と、自分が知りえた“白金戦”の情報を瑠璃に話した。
「ああ、あのチンピラバカね。わたしの倍の年してるくせに、髪をおっ立ててる恥ずかしいヤツ」
 “白金戦”の外見と年齢について、さらりと瑠璃は言及した。すでに情報屋から彼のデータは入手済みである。もちろん“V.M.”についても、例えば彼の本名であるとか、どの辺りに所属しているかなど……それなりのものを手にしてはいるが、ここではあえて言わない。まだつながりがはっきりしていないからだ。
「年齢は30代前半で髪を立てた外見、ですか?」
 いつもながら瑠璃の耳の早さには素直に感心してしまう央樹である。
「で、結希ちゃんから仕事の依頼が飛んでるのは、誰と誰?」
 結希ちゃん――薬王寺支部長のことである。UGNの有能なる支部長も、瑠璃からすれば年下の女の子に過ぎない。
「あ、確認してません。した方がいいですよね」
「情報の共有化は、みんな一緒の方が面倒がなくていいんじゃない?」
「そうですよね、わかりました。ちょっと待ってくださいね」
 央樹は携帯電話で薬王寺支部長につないだ。確認したところ、武蔵蓮沼高校のイリーガル、坂ノ上光と橘京華が今回の件では事件にあたるメンバーとして選ばれているらしい。
『坂ノ上さんにはお願いできているのですが、橘さんが未だつかまらなくて……天羽さんから連絡を取って頂いてもよろしいですか?』
 はきはきとした同じ年の上司の声を耳に受け、央樹は頷きながらやはりはきはきとした声で返した。
「わかりました。ボクから橘さんに連絡を取ります」
『よろしくお願いします。あ、すみません、別の電話が入ってしまったので……』
「はい、お忙しいところ、すみませんでした」
 央樹の挨拶を聞き終わったところで、支部長の電話は切れた。電話がそばで鳴っているのだろうに、律儀な少女だ。央樹も電話を切ると目の前の瑠璃に目を向け、びくっと身をひきつらせる。
「あ、ぁ、さ、坂ノ上、さん?」
 瑠璃の隣には今しがた支部長との会話に上っていた、坂ノ上光がぬぼっと突っ立っていたからだ。声をかけられて、彼は無言で頭を下げる。ちなみに手には“減農薬野菜の自然派サンドウィッチ”が、ある。もちろんアークライト教団の教義に従ったメニュー選択だ。
「あら、偶然ね。ひかりちゃんもサボり?」
 店に入店した時点で彼の存在に気づいていた瑠璃は、動じることもなくチョコレートパフェのウエハースをパリパリとおいしそうにかじる。
「食事です」
 椅子を勧められもしないのに、央樹の隣に腰掛けると光は黙々とサンドウィッチを片付け始めた。マイペースな2人である。
「あとは京華ちゃんね」
「えと……はい、連絡します」
 毒気を抜かれた央樹が再び携帯電話を取り出すと、今度は橘京華の番号を呼び出した。
『はい、橘ですっ』
 9コールして、央樹が諦めて切ろうとしたらつながった。通話口から零れるのは元気すぎるぐらいの京華の声だ。
「あ、あの橘さんでしょうか……天羽です」
『あ、あー、えーと、もしかしてお電話くれました? なんか着信があったみたい……あああ、卵割れちゃうううっっ』
「あ、橘さん?! 大丈夫ですか?」
 どさどさどささささささっっ!!
 ならかが落ちる音と京華の悲鳴が響く。央樹は心配げに声をかけた。
『……よかったぁー、卵割れてないやー。て、あ……うん、ごめんなさい、聞いてるよ』
 信憑性のないことこの上ないが、これ以上どうしようもないわけで。央樹はあきらめて薬王寺支部長から伝わるはずだった依頼内容を彼女につげた。
『うんっ、わかりましたー。えーと、わたしも街中捜してみますね。その派手に髪たてた人っ』
 そんな景気の良い返事とともに、電話が切れかける。
 央樹の脳内には、普段の京華の“がさつ”な調査スタイルが頭に浮かんだ。嫌な予感がする。まかりまちがって見つけてしまったら、突っ込んでいってしまいそうだ。いや、そんな行動パターンしか想定できない。
「あ、あの、橘さんも探偵ですからお分かりのこととは思いますけど、くれぐれも目立たないように調査してくださいね」
 念を押すことでなんとかなるかどうかは怪しいが、言わないよりは気休めになる。終わりかけた電話に取り縋るように、央樹は早口で言葉をついだ。
『りょーかいでっす。じゃあ、なにかわかったら天羽君に連絡するね』
 ぷつ。
 今度こそ電話は切れた。
 ほう……とため息をついて央樹は椅子に座る。京華との電話で身を乗り出すあまり、自然と立ち上がっていたらしい。
「京華ちゃんはここにはこないのね」
 央樹の目の前では瑠璃が優雅に紅茶を啜っていた。チョコレートパフェは綺麗に空になっている。
「はい。あのそれで“白金戦”について、他にわかってることって、ありますか?」
 すっかり冷めてまったカフェオレを口に、央樹は瑠璃と光を交互に見る。
「FHの関係者らしい」
 重々しく口を開く光。
「それ以外ではなにかありますか?」
「………………」
 黙りこくりながら、光はホットミルクを啜る。もちろん低温殺菌牛乳で、本来のうまみが生きている逸品だ。
 央樹もはじめから光と京華には情報収集という働きは期待していないので、そのまま瑠璃に視線を移す。
「如奈さんは?」
「FHの上層部もたいしたことないみたいね。あんなのを使ってるぐらいだから」
「白金は上層部付きのエージェントなんですね」
 だとすれば相当の戦闘能力を有しているはずだ。光と京華という武蔵蓮沼高校のイリーガルの中でも高い戦闘能力を誇る2人を揃えてきた辺り、UGNも相当警戒しているのだろう、と、央樹は今一度気を引き締めて当たろうと決意した。
 その後、なにかあれば互いに連絡を取り合うなど、打ち合わせを済ませ、この場は解散となる流れになった、が。
「あ、アップルパイ追加」
 瑠璃が椅子に腰掛けたままで、いけしゃあしゃあと追加してしまったので、ここの支払いは持とうと決めていた央樹は再び腰掛た。律儀な14歳、少年である。


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