鏡の少年

Ending

 UGNに連絡を入れたところで、体のあちこちに傷を作った宮城君が降りてきた。どうやら“ツイン・ランサー”は無事に撃退したらしい。振り返るでもなく、近づく足音を聞く。
「こっちは片付いたぜ。あのおっさんも病院に運ばれた……で、これは……」
「任務は、終了しました。まもなくUGNの処理班が到着するので、後のことはまかせていただいて結構です」
「いや、そうじゃなくて……」
 言いかけた言葉は、ため息に取って代わられた。だって他に、ボクの言うことなんてない。訪れた数秒間の静寂。
 やがて。
 肩をすくめた宮城君が部屋を出るのとすれ違いに、UGNの処理班が到着した。

 カチ、コチ、カチ、コチ。
 一緒にいたのはたった1日だけだったのに、一人の部屋はやけに広く感じる。やけに静かに感じる。気にしたこともなかった時計の音が、大きく響いて。
 ベッドの傍ら。昨日と同じ位置で。昨日と同じように毛布にくるまって。ずっと膝を抱えていた。

 片付けてしまったけれど、昨日はテーブルに二人分の食器が並んでいた。
 昨日は二人でここに並んで座っていた。
 昨日は二人でたくさんの話をした。
 昨日は、昨日は……。

 時間が戻るなんてありえないのに。それでも巡るぼんやりとした思考を、携帯の着信音がさえぎった。気がつくと外から光が差し込んでいる。いつのまにか、朝だったんだ。
 発信元はUGN。緩慢な動作で通話スイッチを押す。
「……はい」
『天羽君ですか? 今日、これから時間はよろしいでしょうか』
 はきはきとした支部長の声。昨日の任務の事だろうか。FHのエージェントを倒し、データの流出を防ぎはしたけれど、任務は成功とは言いがたかったから。でも、それにしては声に追求の色がない。むしろ、明るさを押し殺しているような。
 いずれにせよ、ボクに断る権利はない。携帯をポケットに押し込んで、指示された場所へ向かう。
 指定されたのは、UGNの建物でも研究所でもなく、駅近くの公園だった。そんなところへ呼び出されるのは初めてだ。意図がつかめず首をかしげる。
 急ぎ足で向かって、10分ほど。公園の入り口近くの木の下に立つ少女を認めた。ボクと変わらない歳でありながら、その頭脳を持って支部長を務める人だ。
 その隣に、もうひとつ人影。

(え?)

「昨日はご苦労様でした。わざわざ出てきてもらってすみません」
「いえ……。任務を完遂できなくて、申し訳ありませんでした」
 そんなことを言うために呼び出したわけではないだろうに。戸惑いつつも口に出せば、また湧き上がる悔悟の念。胸におもりが乗ったようで、目を伏せる。
おかまいなしに降ってくる、抑えてはいるけどどこか明るい声。
「いいえ、おかげで貴重なデータの流出を防ぐ事が出来ました。さっそく新たな成果も上がっているんですよ」
「新たな成果?」
「で、今日呼び出した理由なんですが。実は、彼は非常に稀有なオーヴァードでして、UGNで保護することになりました」
 強引に話をそらされた。でも、それを気にかける余裕なんてなくなる。笑いを必死にこらえる顔。楽しげに語る、その隣に立つのは。
「そこで、彼の保護をあなたにお願いしたいと思います」
 まさか断ったりしませんよね? 目がそう問いかけている。言葉が、出ない。

 木陰から少年が一歩前に踏み出した。陽の下に、透けるような明るい色の髪が現れる。穏やかな顔に、はにかんだ笑みを浮かべて。

「……甲月シュージです、よろしく!」
「っ……!」
 あふれる涙をぬぐいもせずに、ボクはシュージ君を抱きしめた。

END


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