真冬の人魚姫

[Climax 2/Player 久遠寺叶歌/200X.01.20]

 あの紺黒の海のように、今日の空気は冷たくて。
 そしてまた――天で固められた雪という名の雨が降る。

 ……嘘つき、お兄様の嘘つき。
 どうしてそうやってすぐに、わたしをおいていこうとするのですか?
 小さな頃、大切なお友達が黙って引っ越してしまって泣いていたわたしに“僕は叶歌をおいていったりしない、ずっと一緒にいる”って頭を撫でてくれたくせに。 
 ――そう、約束してくれたくせに。

 10年前、2人で冬の海に投げ出された時もひとり冷たい海の底に堕ちて、今回もまた1人で還れない場所へといこうとする……。

 こんな状況じゃなければ、たったいま本当に嬉しいことがあったのに。
 お兄様――
 歌しか憶えていないと嘆いていたあなたは、新しい記憶をひとつ、思い出してくれたんです……まだあなた自身は、気づいていないと思うけれど。
 人魚姫の絵本を2人で読んだ時……哀しいお話だって、人魚姫が可哀想だって怒って、いつまでもお兄様は泣いていらっしゃったことがあったんです。

 お兄様。
 あの日も雪が降っていた、だからあなたが戻ってくるまでずっと、雪は大嫌いだった。
 今日も雪が降っている……またわたしを雪が嫌いにさせるのですか。そんなのは絶対、認めませんから。還るんです、お兄様と、わたしと……もう1人のお兄様の3人で。

「……ジェネシフト」
 お兄様はぽつりと、そう呟いた。
 その瞬間、お兄様の髪が下から風を受けたようになびきたち、すぐ落ちる。開かれた瞳はルビーの赤から血の紅へと色を変えた。一体、この人は何処までをレネゲイト・ウイルスに明け渡してしまったのだろうか――
 ざわざわと、わたしの心が呼応するように怖気たった。それは不快というよりは、刹那さとやるせなさと、自分の無力さがない交ぜになった、そんな居たたまれない、感触。
 お兄様のジェネシフトを止めたかった、だけど止められなかった。
 生き残るための選択だとそれはわかるけれど、けど……不安は、この胸を焦がす不安は、なんだろう? 本当にこのやり方が、全てが生きて還れる正しい方法なのだろうか?

 人魚姫は、王子様の命を助けるため、犠牲となって――最後は海の泡に。
 人魚姫のお話で泣いたのはあなた、けれども今はわたしが泣きたいぐらいに、心が揺れている。
 だって。
 例えわたしと黒いセーターのお兄様が無事だとしても、あなたが海の泡になってしまったら、何の意味もないんですよ、お兄様!

 唇をかんで、前を見据える。黒いセーターのお兄様と“ファナティック・アルケミスト”が並んで佇んでいる。そしてそばには4人の女……複製体。
「準備が出来たみたいだし、始めるとしましょ。ねぇ、遥歌、あれは壊すわよ?」
“ファナティック・アルケミスト”が指差す先には、お兄様とその従者がいる。
「いいよ、僕が欲しいのは叶歌、だけだしね」
 対し、傲慢に顎をあげ黒セーターのお兄様が答える。そこまでの心の歪みを目の当たりにして、わたしはぎゅっと制服の腕をつかみ、その屈辱を呼ぶ顔を睨み据えた。
「ふふふふふ、じゃあお言葉に甘えて、手加減ナシでいくわね――といっても、動くのはあの子達と遥歌だけどねぇ」
 髪を下ろした狂気の錬金術師の女は、そう両手を前にかざす。そこからは禍々しい紫色の霧が立ち上り、黒セーターのお兄様と4人の女の複製体に塗りこまれていった。紫の薬液を含んだ彼らは、鼻息を荒く、瞳には爛々とした輝きが灯る。ソラリスの能力には詳しくないけれど、他人の能力を無理やり強化するものをばら撒いたと想像はつく。
「“狂戦士”“熱狂”“ポイズンフォッグ”……なんて贅沢なお話でしょう」
 対するお兄様は、今ファナティック・アルケミストが使用したであろう能力を、冷静と分析し歌のように口ずさむ。
そこにはもう――恐れはない。あるのは多分、同じだけの覚悟と力。
「何人に、耐えられるかしらねぇ」
 ひらひらとふざけて手を振る女の周りで、同じ顔同じ姿をしていた女たちが、それぞれに、個性という名の能力を発現し始める。
 ひとりは長い髪が膨れたかと思うと髪留めを弾き飛ばした。いましめを失った髪は生き物のようにうごめいている。
 ひとりはその腕を振りかざすと、一瞬の内にうろこが生じにごった緑の獣の形へと変化をさせる。
 ひとりはぼんやりとした淡い光を身に纏い、軽く空中に浮くと一歩下がり待機した。
 そして最後のひとりは――
 ざっ。
 目視できない速さで一気にこちらまで間合いを詰めると、小刻みに振動させた腕をお兄様の胸元へと突き出してきた。
「お兄様、危ないっ」
――っ」
 お兄様は小指を噛むと、そこから流した血で生き物の群れを呼び……辛うじて止めた。
 ほっと息をつく暇もない。
 ごう、と、風を切って繰り出されるのは緑の獣の豪腕だった。豪腕は白と灰色の小さき獣たちの命の盾を突き破り、紅く爛れた鋭い爪でお兄様の体の肉をこそぎにいく。
「お願いします」
 お兄様の指示で、そばで待機していた従者が巨大な爪の間にわって入る。
 ごそり、と。掠め取られた従者の肉は血に戻り、びしゃりと地面に血痕を描いた。それでもまだなんとか従者は立っている。
「……1体じゃ持ちませんね。さすがに」
 お兄様は隣で息をつくと手首から血を落とす。従者召喚――それは1体目と同じく少年ぐらいの大きさの人型をとる。更に1体目はもう1体の従者を生み、傍らには3人の従者が傅く。
 ブラム=ストーカーは従者により手数を増やすことが出来る、けれどもそれだけウイルスに体は侵食されて行き……限界を超えれば人に戻れなくなってしまう。後に待つのはジャーム化という、血と殺戮と欲望の存在。
 いけない、わたしの出来ることをしなければ。わたしはこのお兄様に言って差し上げたいことがあるのだから……あなたがオリジナルなんです、と。
 絶対、ジャームになんか、させない。
 そうは言っても、わたしが取れる行動といえば、お兄様や従者に素早く動ける術を与えて……結局、ウイルス侵食の手助けをしてしまうだけだ。あとは、先程目の前のお兄様に押しつけられた銃でファナティック・アルケミストを撃つぐらい、けれども生兵法は怪我の元……当たる気がしない。
 自分の行動を迷いあぐねていたら、黒セーターのお兄様が銃を構えお兄様に狙いを定めていた。
「もう“リザレクト”できないよね? 終わりだよ」
「させませんわっ」
 引き金が絞られる前に……わたしは咄嗟に黒セーターのお兄様に向けて自分の能力を放った。しばし後、彼の手からはしっかりと握り締められていたはずの銃が、はじけ飛ぶ。
「ちっ……叶歌ぁ? まだまがい物を庇うのか?」
 本人にダメージは与えていないが、彼はくきくきと手を振って不遜な表情を見せた。
「まがい物なんていませんわ。あなたもこの人も、わたしの大切なお兄様です。銃をお納めくださいまし、わたしはお話し合いをしとうございますの」
 まだ、言えないけれど……あなたが複製体だとしても、わたしはなにも構いません。だからお兄様、目を覚ましてくださいませ。
 そんな思いを込めて黒セーターのお兄様を見つめたが…………。
「まったく、叶歌はやんちゃだね。だけど無駄だよ?」
 ……わたしの気持ちは微塵も伝わらなかったようだ。
 すんなりとした指を伸ばして硬直させると、ぺきぺきと音がしそうな勢いで指を折り曲げていく。そして黒セーターのお兄様が再びに指を開いた時には――先程とは違う形の黒塗りの銃が、手のひらの中に現れた。
「モルフェウス……シンドローム……?」
 ノイマン、ソラリスに続く第3のシンドローム……無から物質を作成するモルフェウス。やはりこの方の方がお兄様の複製体なのだ。
 とうとう調べあてることは出来なかったけれど、FHで作成されたのだろう。
 すぐ隣にいるお兄様をちらりと見たが、銃弾をかわすので精一杯らしく、そんなことに気づく余裕がないようだ。ここでそのことを言って、戦いの流れを止めるべきだろうか?
「くっ………」
 なびく髪を躍らせた女からの攻撃が、お兄様の首元を狙って延びる。これをいつも以上の勢いでたくさんのネズミでかわすお兄様。女の髪はネズミに喰いつかれかじられて、力を失い失速した。それでも巻き込まれた無数のネズミたちは地面に叩きつけられ、ぺきゃぺきゃと頼りない音を立てて骨ごと砕ける。
 迷っている暇はない。続く言葉を考えもせず、声をあげようとして――止める。
 ふいに……わたしの頭の中で、ぐるぐると疑問が渦巻きだしたからだ。

 わたしは、隣のお兄様と、目の前のお兄様との3人で……還っていいのだろか? と。

「ちぇ、仕切りなおしかぁ……いけ」
 黒セーターのお兄様が顎で指し示すと、背後の女が光を背に雷光を放った――あくまで標的はお兄様のみらしい。それを従者に庇わせて、耐えられなかった従者は焦げ臭い匂いと共に血と還る。
「………………」
 ――血なまぐさい背景を目に入れつつも、集中力は謎を読み解く力へと向ける――

 オリジナルのお兄様は『ブラム=ストーカー×ソラリス』の雑種(クロスブリード)。
 その複製体である、黒セーターのお兄様で見られるシンドロームはソラリス、ノイマン、モルフェウスの3種。この内、オリジナルから引き継いでいるのはソラリスのエフェクト、となる。
 ……待って、それだとおかしい。
 オリジナルから引き継いだシンドロームの能力は、ひとつだけのはず。けれど彼は、ソラリスの能力を二つ使っていた。昨日は“群れの召喚”で、わたしたちの前から退場して、今日はわたしに対して“抗いがたき言葉”で、洗脳をした。先程の攻撃でノイマンのエフェクトも重ねて使用していることから、彼は『ノイマン×ソラリス』の雑種で、モルフェウスシンドロームがオリジナルからきていると推測される……?

 ……悩みだした私をよそに、場は留まることなく進んでいく。
「仕方ないわねぇ、あたしは動くつもりはなかったんだけど」
“ファナティック・アルケミスト”は、悠然とした笑みで自らのレネゲイト・ウイルスを高め、囁く。
「遥歌の複製体くん……空虚なあなたに、死よりも恐ろしい恐怖を、あげるわ」
 そうだ、彼女の本体はソラリスシンドロームの発症者で、その幻覚薬から導かれる恐怖には危うく全滅の憂き目を見そうになったのだった。体の痛みはかわすことが出来るけれども、心の痛みは強靭な精神で抵抗するしかない。
「お兄さまぁっっっ!」
 わたしの悲鳴……けれど、お兄様は動かずに目を閉じて佇むままで。
 じれてしまうような――――が訪れる。
「あなたの示す恐怖は、その程度ですか?」
 時間が動き出したのは、そんなお兄様の台詞からだった。片目を隠すように押さえながら、しっかりとした動きの唇は淡々とした音色を奏でた。傍らの2体の従者も鈍いガラスの瞳で、愚かに戸惑う女を見やる。
「く、従者も堕ちないなんて……なんてこと、ありえない……」
“ファナティック・アルケミスト”は悔しげに舌打ちをした。浮かぶのはあからさまな焦りだ。
「その程度では、僕を倒すことなんて、出来ませんよ?」
 それを見下す瞳には無感情が宿る。ウイルスはかの人から人という感情を消していくのか……背筋をぞくりと汗が流れた。
 従者とあわせて3人分、今の攻撃を抵抗しきるには、それ相応の報酬を払ったはず。一刻の猶予もないのだ、もう。
 ――そう、考えて、考えろ、久遠寺叶歌。
 じっくりとゆっくりと、けれど時間はないので速やかに。そんな相反する命題でわたしは、先程の不透明な違和の意味を探る。
 そして、この場で考え込む存在が、意外なことに、もう1人。
「……………………」
「……どうした?」
 狂気の錬金術師の二つ名を持つ女は、傍らの黒セーターのお兄様の呼びかけに反応もせず、顎に手をあてて悩む仕草を露わにしている。
「……これは……どの……記憶……なのかしら…………」
 ぽつりと零れ落ちたのはそんな台詞。
多分、拾えたのはわたしの耳ぐらいだろう。お兄様は、再度振り下ろされた輝く雷光を凌ぐのに手一杯だし、黒セーターのお兄様もまた、他の女たちの指示でそれでころではないらしい。
 ……ただその言葉はわたしに不吉な予感を与える。
「まぁ……いいわ。遥歌、あたしの仕事はこれで終わり、でいいかしら、いいわよねぇ」
 了承を得る前に、“ファナティック・アルケミスト”の周りには、無数の黒に紫の斑点の蝶が群がりだしている。戸惑い顔を黒紫のモザイクで隠す様は、まるで彼女自身が崩れ朽ち果てているように見えた。
「“群れの召喚”?……逃がしませんよ」
「駄目、お兄様」
 傍らのお兄様の指が動かせば、一体の従者が彼女に向けて踏み出しかける。それを後ろからの声で留めた。従者は止まり、お兄様は戸惑うようにこちらを見た。
「深追いは、しないでくださいませ」
 彼女を逃がすことが決してプラスだとは思わないけれど、今は深追いを試みてつりあがっていくウイルスの侵食の方が恐ろしい、だから。
「何処を見てるの?」
 お兄様が何か言おうとした刹那、そんな嘲笑いが降る。顔をあげれば目の前には、先程消えた女と同じ顔が、風のようにこちらへと詰め寄ってきていた。
「ちゃんと見てます……よ」
 ――素早く手足を動かして、振動球を揺らす女の攻撃は、ネズミたちの肉を散らしたところで、止まる。そしてわたしは再び思考の海に落ちた――

 モルフェウスシンドロームがオリジナルから由来しているとしたら、黒セーターのお兄様は“久遠寺遥歌”の複製体ではない。そう結論付ける前に、解かなくてはいけない謎がある。
 謎の部分――ではこの男は、どうやって“久遠寺遥歌”の外見を得たのか?
 整形? 否、特定のシンドロームの発症者であれば、外見を偽ることは簡単なことだ。例えばそこで光の矢を降り注がせる女の“エンジェル・ハイロウ”や、髪を自在に操りトリッキーな攻撃を仕掛ける“エグザイル”には、そういった能力があったはず。
 けれどその何れかをたせば、彼の発症シンドロームは4種になり、存在自体がありえないものと化す。

 ――人としてアンバランスに伸びた獣の腕は、お兄様の従者の腹をぶち抜く。それでも少年の形をした従者は、うつろな瞳でそこにある――

 ……もういちど、分解して考えてみる。わたしは、考えることは得意なはずだから。
 エグザイルシンドロームで、他のシンドロームの能力をコピーする力があったことを思い出した。目の当たりにした能力であれば、2つか3つぐらいまでは自分の能力と同等に扱える、そんな奇妙な能力。
 つまり……彼の発症シンドロームは『エグザイル×?』となる。『?』は先程あげた3種の何れか。可能性として高いのは、使用頻度の一番高いノイマン。それにソラリス・エフェクトならば“ファナティック・アルケミスト”から、容易くコピーできる。 
 それにそう、エグザイルならば記憶だって……読み出すことが可能と、先程お兄様が“ファナティック・アルケミスト”とのお話で言っていたではないか!

 ――4体目の従者が無機質なガラス球の瞳でお兄様のそばに立った。

「……はぁ……はぁ……はぁはぁ」
 なにかを堪えるように胸を押さえるお兄様。雑種(クロスブリード)としては、おいそれと踏み込めない域にまできている。ウイルスは何処までも何処までも、お兄様の人としての体を、精神を、書き換えていく……のだ。
「……いきな……さい」
 血だらけの腕から紅い水を落とすように振ると、お兄様は途切れ途切れの声で囁く。
 その瞬間、2体の従者が舞うように軽やかな足取りで踏み込んでいく。ほぼ同じタイミングで右手を伸ばし、そこからは柄の長い大鎌が肌を突き破り多量の出血を伴って生えてくる。もちろん、その表情に苦痛はない。
 とん、
 すっ、
 すざざららららら、すざざららららら。
 らら、ら…………ら…………。
 踏み切り、大鎌を構え、自らの身長よりも遥かに長い大鎌を無造作に振り切れば、4人の女の胴体がちぎれとび、落ちた。その演舞は、そう……息をするのも忘れるぐらいに、瞬間の出来事だった。
 あっけなさ過ぎてどう処理したものか……わたしも黒セーターの男も、何も言えずただお兄様が彼に歩み寄るのを見ているしか、ない。
「これで、あなたを縛るFH(足枷)はなくなりました。あの女にも見捨てられたわけですし、ね。だから……」
 荒く息を吐きながらも、それでもお兄様は平静を保つよう、ゆっくりと男に語りかける。
「……叶歌さんの元に、還りなさい」
 穏やかな笑みすら浮かべるお兄様は、どうしてか儚くて……今にもこの世界から消失しそうだと、感じさせる。
 目を凝らせば気づく。その周りには紅い霧が……レネゲイト・ウイルス……違う――お兄様の、血?
「叶歌さんは、ずっとあなたを待っていました。忘れないで、ずっと……その想いの強さは、半年一緒に過ごした僕が一番知っています。どうか、彼女の元に、還ってください」
 血の霧に取り巻かれて、ゆらゆらと――
 幻のように揺らめきながら、消えてしまいそうな……幻のように……。
「ふ……ふん……無理しすぎて、体がボロボロじゃねぇかよ……」
 気おされて口が回らない黒セーターの男は、それでも震える指で銃を構えようとする。
「…………どうぞ」
 そんな腕をつかむと、お兄様は自ら自分の額へと銃口を導いた。
「僕を壊して、あなたが叶歌さんを幸せにするという覚悟がおありなら、撃ち抜けばいい。ただ…………」
 ぎりり。
 ここまで聞こえるほどの骨の軋む音。黒セーターの男が痛みの余り顔をしかめる、それはあくまで穏やかな笑みのお兄様とは対照的だった。
「……叶歌さんを幸せに出来ないのならば、絶対に許さない。たとえここであなたに撃たれようとも、ジャーム化して還れなくなろうとも、あなたを必ず殺しにきます……」
 紅の瞳と穏やかな笑みで――けれど、漆黒の殺意を込めて。かの人は、わたしにとっては何処までも優しい言葉を、囁く。
「叶歌を幸せに出来なければ、必ず、あなたを殺します」
「くっ、蘇り?」
 吐き捨てるように視線を逸らし、彼はぐりぐりと銃口を押しつけていく。
「“ファナティック・アルケミスト”じゃあるまいに、複製体に人格を宿らして還ってきて、オリジナル様を殺すって言うのか? 片腹痛い……お望み通り、頭をぶち抜いてや……」
 黒セーターの男の台詞が止まった。手の中にあったはずの銃が、再び地面へと落下したタイミングで。もちろんわたしの仕業だ。先程と同じくオルクスの能力“グレムリン爆弾”で、彼の銃を落としたのだ。
 わたしはその銃を拾い上げると、そのまま黒セーターの男へとつきつけて、きっぱりとした口調で問い掛けた。
――あなたは、どなたですの?」


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