決戦! VSディーヴァ

 瞬き一つする間に、視界が切り替わった。広場の噴水も、青空もなく、暗い廊下がまっすぐに続いている。音も、匂いも、踏みしめる地面の感触さえもが数秒前の自分の感覚を裏切り、違和感が目眩を誘う。
「っとと……」
「皆、大丈夫?」
 ユーナイアが、銀の髪をふわりと揺らして見回した。神に祈ることで、瞬時に移動をすることが出来る彼女にとって、それは慣れた感覚だった。初めからそこに立っていたかのように自然な動きで周囲を観察する。明りは少なく、壁そのものの色も含めて、全体が暗い。
 どこまでも続く廊下の、ところどころにある扉が機械音をあげて開いた。
「! 来るわよ!」
「雑魚にかまっていても仕方ない。強行突破するぞ」
「イィー……」
 瞬間移動による目眩はほんの一瞬のこと。次々に現れた戦闘員に向かって、7人は正面から踊りかかった。
「どけえっ!」
「ふっ」
 グリエルの剣が、ディーテの『ルシファー』が斬り、あおいのランスが貫き、足止めにもならぬ勢いで走る。
「イー……ッ」
「っ!」
 側面から飛び出してきた戦闘員の腕を、ミヤが無言で捉え、投げ飛ばす。脳天から床に叩きつけられた戦闘員は派手な火花を散らして動かなくなる。その裂けた頭部から覗く、逆ピラミッドの機械。
「間違いないみたいですね」
「ええ。……ディーヴァはここにいる」
 端末(ターミナル)と呼称されるその機械は、ディーヴァが脳を改造した証拠だ。ドラゴンマーク達は表情を険しくする。
「急ぎましょう」
 正面に見えた広間へと、7人は駆け出した。

   ダンッ!
「時空戦隊ドラグマン、参上!」
「いつまで続くのよ、それ」
「この世界にいる限りだと思います、あおい先輩」
 にぎやかに広間に踏み込めば。
 教室を二つつなげたほどの広さだろうか。黒い金属の壁面には、血管のように赤いラインが走り、時折鈍く光を放つ。正面、一段高いところの最奥には十重二十重に黒いヴェールがオーロラのようにゆらめき、その後ろに座す存在を隠している。
 その手前、段のすぐ下には主を守るべく両脇を固める人影が2つ。しかし、右に立つ男はうつろな視線を漂わせ、こちらに気づいた風もない。
 左に立つ女が、ついと形のよい眉をあげた。
「来たか、時間犯罪者」
 並行世界を、本来あるべき唯一の歴史に修正する。そう行動しているディーヴァにとって、ドラゴンマークは『修正』を邪魔する者。歴史を歪める犯罪者。
 だからといってその呼びかけに、焦りや怒りが含まれているわけでもなく。無感動に黒衣の女が向き直る。
 均整の取れたボディラインを強調する、黒い光沢のある衣装。むきだしの白い肩を保護するようにガーダーが張り出し、そこから伸びた、やはり黒のマントがさらりと揺れた。
「『悪の女幹部』に犯罪者呼ばわりされるとはね」
 口調だけは軽く、しかしまっすぐな瞳でユーナイア。杖を握る手に力をこめる。ディーヴァは応えるでもなく、紫に塗られた唇を動かした。
「歴史の異分子……排除する」
 凍てつく視線が向けられたかと思うと、ショルダーガードが変形し、二つの銃口が現れた。同時に天井から、逆ピラミッド型の機械が2体、音もなく降りてきた。
「散れっ!」
 かたまっていては、やられやすいし、避けにくい。盾をかざしつつグリエルが叫ぶと同時に、翼ある者は空中へ、そうでない者は左右へと飛びのいた。
 散開した直後、入口一帯の床が鼻をつく匂いとともに焦げた。
「さすがに、当たったらただじゃすまなそうですね」
「なら、撃たせなければいいだけ!」
「ちょっ……、あおいさん!」
 飛び上がった勢いそのままに、白いランスを握りしめたあおいが翼を羽ばたかせた。一条の矢のように空気を切り裂き、ディーヴァに突進する。獲物を狩る鷹の速度に照準を合わせる暇などあるはずもなく。
「っ……!」
 ランスが漆黒のドレスに覆われた脇腹をえぐった。ディーヴァは痛みにひるむということを知らない。すかさず出された反撃の爪を上体を逸らしてかわし、その動作でランスも引き抜く。
 美しさすら感じる動きに、ユーナイアは微苦笑を浮かべた。伸ばしかけた腕を戻し、杖を握りなおす。援護の術など必要ない、ということか。
(怪我したら戻ってきてくれるのかしらね?)
 遠くにいる相手に術をかけるのは難しい。あおいにかけようとしていた術の集中を解き、改めてその身の内にある、月神の力に意識を寄せる。
 杖につけられたリングが澄んだ音を奏でた、その脇を黒い影がすり抜ける。
 敵を捉え損ね、伸びきったディーヴァの腕を、濃紫の手袋がからめとった。あおいの翼でふさがれていた視界から、赤い髪飾りと夜空を思わせる瞳が現れる。
「キサマ……っ!」
 ショルダーガードの銃口が動く。ミヤは取った右腕をねじあげざま、ディーヴァの背中に回ってそれを避けた。同時に、掌に意識をこめる。黄昏の女神が与えた『女神の御手』。その力のひとつを解放し、ディーヴァの生命力を奪う。

「ふっ、やるな! ならば我々も!」
「行きます!」
 グリエルとディーテがそれぞれの剣を構えて、宙に浮かぶ端末に迫った。
 無数の触手がうねり、2人の剣戟を阻む。見慣れぬ樹脂でコーティングされたコードは、予想以上に頑丈だった。表面を滑った剣に、コードが数本まとめて絡みつく。
「私の『ルシファー』にたやすく触れるなっ!」
 ディーテがこれ以上ないほどに表情を険しくする。左右で色の異なる翼を打つと、体ごとねじるようにして、コードを斬り捨てた。ちぎれ落ちたコードが、それ自体が武器であるかのごとく小さな爆発を起こす。
「ちいっ」
 左手の盾を前にしつつ、バックステップでこれをかわすグリエル。
「あ、ごめんっ」
「かまうな! 敵に集中しろっ!」
 空気を裂く音がして、ディーテの翼と、グリエルの盾に衝撃が走る。
 新たなコードが、ターミナルから伸びていた。
「本体を叩かねばきりがないぞ」
「そうは言っても、剣が本体まで届かないことには……」
 ディーテの言葉に、グリエルは奥歯をかみ、眼前のターミナルを睨みつけた。逆ピラミッドの頂点から無数に動くコード。飾りなのか、センサーなのか、大きく描かれたひとつの目。
「上だ、ディーテ! ……開け、アルハザードッ!」
 触手がもっとも届きにくく、あの目がセンサーだとするならば死角になりうる場所。
 グリエルは右手の剣を天に掲げ、勇者を戦地に導く神の名を叫んだ。足元から虹の帯が、虚空へ続く橋のごとく浮かび上がる。天空の城に住まう魔王を倒すため、空を駆ける力を与えられし者。それが勇者『アルハザードの使徒』だった。
 輝く虹の橋を駆け上る。ディーテも、タイミングをあわせて羽ばたいた。左右から同時に動かれ、攻撃目標を見失うターミナル。そのわずかな隙を狙い  
「はああぁっ!」
「消えろっ!!」
 ザンッ……!
 ぱっくりと割れる、逆四角錐の機械。一瞬の間をあけ……派手な爆発音が広間に響いた。

「狙ってくれといわんばかりだよなぁ」
  スコープ越しにターミナルの『目』をとらえ、ウェーラーが笑った。左手で銃身を支える慣れた動作。そのわずかな動きだけで照準がぴたりと合う。
 乾いた音をたてて、鈍色の弾丸が銃口から飛び出した。生身の人間ならば一発で即死できる威力。
 しかし。
 ターミナルが伸ばした触手を網のように素早く組み上げ、弾道をふさぐ。わずかに遅れて到達した弾丸が火を吹き、コードの触手が誘爆した。黒い煙があがり、視界からターミナルを隠す。
「ちっ」
 弾数は限られている。むやみと撃つわけにはいかず、ウェーラーは煙の塊を睨みつけた。特製のスコープは暗闇を見通すことは可能だが、この爆発では役に立たない。
 人の視覚をあざ笑うかのごとく、まだ晴れない煙の奥から鋭くコードが伸びた。2本、3本、4本。槍のように襲いかかるそれを、ウェーラーは身をかがめ、転がるようにかわした。そのまま起き上がろうとして、最後の触手が腕をかすめた。ライフルが重みで揺れる。
「先生、しっかりしてよ〜」
 すかさずクリスティーナが準備していた矢を放つ。治癒の力をこめられた光がウェーラーを包み、傷がきれいに消え去った。
「おお、むぁっかせなさぁーいっ!」
 癒しの力、以上の何かを勝手に受け取ったウェーラーはこれ以上ない機敏さで起き上がり、ライフルの照準をあわせる。
「はりきるのはかまいませんけど、ディーヴァの前にあのターミナル、片付けてくださいね」
 こっちはこっちで、爆発で火傷を負ったらしいグリエルに癒しの術をかけながらユーナイアが釘をさした。

   エネルギー残量・レッドゾーン。
 肩の銃口から光線を放つと同時に、ディーヴァの思考にランプが点滅する。それが、隙になるということはない。鋭く繰出されたランスを、わずかな動きでかわす。
 最初の突撃で受けた傷は脇腹を深くえぐり、銀色の体液をあふれさせていた。だが、どれだけ深い傷でも、かすり傷でも、ディーヴァの行動に躊躇いはない。機械の冷静さで状況を確認する。
 戦闘用のターミナルは1体が大破。もう1体は交戦中……いや、たった今機能を停止。普通の人間だったならば舌打ちしたくなる状況。
 ガーダーから出た二つの銃口が交互にレーザーを放ち、目の前を飛ぶランス使いを遠ざける。同時に背中までしかなかった黒髪が長く伸び、生き物のようにしなやかに、背中に取り付く邪魔者を切りつけた。そうして出来たわずかな隙に、ディーヴァは高く右手を掲げる。
「イービレス様。汝の敵を討つための力を我に!」
 赤黒い光が奥の間に満ち、ヴェールが風もないのに激しく揺らめく。凝縮した光が幾重ものヴェールを突き抜けてディーヴァの右手に浮かんだ。紫の唇が光に照らされて、ぞっとするような笑みを形作る。
 空気が震え、身の毛がよだつのを止められない。危険  全身でそう感じた。
「皆、離れてっ!」
 ユーナイアが叫ぶのと同時。黒衣の女は、禍々しい気配を放つそれを、

「消えろ」

 呟きとともに握りつぶした。

「きゃああぁっ!」
「……っく」
「! 月光よ!」
 とっさに祈りの言葉を口にする。ユーナイアが振るう力は旅人の守護者たる月神のもの。かなえられた祈りにより、彼女の体をその場からかき消した。誰もいなくなった空間を、凶暴な風が吹き抜ける。
 瞬きひとつの間の出来事。
 幾重にも巻かれたブレスレットが涼やかな音を立てた。消えたと思った銀色が、わずか後方に姿を現す。風の残滓に髪がもてあそばれるのにもかまわず、ユーナイアは周囲に視線を巡らせた。
 ディーヴァ以外で今立っているのは自分だけ。クリスティーナとウェーラーは重なるようにして入り口近くの壁にたたきつけられている。うずくまるクリスティーナの上で、ウェーラーがかばうように倒れている。
 グリエルとディーテもまた床に倒れていた。空中にいたのが災いし、天井に叩きつけられたうえ、落下のダメージまで受けたのだ。ふたりとも装備は頑丈だから致命傷にまではなっていないだろうが、すぐに起きだせるほど浅くもない。
 さらに頭を巡らせる。ミヤは……遠い。ディーヴァを挟んで部屋の奥、柱の下でうずくまっている。
 それから、あおい。ディーヴァの足元で、盾をかざしたまま倒れている。間近にいながら吹き飛ばされなかったのは、とっさに翼を閉じたからか。
 状況は、芳しくない。だからといって諦めるつもりなど微塵もなかった。ディーヴァとて、深手を負っている。勝機は、ある。
(我が天の半身、月神シエンよ……)
 ディーヴァまではおよそ5m。飛び道具もなく、ダメージを与える類の術を使えるわけでもないユーナイアには遠すぎる距離。でも、だからこそ油断を誘える。
「まだ残っていたか」
 黒衣の肩から伸びた銃口が動く。

   奇跡なら、起こせばいい。
『力が周囲に満ちているということは、祈りが届きやすいと同時に、反動も大きいということ』
 そう言ったのは自分だけれど。なら今は『祈りが届きやすい』ことを信じるだけだ。
 澄んだ硬質な音。小さな輝石がユーナイアの手の中で霧消する。
「我は標。道を示す者。傷つき倒れし者に、再び歩き出すための力を!」
 高く、杖を掲げる。しゃらん、と鳴る音。祈りが月に届くいつもの感覚と同時に襲う、目眩。『何か』が歪んだ。そう、確信する。

 何か叫んだようだが、何の障害も訪れない。行動に修正の必要はなし。一人立つ女に照準をセット、完了。
「これで終わりだ」
 無機質にディーヴァが呟く。その足元から。
「勝手に終わらせないでくれる?」
 静かな声とともに鋭く繰出されるランス。
 先ほどの攻撃を正面から喰らい、倒れていたはずの翼の女騎士。間近にいたのだからそのダメージは小さくないはずだった。もはや視界になかったその姿に、完全に不意をつかれて、回避が遅れる。
 肩で息をしながら、ユーナイアが紅い唇に笑みを乗せた。神の祈りを伝える杖は、三日月の飾りをあおいに向けている。
 盾を捨て、両手で振るった渾身の一撃。
「とった!」
 ディーヴァの胸部を白いランスが貫いた。脇腹の傷とは比較にならぬ勢いで、銀の体液が噴き出す。バチ、と火花の散る音がした。手を離し、つまづくように後ろに下がったのと同時。
   ドゥンッ!!
 ディーヴァは活動を停止した。


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