発見! ジャスティスン

「まったく……やっとついたわね」
 一面砂利で覆われた小山の上で、あおいが小さく息を吐いた。
 第三採掘場。果たして実際に何かを採掘しているのだろうか。作業のための機器も人員も見当たらない。
「バイクに乗っているといつの間にか到着するんだから便利よね、あれ」
 あたりを見渡して、ユーナイアが特撮トークを開始するが、ディーテが控えめながらも「早く探しましょうよ〜」とツッコミを入れる。今日のユーナイアは放っておいたらダメだ、と遅ればせながら気付いたようである。
「でもさー、秘密基地の入口なんてどうやって探せばいいのぉー……って?」
 人目がないのをいいことに羽根を広げて小山から降りたクリスティーナの視線を追えば。
「なんか、あからさまに機械的な扉が見えてるわね」
「ふ、勇者たるオレ様の前に、開かぬ扉はないということだなっ!」
「あら、謎解きしたり、門番を倒したりしないでいいの?」
 銀色の自動ドアを前にしてグリエルが胸をそらせば、ユーナイアがRPGを思い浮かべてくすくすと笑う。
 金属製の扉が、別の砂利山のふもとにあった。表面に細いラインが幾何学的に走り、時折赤や青の光を明滅させている。いかにも近未来という雰囲気をアピールしているが、あまりに唐突な存在は滑稽でしかない。
「じゃ、行きましょうか」
 その扉に向かってユーナイアが歩き出した。
「え、そんなあっさり進んでいいんですか?」
「だって、いかにも秘密基地っぽいじゃない」
 ディーテが戸惑いを隠せずに言うと、ユーナイアは長いまつげをしばたたかせる。こんなにはっきりと入口を見せてくれているのに、入らない理由がどこにあるのだろうか。
「でもこれじゃ全然『秘密』になってないんだけど」
 この並行世界にきてからというもの、どうにもこめかみのあたりが痛くてたまらないあおいであった。
 詳しい場所はわからない、といわれたくらいなのだから、いくらなんでも普段から入口を見せていることはないと思うが。ジャスティスンに何かおこっているのは確かだろうし。でも、それにしても。……やっぱり間抜けだ。その事実を気にとめているのは、あおい1人のようであったが。
「……行かないと始まらないのは確か、だしね……」
 自分に言い聞かせるようにして、有翼の騎士は最後尾を歩き出した。
 何かあった時に備え、装備が固いグリエルを先頭にして一行はメタリックな通路の内へと進んでいく。7人分の足音が長い廊下に響き渡る。横幅はさほど広くなく、翼を持つ者には、いささか窮屈であった。
 分かれ道もないまましばらくいくと、金属製のドアが現れる。グリエルが近づいた途端に、空気のすれる音がして、スライドする。
 チカチカ、カタカタ。
 現れた広い空間には、『20年前の人間が想像した近未来の機械』……そう形容したくなるコンピュータがあった。どれだけの機能を持っているのか知らないが、壁面を覆うほどの大きさで、ところどころのランプが点滅したり、モニタに映像が映し出されたりしている。
「どこまでもお約束な世界よね〜」
「何をお約束されたんですか?」
 続いて部屋に入ったミヤが、黒い髪を揺らして頬に指先を当てた。その仕草に、振り向いたユーナイアは小さく笑う。「期待を裏切らないって意味よ」と言いかけて、言葉を変えた。
「そうね……『正義は勝つ』ってことかしら?」
 正義の意味はさておき。フラストレンジャーはクロクラ団に勝つだろうし、ジャスティスンは本来ならさっきの怪人を倒していたのだろう。だから、ドラゴンマークはディーヴァを倒す。
 ディーヴァを倒し、並行世界を、ひいては失われた世界を救う。それは、この身の内にある二つの意志の間で交わされた約束だ。
「勝ちましょうね、ミヤちゃん」
「? はい」
 突拍子なく発せられた言葉に、ミヤは笑顔でうなずいた。その後ろから、
「ジャスティスンみぃーっけ!」
 コンピュータの影に回りこんだクリスティーナの声が、部屋中に響いた。
「お。さすがだな、藤原!」
「はい? ここにいるんですか?」
「それはちょっと意外かも……」
 ディーテの問いはもっともだ。秘密基地の入口は開いていたし、侵入者に対するリアクションも一切なかった。だから、すでにここは無人なのかと思っていたのだが。
 ぞろぞろとクリスティーナの下へ集まってみると、メインモニタとおぼしき巨大なディスプレイが壁面に埋め込まれている。買い物好きな優奈の意識が、50インチくらいかしらとささやく。部屋が広ければ、大きな画面もいいわよねと家電コーナーを眺めたことがあったのだ。余談だが、50インチプラズマテレビの市価は100万前後である。ドラゴンマークは命がけの仕事であるゆえに破格の報酬  1回で約30万  が約束されているとはいえ、大金であることには変わりない。
 そんな、無駄とも思える大きさのモニタの前。パソコンとは異なるパネルタッチのキーボードが埋め込まれたデスクと、そこに向かって座っている青年の姿があった。
「この人が、ジャスティスン……?」
 訝しげにユーナイアが覗き込む。
 青年の黒い瞳は、開いているものの焦点が定まっていない。だらりとたれた左腕には、フラストレンジャーが持っていた『チェンジジェム』と同じ物だろう石のついた、ブレスレット。それを見て、彼がジャスティスンなのだと納得する。
「正義の味方も悪の組織もいなくなったっていうから、てっきり殺されたのかと思ったけど……」
 あおいが、意外そうにジャスティスンを見下ろした。
「ディーヴァも、手間をかけたものね」
「だって、正義の味方が志半ばに倒れたのなら、必ずその遺志を継ぐ新たなヒーローが現れるようにできているんだもの。だから殺しちゃダメなのよ」
 まるで、この世界の住人のような口ぶりである。
「そ、そうなんですか?」
「ユーナさん、よくご存知ですね」
「………………」
 台詞を真に受けたディーテとミヤに、もはやツッコミをいれる気力もないあおい。いや、この世界ならばそれが真実の可能性だってある。だからこそ脱力感が襲うのだが。
「ま、なんにせよこいつからは何も聞き出せないだろうな」
 ジャスティスンの目の前で、クリスティーナが手をひらひらさせているが、全くの無反応。ウェーラーがその様子を見て、ふんと腕を組んだ。
「さて、どうやって調べる……?」
「訊く相手がいない以上、調べるようなものといったらこのコンピュータくらいだろう」
 グリエルが、椅子ごとジャスティスンを押しのけて、コントロールパネルの前に立つ。
「それはそうかもしれんが……わかるのか?」
 グリエルのベースである望は、ここにいるメンバーの中では一番コンピュータに詳しい。しかし、それは元の世界のパソコンの話であって。まさか正義の味方の秘密基地で、ウィンドウズもないだろう。
「問題ない。読める言葉で動いているシステムだ、情報の検索くらいできるだろう」
 勇者の口調で、しかし指は望の知識でかろやかにパネルを叩く。システム自体は既に稼動していた。即座にディスプレイにメニューウィンドウが現れる。何度かメニューを選択していくと、『ENEMY'S DATABASE』と表示されたウィンドウが新たに開いた。
「過去に戦った敵のデータらしいな」
「何か統一性があれば、ヒントになるかもしれないわね」
 グリエルが操作する画面を、全員で眺める。すでに相当な数の敵と戦っているようだった。フラストレンジャーの言っていた女幹部だろう人物もデータに入っている。順に調べていくが、幹部以外は人間の姿ではなかった。とはいえ、それ以外に共通する項目もとくに見当たらない。
 分かったのは、組織名が『ワルワ団』であることと、イービレスという団長の名前だけだ。
「ダメね……皆が空を飛べるってわけでも、地面に潜れるってわけでもないみたい」
 長い銀髪をかきあげ、ユーナイアが息を吐いた。先刻現れた怪人は、捨て台詞とともに掻き消えた。街に現れる時も同様ならば、アジトが陸海空どこにあろうとも出入りには問題ないということ。では、どうやってアジトをつきとめるか。
 薄い唇に人差し指を当てて、思考をめぐらせる。と。

   ビーッ、ビーッ!

『ワルワ団が出現しました。緊急出動要請。ジャスティスン、至急現場へ向かってください。繰り返します……』
 どこか機械的な女性の声が、フロアに響いた。同時に、モニタの画面が切り替わる。噴水のある広場を舞台に、先ほどの怪人が声を張り上げていた。
「でてこい、ドラグマン! さもなければ、町じゅうの人間が石になるぞ!」


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