挿話 カレーだイエロー

 その後。「とうっ」とかなんとかいいつつ、ユーナイアの呪文と翼をもつものの能力を駆使して人ごみから颯爽と消えて見せた一行は、ディーテと合流した後、フラストレンジャーの3人と対面していた。
「ねーねー、その変身ブレスレット、見せて〜。見たい〜」
「それじゃあ、最近正義の味方も悪の秘密結社も続々と失踪しているわけなんですね」
 ユーナイアが眉をひそめて確認する。クリスティーナが持ち前の好奇心で騒いでいるが、とりあえず放置。隣でミヤがほう、と息を吐いた。
「まぁ、正義の味方さんがいなくなってしまったら、大変ですね」
「でも悪の組織もいなくなってるんですよ?」
「……平和じゃない、それ」
 ディーテのツッコミに、あおいが素直な感想をもらした。確かに平和だ。しかし。
「私たちの目的は世界を平和にすることじゃなくて、歴史を変えさせないことよ」
 そりゃ、平和になるにこしたことはないのだろうけど。ユーナイアが仲間に向けてささやく。この世界の人々が、こうやって正義の味方と悪の組織があちこちで戦っていることで歴史を重ねてきたのなら、それを否定してはいけない。否定したら、ディーヴァと変わらない。
「まぁ、ディーヴァの仕業なんだろうけど……」
「問題はどこにいるか、だな」
「ねーねー、ちょっとくらいいいでしょ? 見せて〜」
「そーか、藤原っ。そんなにあれが気になるんだな。わかった、オレがなんとかしてみせる!」
「うわ、ちょ……! や、やめてください。わかりました、見せますからっ!」
「…………ディーヴァの居場所をつきとめないとね」
 ささやき交わす(?)仲間を尻目に、ユーナイアはフラストレンジャーのリーダーに笑みを浮かべた。
「あの、私たちの探している敵って、黒髪黒服の美女なんですけど、どこかでそういう人を見たという話を聞いたことはありませんか?」
 直球ストレートな質問である。しかし、この世界ならばありだろう。何しろ、正義の味方も、悪の組織も、あふれかえっている場所なのだから。
 尋ねられた方も、そこまで不審な表情はしていない。せいぜい、いきなり現れた『ドラグマン』への戸惑い程度だ。隣でブレスレットを奪われそうになった仲間も気になっているようだが。そうですねぇ、と中年サラリーマンは汗を拭きながら首をかしげる。
「黒髪で黒い服の美女、ですか……さて……」
「知っているのか、知らないのかはっきりしろ!」
「あ、ああっ、すみませんすみません」
 いらだったグリエルが足をならすと、中間管理職の悲哀をにじませたフラストレンジャーのリーダーは、ぺこぺこと頭を下げる。ついでに隣では学生服の高校生がキューピットと迷彩服の兵士に囲まれてブレスレットを見せている。「ほんとだー、これクロノジェムにそっくりー。でも違うみたいだね〜」「はぁ……チェンジジェムって僕らは呼んでますけど……」「あははは、まんまじゃんっ」こうしてまたフラストレーションを貯めているのだろう。頑張れ、フラストレンジャー。負けるな、フラストレンジャー!
「えぇとですね。ちらっと聞いただけなので確証はないんですが……」
「前置きはいい!」
「あああ、すみませんっ。その、ジャスティスンさんが倒した女幹部の後釜にすごく美人の女が入ってきたという噂をですね、はい、聞いたことがありまして……」
 ぺこぺこ。こんなのがリーダーでよく仲間がついてくるものだと感心しなくもない。
「女幹部、ねぇ……」
「やっぱり、黒いボディコンで、光沢のある衣装を着てるのかしらね」
「そんで紫の口紅っすか?」
「もちろんアイシャドウもね♪」
 またユーナイアとグリエルが、ベースの感情で盛り上がっている。
「それで、ジャスティスンの敵……なんていうのか知らないけど、そいつらのアジトは?」
 こめかみを押さえつつ、あおいが尋ねるが、さすがにそこまでは知らないようだった。「すみませんすみません」と連呼してサラリーマンが頭を下げる。
「ああ、もうっ。いいわよ。それならジャスティスンのアジトは知らないの?」
「あ、はい。それでしたら確か第三採掘所のどこかに入口があるとだけ……」
「ま、秘密基地ですものね。だいたいの場所がわかるだけでもいいんじゃないかしら」
「じゃあ、そこへ行ってみるんですか?」
 ディーテの問いに、ユーナイアがうなずく。「ただし……」
『腹ごしらえしてからね♪』
 見た目にそぐわず、食い気の多いユーナイアとクリスティーナが声をそろえた。実は起きぬけで胃が空っぽだったグリエルにとってはありがたい意見である。
 カランカラン、とノスタルジックなベルの音を伴って、一行は小さなカレー屋のドアをくぐった。カウンターの奥からエプロンをかけた男が皿を拭きつつ「いらっしゃい」と声をかける。このシチュエーションがまたツボにはまったらしく、
「『おやっさん』だわ!」
とユーナイアが騒いだりしたが、ともかく食事にありつかなくては仕方ない。カウンター席しかない小さな店をほぼ満員にして座ると、思い思いのカレーを注文する。もちろんユーナイアとクリスティーナはサラダにデザートもつけて。
「さて、それじゃあせっかく一息ついたことだし、今後の行動について話し合っておきましょうか?」
 ユーナイアがコップの水になめるように口をつけて、仲間を見回した。きょと、とディーテが口を開く。
「え、でもこれから採掘場にいくんですよね?」
「まぁ、他に意見がなければそのつもりよ」
「他にできることってあるのー?」
 スプーンを弄びながらクリスティーナが花ラッキョウのふたをあけて覗き込む。
「そうだなぁ、こちらから積極的に動こうと思えばそのくらいじゃないのか?」
 当然のようにウェーラーはクリスティーナの隣に座っている。話す口調は平静だが、視線は紅茶の色をした頭から動かない。恐るべし、キューピットの矢。
「ディーヴァは、今はおそらくジャスティスンの相手になる組織にいるわけだろう? ジャスティスンが何か掴んでいればアジトでヒントが得られるはずだ」
「逆にそこで何も分からなかったら、そこらで正義の味方が襲われるのを待つくらいしかなくなるしね」
 一番隅の席に腰をかけたあおいが肩をすくめて言った。
「あら、ひょっとしたら私たちを直接襲ってくれるかもよ?」
「なんといっても、我々は『時空戦隊ドラグマン』だからなっ」
「わぁ、そんなところまで考えていらしたんですね。すごいです」
 ぱんと手を合わせたミヤに、あおいが静かに首を振ったのだが。
「戦隊ものって、さっきのみたいなやつのことなのねー。変身したらバーンって煙があがったりするの、おもしろいね」
などとクリスティーナが言い出したものだから
「あ、それいい! クリスちゃん!」
「当然それぞれのイメージカラーの煙があがるわけだ」
と、言わずもがなの2名がノリノリの返事をする。
「いいなぁ、それ。どうにかできないかしら」
「あ、先生ならひょっとして作れない? 色つきの爆煙がでるの」
 根府川先生は化学教師だし。バージョンのウェーラーは兵士だから爆弾の知識とかもってそうだし。期待を込めて、ひょいと明るい瞳が覗き込めば。
「ふはははははっ、よし、分かった藤原! このオレにむぁっかせなさーい!」
 椅子を倒すのもかまわずにウェーラーが立ち上がった。
「じゃあオレはちょっくら材料を買いに行ってくる。待ってろよ、藤原ぁ!」
 カランカラン……。
「ポークカレーおまたせ……って、あれ。どうしますか、これ?」
「じゃ、あたしがそれも食べるー♪」
 先生、クリス先輩のために走っていったのに……。ディーテはそう思ったが、目の前に出された野菜カレーに専念することにした。どうせ先生が戻ってくる頃には冷めてしまうだろうし、今の先生ならクリスティーナが何をしたって文句はいわないのだ、どうせ。
 6人がそれぞれにカレーを食べ終えた頃になって、ウェーラーが帰ってくる。手にはホームセンターや文具店、さらにはスーパーの袋を抱えている。爆薬の材料がそんなところで手に入るものなのだろうか。知識のない他の面々にはさっぱりわからない。
「藤原、待ってろぉー。すぐにできるからなー」
 もはや会話の対象はクリスティーナのみ。ウェーラーはカウンターにざらざらと買い物袋の中身をぶちまける。店主の迷惑顧みず、ここでつくりだすつもりらしい。
「だったらもう少しここにいるわよね。すみません、ハンバーグカレーにチーズとコーンをトッピングして、サラダセットお願いします。あ、あと食後にアイスクリームも」
「あ、あたしもアイス〜」
 ユーナイアとクリスティーナが嬉々として注文を追加する。その胃袋の底なし具合は、驚きを通り越して感心する。
 それから約1時間。煙玉づくりにいそしむウェーラーと、「ドラグマンは誰が何色か」なんて話題で盛り上がるユーナイアとグリエルで、小さなカレー屋は異様な賑わいを見せていたという。


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