変身! ドラグマン

「キャーッ!」
 一歩退いたところから様子を眺めていたあおいは、別方向からの叫び声を聞き取った。そちらに目を向けると、少し離れた所にある広場に、新たな人の輪ができあがっているようだった。
「どうかしたの、あおいさん?」
 ランスを振るう有翼の女騎士は、名乗らない。本人は「名前は忘れた」というだけだ。だから今も「あおい」の名を呼ぶ。
「あっち……」
「あらあら、別の秘密結社なのね」
 人垣の向こうに垣間見えたまたも全身タイツの戦闘員を見つけて、ユーナイア。タイツの模様が違ったらしい。視線を戻せばフラストレンジャーは問題なく敵の怪人と戦っている。それならば、と新たな人垣に足を向けた。
 フラストレンジャーを囲む人の群れをかき分けて、噴水のある広場に向かう。先ほどにくらべて悲鳴が多い。速度をあげて、新たな人垣の中に割って入る。
 輪の中には、クロクラ団とは別物らしき戦闘員。手には『レーザーガン』とでもいいたげなおもちゃにも見える代物。
「いやぁっ!」
 しかし、その威力は侮れないものだった。戦闘員が銃口を向けた女性は、途端に全身が石になってしまったのだ。見渡してみると、同じように石にされた人々が何人も取り残されている。
「大丈夫なんですか……、これって?」
 ディーテが眉をひそめた。ヒーローは、いまだ現れない。
「特撮ものの『お約束』なら、敵さえ倒してしまえば元に戻るんだけど……」
 答える声に不安がにじむ。周囲からは助けを求める声が上がっている。どうやら『ジャスティスン』というのが、ここに現れるべきヒーローの名前らしかった。
 しかし、戦闘員の行動に待ったをかける声はいつまでたってもあがらない。このままでは被害は広がる一方だ。逡巡していると、高らかに、よく知っている声が張り上げられた。

「はっはっは。いいぞ、お前ら。もっとやってしまえ!」

『………………先生!?』
 ドラゴンマーク達の声が見事にハモッた。いつの間にか戦闘員の背後に立って高笑いをしているのは、まごうことなく<完璧なる狙撃者>ウェーラー。意図するところがわからなくて、あっけに取られる一同であったが、それは謎の組織の戦闘員にとっても同様であるらしかった。銃口を向けるべきか否か、非常に悩んでいるように見える。
「んんー? どうした、お前ら」
 さも仲間のような顔をして笑う男を、戦闘員達は無視することにした。与えられた役割を果たすことに専念する。まこと、下っ端らしい判断である。
 果たして、人間に石化光線を浴びせる戦闘員と、それをあおるウェーラー、という図が完成した。
 ぽん、とユーナイアが手を打つ。
「つまり、先生を敵役に事を納めてしまえばいいのね」
「……先生……悪人の仲間になってしまうなんて……」
 小さく呟いてミヤが静かに動いた。口調とは裏腹に、瞳には剣呑な光が宿っていたが、それに気付いた者はいない。
「さ、出番よ。勇者サマ♪」
「フン、言われるまでもない。いくぞっ!」
 グリエルが拳を握って走り出した。剣は出さない。今、彼らはイメージ・インデューサーという装置によって、その世界の一般人と変わらぬ容姿に錯覚させている。だが、ドラゴンマークとしての能力を発揮すると、そのイメージが消えてしまうのだ。その後の行動に支障がでるので、できるかぎり特別な力は振るわずにいたい。
 しかし、普段は殴りあいに縁がないグリエルは、戦闘員に向けたパンチをわずかにはずした。勢いあまってつんのめる。
 ジャスティスンでこそないものの、現れたヒーローに喜びかけた群集は、再び戸惑った。雑魚を相手にパンチをはずすヒーローなんて、いない。
「……仕方ないわね。あんまりこういうのには向いていないんだけど」
 ユーナイアが杖を構えて前に進み出……る前に振り返る。紅い唇の端を持ち上げた。
「クリスちゃん。絶対に面白くなるわよ」
「お祭ねっ?」
 楽しいことに目がないキューピットは、目を輝かせて踊り出た。
「ええっ、ちょっ……!」
「ああもうっ、なんで後衛の2人が出て行くのっ!」
 ディーテの慌てる声に、あきれかえったあおいの声がかぶる。が、飛び出した2人の耳には届いていない。
「えい!」
 月の神の祝福を受けた神聖な杖のはずなのだが。先端の三日月の飾りには宝玉と金銀の輪がはめられた、意匠を凝らしたその杖で、ユーナイアは躊躇いなく戦闘員を殴った。激しい火花とともに戦闘員がもんどりうつ。一撃当てればやられるという、見事な雑魚体質らしかった。でなければ体力のないユーナイアの一撃で倒れるはずがない。
「本当に特撮もののアクションショーみたいね」
 半ば感心したような声をあげ、グリエルの側に近づく。ユーナイア以上に格闘に向いていないクリスティーナは、楽しそうに後ろをついてくる。
 どうしたものか、いまだ判断のつかないディーテは「あの人たち、強いですね!」と必死に一般人を装っていた。ミヤはじりじりと移動を続けている。
 混沌としてきた場に、ウェーラーは満足そうにうなずき、声を張り上げた。
『よくもやってくれたな。貴様ら、何者だ!』
 なぜか、ここでも声がハモッた。
 見ると、ウェーラーの隣に、本来ジャスティスンと対峙したのだろう怪人が立っていた。怪人は、叫んで登場したものの、隣に立つ見知らぬ男にやはり戸惑いを隠せない。
「な、なんだ貴様は!?」
「何を言うんだ。ともに奴らと戦う同志じゃないか。細かいことは気にするな!」
 びしぃっと親指を立てるウェーラー。
「むぅ……なんだか知らんが……とにかく! よくも我が計画の邪魔をしてくれたな。何者だ!」
「ふん、オレ様はアルハ……!」
「待って待って。違うわ」
 勇者としての名乗りをあげようとしたグリエルを、ユーナイアが小声でさえぎった。
「やっぱり、ここはグループの名前をなのらなくちゃ! 本当は5人が一番いいんだけど、とにかく戦隊ものなのよ、今の私たちは!」
「戦隊もの……ということは……」
「それでね、これは予想なんだけど。変身シーンをちゃんと演出すればイメージ・インデューサー、あとでまた有効になると思うのよね」
 外見を騙しているのではない。相手の感覚を騙しているのだ。ということは「変身した」と思い込ませておけば、その後でまた同じ相手に出会ってもまた錯覚を起こしてもらえる……かもしれない。
 顔を寄せてグリエル、ユーナイア、クリスティーナの3人がうなずきあった。
 グリエルを中心にして、3人が怪人とウェーラーのほうに向き直る。
「我々はっ」
 ざっ。
『時空戦隊・ドラグマン!』
 いつ打ち合わせたのか謎なほどに声を合わせ、ポーズを決める3人。
「行くわよ!」
 ユーナイアが叫ぶと同時に、クロノジェムを掲げる。使うわけではない。先ほどのフラストレンジャーの変身シーンに似たようなものが使われていたので、真似ているだけだ。グリエルとクリスティーナも同じように掲げる。
『ドラゴン・チェンジ!』

「……知らない、あれは知らない人……」
 あおいはひきつった表情であらぬ方を見やった。

「力なき民に害なす者よ、我が剣のさびにしてくれる!」
 ドラグレッドもとい、グリエルが鞘から抜いた剣を構えて叫んだ。しゃりんという澄んだ音に、周囲からの歓声が重なる。仲間たちから見ればどこも変っていないのだが、他の人間からは確かに変身したように錯覚したらしい。
「ふん、返り討ちにしてくれるわ。……やれい!」
 怪人が腕を振るとどこからともなくわいてきた戦闘員達が甲高い声をあげながら襲いかかってくる。グリエルはそれを正面からうけて立つ。ユーナイアも杖を構え、クリスは翼を広げてふわりと地を蹴った。
「雑魚がいくらでてこようが無駄だ!」
 なじんだ剣と盾を手にしたグリエルは、先ほどの失態などなかったかのように大見得を切って戦闘員を切り伏せていく。
「その銃には気をつけてね!」
 くるりと杖を一閃させながら、ユーナイアが周囲を見回す。まさに湧いて出た、という表現が似合う戦闘員は、いつのまにかぐるりと3人を囲んでいる。
「クリスちゃんっ!」
「え?」
 クリスの背後で銃を構えた戦闘員。気付いたユーナイアが叫ぶが、なんの事かわからず、クリスティーナは首をかしげた。引き金が引かれようとしたその時。
「イィーッ!?」
 バァン!
 激しい爆発音と火花が散る。白いランスが戦闘員の腹部を貫いていた。ぐったりと崩れ落ちた戦闘員の背後に姿をあらわしたのは空の騎士。顔には憂色をはりつけて、それでもランスを握る手には迷いはない。
「……他人の振りを通したかったのに…………」
「えへへ。ありがとー♪」
 クリスティーナが振り返ってウィンクする。あおいはため息でそれに答え、群がる戦闘員を無造作に片付けた。
 次々と戦闘員は倒されていく。それを苦々しく見ていた怪人の視界に、黒い影が現れた。
「邪魔をしないでください」
 ウェーラーに近づこうとしていたミヤである。途中から現れた怪人に行く手を阻まれる形になり、目元を険しくする。
「なんだ、貴様は! 奴らの仲間か!」
 腕をとられそうになった怪人は、必死に避けながらそう叫ぶ。
 グリエル、ユーナイア、クリスティーナ、あおい、ミヤ。気がつくと優奈の願いどおりの5人組である。女性率が異様に高くて、戦隊物とはちょっと違う気もするが。
「どいてください、用があるのは先生です」
 ミヤの真剣な表情に、ウェーラーは背中に汗をかいた。なんでも素直に信じるこの少女、言いかえれば冗談が通じないわけで。「かつての仲間のよしみ。せめて一思いに楽にして差し上げます」とか言い出しかねない。それはまずい。まだ死にたくない。
「ええい、今日はこのくらいにしてやる。覚えていろよ!」
 隣で、戦闘員が全滅したらしい怪人が叫んだ。
(今だ!)
 便乗してウェーラーも叫ぶ。
「次はこうはいかないからな、はっはっは!」
 だがしかし。
 怪人は叫ぶが早いが、ふしゅっと掻き消えた。多分本拠地に帰ったのだろう。ウェーラーには当然そんな能力はない。
「はっはっは…………えー、と……」
 無意味に辺りを見渡すが、抜け道があるわけでもなく。ミヤが厳しい表情で近づいてくる。かなり困った。
「んふふふふふふふ……あたしの出番ねっ!」
 クリスティーナが白い翼を広げて舞い上がった。突き出した左手には光が弓を形作る。右手を引けば、つがえられる光の矢。
「いっけぇー!」
 弾んだ声とともに放たれた矢は、見事ウェーラーの左胸に刺さった。「はうっ」という声が漏れたと思うと、ウェーラーはその場に崩れ落ちる。傷跡はない。眠っているだけだ、……今は。
「さってと〜」
「ミヤちゃん、もういいのよ」
 ぱたぱたとクリスティーナがウェーラーに近づく。それを見て、ユーナイアがいまだ警戒を解かないミヤを呼んだ。納得いかない様子を見せながらもミヤはそれに従う。
「センセー。おきて〜」
 肩を揺する。眠りは浅く、ウェーラーは簡単に目を覚ました。見上げると、白い翼を持つ、紅茶色の瞳をした……。
「藤原っ!」
 がばっ!
 熱のこもった声での呼びかけは、今は心のうちにいるクリスをひきつらせるには充分で。クリスティーナの表情は硬直した。しかしそれも一瞬のこと。彼女にしてみればこれは意図された結果。
「先生、とりあえずそろそろここを撤収したいんだけど」
「ああ、わかった。藤原の思うとおりにしてくれっ!」
 そう。クリスティーナはキューピットである。先ほど射たのは、恋の矢。目を覚ました瞬間、見た相手にぞっこんになるという代物である。
「敵だった男が、改心して仲間になる……。さしずめ先生は、ドラグブラックね♪」
「…………『改心』?」
 楽しげなユーナイアに、あおいが疲れた声でつっこんだ。


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