登場! フラストレンジャー

「いいわけあるかぁ〜っ!!」
 届かぬ時空に向けて、びしいっと根府川、いや、ウェーラー=イズリングハウゼンが裏手でツッコミを入れた。ドラゴンマークとして時空を移動すると、肉体は『もう1人の自分』=バージョンの能力が発揮できるように変化する。ライフルでの狙撃を得意とする彼は、ダークグリーンの戦闘服に身を包んでいる。
「今さらですよ、先生。それより……」
 くるぶしまでの銀の髪をなびかせて、優奈……ユーナイアが周囲を見渡した。
 舗装された道路には自動車が走り、ビルの看板は普通に読める、つまり日本語。歩いている人の服装を見ても、ごく普通の洋服。どうやら自分たちが住んでいる世界とそう大きくは変わらない様子だ。だが、そんな風景とは別に、違和感を覚える。
「ねぇ……なんとなくだけど……」
「あ、ユーナさんもですか?」
 言いかけた言葉に、夜色の衣裳を纏ったミヤがうなずいた。不審な点を覚えなかったグリエルが、肉体の本来の持ち主である望とはまったく異なる口調で問いかける。
「なんだ、いったいどうしたというのだ?」
「分かるように説明してもらえるかしら」
 グリエルと一緒になって促すのは、あおいが変身した有翼の女騎士。2人とも、本来の世界では力なき民を守る誇りある立場にあった。それだけに、意図せず高慢な態度になることがしばしばだ。悪意のないことは分かっているので、不快は感じない。ただ、どう説明したものか浮かばず、ユーナイアは思案げに口元に指を当てた。
 周囲に『力』が満ちていた。それは、ユーナイアが月の神から預かり、行使する力  優奈の感覚では魔法と捉えているもの  ではない。ミヤが黄昏の女神に願う力でもない。この感覚は、ドラゴンマークとなって初めて触れることになったもの……。
「ドラコニス?」
 時空の狭間を住処にする、計り知れない力を持った生命体の名を呟く。滅びた世界から魂をすくいあげ、ドラゴンマークを生み出した存在であり、平行世界への移動も、今彼らが身につけている品も、ドラコニスの超技術によるものだ。
「ドラコニスの気配というか、力が……この世界は強いみたい」
 ひょっとしたら、ドラコニスのいる狭間が、この世界に近いのかもしれない。これはあくまで憶測に過ぎないが。
「で、結局それがどうかしたの?」
 退屈そうにきょろきょろを首を動かしていたクリスティーナが目をしばたたかせた。クリスのバージョンは白い翼のキューピット。活動的な衣裳であらわになったボディラインはきっぱり女性のものである。
「まぁ、具体的にそれで何かあるのかはわからないけどね」
「なんだ、それなら考えたって仕方ないじゃない」
 あっけらかんとクリスティーナが答える。それに対してユーナイアは肩をすくめて付け足した。
「ただ、これは私の経験なんだけれど……力が周囲に満ちているということは、祈りが届きやすいと同時に、反動も大きいということ。ドラコニスの力を利用するのは慎重にしたほうがいいかもしれないわ」
「それではおもしろくなぁーい!」
 おもむろに反論したのはウェーラー。
「何がおこるかわからない、大いに結構! クロノジェムの使いがいがあるというものではないかっ!」
 クロノジェム。俗な言い方をすればドラコニスに奇跡の代償として支払う通貨のようなものだ。今身につけている衣服も、バージョンの記憶を基にドラコニスによって精製された装備品である。また、クロノジェムを使うことでわずかに時空に歪みを生むことが出来る。通常ならば当たるはずのない弾丸が命中したり、逆にかわしてみせたり。
 だが、今回はその奇跡があてになるかどうか分からない。そう言っているのだが……ウェーラーにとっては、それもまた面白いらしい。
「知りませんよ、何が起こっても」
 ため息まじりにユーナイアが釘をさした。どうせ聞き入れることはないと、知ってはいるけれど。
 そこへ、高く響く悲鳴をきいた。

「なにっ?」
 ユーナイアが振り向くより早く、グリエルが走り出した。あとの6人もすぐに駆け出す。ビルの谷間の交差点、いつの間にか車は途絶え、大きな人垣ができていた。何かを取り巻いているその人ごみをかきわけて、中央に開いた空間にたどり着く。
 視界に飛び込んできた光景に、グリエルは、というより望の記憶が彼の動きを止めた。
「イィーッ!」
「イーッ!」
 黒い全身タイツに白い仮面の人間……ではないのかもしれないが、とにかく揃いの格好で周囲を威嚇するように動き回る、4つの影があった。
「まあ、戦闘員ね♪」
 立ち尽くしている間においついたユーナイアが弾んだ声をあげた。そう、子供向けの特撮番組でおなじみの光景がそこにはあったのだ。となれば、まだ続きがあるはずだ。耳をそばだてれば、周囲から漏れる声がある。
「……ンジャーは……ま……かっ!」
「早く助けに……!」
 ざわめく声を背に、ウェーラーは笑みを浮かべ、グリエルは剣を取り出そうとした。
「ふふふ、面白そうではないかー」
「脆弱なる民の救いを求める声が聞こえる、行かねばっ!」
 それをユーナイアが手にした錫杖でおさえる。
「待ちなさい、2人とも。今呼ばれているのは私たちじゃないわ。………………ふふ、やっぱりヒーローがいるのね。戦隊ものかしら、宇宙刑事かしら?」
 小さいけれど、この上なく楽しそうな声のユーナイア。というか、完全に優奈の素が出ている。おしとやかな窓辺の君を地で行く優奈だが、その一方でアニメやゲームに造詣が深い。つまるところ、オタク。まるで何かのイベントのようなこの展開に、心踊らないわけがない。
「これって、子供番組の収録なんですかねぇ?」
 はしゃぐユーナイアと若干距離をおきつつ、ディーテが、明美のときと変わらぬ口調で辺りを見渡す。しかしそれらしいテレビカメラはない。戦闘員を中心に、周囲は完全に一般市民で囲まれている。イベントでも収録でもなさそうだ。すると、これがディーヴァにとって『修正』するべき事項なのだろうか。
 はしゃぐユーナイアと戸惑う一行が、様子をうかがっていると、少し離れた一角からひときわ大きな声があがった。

「そこまでだ、クロクラ団ッ!!」

 いつの間にか人垣の内側に現れた3人の男女。
「行くぞっ」
「ええ!」
「はいっ」
 リーダーらしき人物の掛け声とともに、戦闘員に走りよる。
「……ちょっと、変わってるわね」
 ただただ、楽しそうに成り行きを見ていたユーナイアが、そんな感想を述べた。
 リーダーはグレーのくたびれたスーツに赤いネクタイの40代くらいの男性。その右後ろの女性は白いブラウスにブルーのベストとタイトスカート。茶色く染めた髪をバレッタでまとめている。その隣にいるのは細身の高校生。学生服のボタンはきっちり上までしめている。
「とうっ!」
 リーダーの飛び蹴りがクロクラ団戦闘員の1人に命中する。戦闘員は火花を散らしながら空中で一回転して地面に落ちた。
「やった、フラストレンジャーがきたぞ!」
「がんばって、フラストレンジャーッ!」
 人垣から応援の声があがる。
「いや、フラストレンジャーってどうよ」
「やっぱアレっすか。日頃のストレスをエネルギーにしてるんスかね」
「でもそれって第1話を考えるとちょっといやよね。秘密警察機構の長官だか、異星人だかがやってきて『そのストレスパワー、平和のために使わないか』って言われるのよ?」
「つか、ストレスの多い人間をわざわざ探してる警察ってのもかなり笑えるっすね」
 喚声をあげていないのはこの一角くらいのものである。ドラゴンマークは、バージョンになったからといって、人格が入れ替わるわけではない。2つの意志は常にひとつの肉体の中に同等に存在している。ただ、その時の姿によってより強く表に現れる方が変わるだけなのだ。今は、あまりの事態に望の口調になってしまったグリエルである。
 そんな周囲の反応はかまわず、フラストレンジャーはあっさりと4人の戦闘員を片付けた。すると、それを待っていたかのようなタイミングで岩のはりぼてのようなものが、前触れもなく現れる。
「よくもやってくれたな、フラストレンジャー」
 怒りの声とともに、フラストレンジャー3人の足元に石の弾丸が襲いかかる。ダダダダッという激しい音と煙があがる。一歩退いてそれをしのいだリーダーは、右腕を胸の前に突き出す。袖から現れた手首にはごてごてとした腕時計のようなものが巻かれている。
「皆、変身だっ!」
 OLと高校生も同じように構えた。もちろん二人の手首にも同じものが装着されている。
『フラスト・チェンジッ!』

「え?」
 変身シーンをうきうきと見つめていたユーナイアが、声を漏らした。
 右腕の変身装置に、かちりと3人がはめ込んだもの。よく似たものを持っていた。
「……クロノジェム? なんで?」

『鬱屈戦隊フラストレンジャー!』
 どどーんっ!
 赤・青・黄の鮮やかな煙が、変身した3人の戦士の背後に炸裂した。


<BACKCONTENTSNEXT>