出動! 時空戦隊

 それはいつものように突然に訪れた。

 ちゃらん、ちゃらんちゃっ、ちゃんちゃんちゃーん♪

 流行のロボットアニメのオープニングが、流麗な電子和音で鳴り響く。奏でているのは、最新機種の夏休みキャンペーン期間限定カラー、アイスグリーンのカメラ付き携帯電話。「色がかわいかったから」という理由で32800円(税別)をぽんと払ったこの部屋の主は、ノートを押さえていた左手を伸ばして、充電器から携帯をとった。白い指で通話ボタンを押す。
「はい、月守(つきもり)です」
 応えながら、ノートと参考書をしまって立ち上がる。明るい茶の髪が肩にこぼれた。着信音を聞いた時点で、用件に見当がつく。急いで学校へ向かわなくてはなるまい。左手で携帯を押さえたまま、クローゼットのセーラー服を取り出す。
「ええ……。はい、大丈夫です。すぐに行きます、理事長先生」
 40和音の音色は、戦いを告げる鐘。己の内にありながら、自分のものではない意志が、身体を突き動かす。失われた願いをもう一度叶えるため。黒衣の女、ディーヴァを倒すため。

 ディーヴァ。黒衣を纏った凍てつく美貌の女性達。未来からやってきたとされる彼女らは、ただひとつの歴史しか認めようとせず、平行世界の歴史に介入する。同じ時の中、可能性の数だけ存在する世界。けれどディーヴァはその可能性を否定する。起きずにすんだはずの悲劇を起こし、存在するはずのない種族を滅ぼし……『修正不可能』な世界を滅ぼす。
 そんな滅ぼされた世界の自分が、月守優奈の身体には宿っている。その意志と力が、ディーヴァと戦うことを選ばせた。すなわち、蹂躙されようとする平行世界を救うこと。それが彼女ら……ドラゴンマークである。

 ゲートマスター  平行世界へのゲートを開ける人物  である理事長の連絡から、約40分後。優奈は薄緑のセーラー服に身を包んで私立天神学園の正門にたどり着いていた。優奈の家から天神学園までは電車で1駅、そこからバスで10分かかる。他の仲間はもう来ているだろうと小走りに門をくぐる。と。
「あら? 望君?」
「ん、あー……ゆーなセンパイ、おはよーございます」
 けだるげに振り返ったのは、高等部1年、一縷野望(いちるの・のぞみ)。駅前のゲームショップでバイトしていることもあり、ゲームの話題には事欠かない。アニメやゲームといった趣味を話題に出来る数少ない知り合いなので、気がつくと一緒にいることの多い少年だ。彼もまた、内にもう1人の自分を宿している。
 いつも退屈そうな目をしているが、整った顔立ちのおかげで、それをクールだともてはやす女子も多い。一方の優奈は、天然の明るい茶の髪はくせもなく、長いまつげに縁取られた瞳は琥珀の輝き……と、下手なモデルよりも秀麗な容姿をもっており、これまた憧れる生徒は数知れない。そんな目立つ2人が、よく一緒にいるとなると、一部では「つきあっているのでは」という噂が流れ出しているのだが……本人達はまるっきりその気もなければ、周囲の誤解にも気付いていないのであった。
「おはようって、もう2時近いんだけど」
 苦笑を浮かべながら隣を歩く。そもそも、望の家はここからそう遠くはない。時間を同じくして呼び出されたのならば、ずいぶんと遅い到着だ。
「ふぁ……起きたの、さっきなんすよ。理事長の電話で起こされて……あふ」
「ふぅん。何かそんなにおもしろいのあった?」
 この少年が夜更かしする理由なんてゲーム以外にありえない。そう理解している優奈は「なぜ」とは問わず、タイトルを尋ねる。そんな他愛ない話をしながら昇降口を上がる。
 理事長室に向かって、静まり返った廊下を歩いていると、前方に小さく手を振る人影があった。
「優奈さん、一縷野くん、こんにちは」
 赤い髪飾りが、黒髪によく映える。穏やかな笑顔に、優奈も口がほころぶ。
「こんにちは、魅夜ちゃん。遅くなってごめんなさいね」
「いいえー、そんなことはないですよ。まだそろっていませんから」
 ふるふると首を振った星野魅夜(ほしの・みや)の言葉に、優奈が首をかしげる。と、背後から小さな声がするのを聞き取った。
「星野ぉ、いかんぞー。せっかく2人きりの時間をだなぁ……」
「あの、先生……。月守さんが……こっち、見てますけど」
 柱の影から、2人の人物がこちらを覗きこんでいた。最初に呟きを発したのが、化学教師、根府川泉(ねぶかわ・いずみ)。顧問である野球部の指導をしていたらしく、土に汚れたジャージ姿だ。その下にトーテムポール状態で顔を並べているのはクリスことクリストファー=R=藤原(ふじはら)。澄んだ紅茶色の瞳が落ち着かなさげに動いている。
「根府川先生、一応聞いた方がよろしいですか? 何をしているのか」
 根府川の行動をいちいちまともに取り合う気はない。が、無視するのもかわいそうなので優奈はおざなりに声をかけた。そのあきれた口調にも、隠れているところを見つけられたことにも、まるで気付かない振りをして根府川は颯爽と柱の影から姿を見せた。
「ん? いや、月守。偶然だなー。先生たちもさっき来たところだ」
「先生? 僕の首根っこつかんで、下駄箱から……もがもが」
 クリスの台詞は根府川の手によってさえぎられた。が、どうやら昇降口から後をつけていたらしい。優奈と望がつきあっているらしい、という噂の出所は、もちろんこの男であった。が、優奈は意味がわからないので聞き流す。この教師の言うことをいちいち真に受けていては、精神衛生上よろしくない。
「これで全員そろったのかしら? 他の人は中?」
「あ、いえ。それがー……」
 理事長室の扉を開けると、豪勢な応接セットのソファに深々と腰をかけている女生徒と、室内を歩いているポニーテールの1年生が目についた。何か、肝心な人物が抜けている気がする。
「理事長先生がいらっしゃらないんです」
 優奈の背中に向けて、魅夜が不思議そうに呟いた。
「あ、こんにちは。そうなんです、理事長がいないんですよ」
「まったく、人を呼び出しておいていないなんてどういうことなのかしらね」
 ポニーテールの女性、天野明美が困ったように言うと、不ぞろいな髪をかきあげながら大城あおいが言い募る。どうしたものかと思ったその時、ガサリと理事長の豪華な机の方から音がした。
「何?」
 そこに集まった7人の視線が、一様に机に向けられる。

   ガタ、ガタガタッ。

「えいっ☆」
 高まりかけた緊張を、臼でひいて日本海流へざんぶらこと流してしまう声が降ってきた。  上から。
「じゃんっ、みねみねだよぉ☆ びっくりした?」
「げ、龍造寺美猫っ」
 あからさまに望が嫌悪の表情を見せる。どうせ見せたところでこの娘には通用しない。みずから「みねみね」と名乗るこの少女、天神学園中等部の生徒にして、理事長の孫娘、さらにはゲートマスターの能力も持ち合わせているという人物で、自然、何度か会う機会……いや、災難に見舞われている。
 無邪気という武器を振り回すこの少女は、意図的に混乱を招こうとする根府川よりも性質が悪い。優奈の場合、すでにまともな会話をすることを放棄している。だから、なぜ上から、という疑問も口にするのはやめた。どうせ、理解できる返事はないのだ。
「あ、あの……みねみね? 理事長先生は……」
 果敢にもクリスが質問を投げかける。そう、理事長さえいれば美猫がここにいる理由はないはずなのだ。だが、それは同時に、理事長がここにいられないから美猫がここにいるのだということになる。
「おじいちゃん? んー、みねみねよくわかんなーい」
「いいわよ、別に。仕事なんでしょ? 早く行きましょ」
 あおいがソファから立ち上がって言った。平行世界に送り出してくれるのならば、ゲートマスターが誰であろうと関係ない。ここで無駄な問答をしているよりは、早く行くべきだ。
 言うことはもっともなので、一同はうなずいた。危機にさらされている平行世界があることは事実なのだ。促された美猫が「みにょにょ〜ん」と自前で擬音語を発して、ゲートを開く。白い光が、7人の体を包んだ。浮揚感と同時に、体が組替えられていく、もう一度この世に生まれてくるような感覚が広がり……。

 遠のきゆく世界から、声がした。
「あ、これおじいちゃんから預かってたんだー。うーん、ま、いっかぁ☆」


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