コクーン・アドベンチャー≫第2話 天上無上の協奏曲≫5

 
「た・い・へ・ん・なんですぅ〜!」
 リュートで激しい衝撃をメロディにしながら扉を開け放すという器用な真似をし
ながら、サアラが部屋に飛び込んできた。まるで芝居の一場面のようだ。容姿も声
もなかなか舞台栄えしそうだし。本人はそれどころではないんだけど。
 一夜が明けて、「そう言えばぁ、薬がいつできる〜のか〜、聞いていませんでし
たね〜。」と朝食後に一人ハリエットの家にやけに楽しそうに出かけていったのだ
が。どうしたことやら。
「うっるさいわねえ。人の部屋にいきなり入ってくるんじゃないわよ。」
「だからぁ、大変なんですぅ〜。」
「人の話も聞けないの? バカばっかり。」
 「ばっかり」って今目の前には一人しかいないんですけど。ともかくいきなり部
屋に乱入されて不機嫌なのは確かだった。が、半ば錯乱状態に陥っているサアラに
は関係ない。
「と・に・か・く〜、大変なんですってばぁ〜!」
「姐さん? どうかしましたか?」
「もうちょっと寝かせてくれよ。オレ昨日遅かったんだから。」
「それは自業自得と言うのでは?」
「ジゴウジトクって何だ?」
 騒ぎにつられて男どもがわやわやとテルルの部屋にやってきた。泣きつくように
サアラの歌が響く。
「聞いて〜くださいぃ! 大変〜なんですぅ〜。」
 じゃらららん、とリュートが高らかに鳴り響く。テルルはこめかみを指で押さえ
た。
「あああ、もう! あんた、さっきから大変、大変って一体何が大変なのよ! 全
然話が見えないじゃない。バカばっかりで嫌になるわ!」
 大爆発。目つきがかなり据わっている。まどろっこしいサアラのしゃべりに対し
て、だけではない。結局話を聞かざるを得ない状況に対しても腹を立てていた。こ
の場合、さらに仕事が増えるのは火を見るよりも明らかだったりするから、もう。
(絶対に割増料金をぶんどらなくちゃね。)
「で、何があったんですか?」
 危険な目をしたテルルに代わってエドが尋ねなおした。やわらかい口調で話しか
けられて、ようやくサアラはまともな思考を取り戻した。こくりと一つうなずいて
から口を開く。
「ハリエットさんが〜、いらっしゃらないんですぅ。」
「買い物じゃない?」
「家財道具を持ってですか〜?」
 サアラの返答に、一同顔を見合わせる。嘆息と共に、最初に言葉を漏らしたのは
テルル。
「なるほど……。」
「つまり、君は留守宅に無断侵入したと。」
「それはいけません。すぐに懺悔しましょう。」
「そうじゃあ〜、ないでしょう〜?」
 至極真面目に言い渡したエドを見て、サアラは情けない声をあげた。リュートの
音も「ぼよん」と、間抜けた音になる。
「あら、事実でしょう?」
「それは〜そうなんですけれどぉ。」
「懺悔です、サアラさん。」
「だからぁ〜。」
 押し問答を始めた二人を横目に、テルルは壁に立てかけてあった杖をとった。
「あれ、姐さん。行くんですか?」
 シュウが意外そうな声をあげた。この人なら、既に終えた仕事の依頼主くらいさ
っさと無視すると思っていたのに。少なくとも義理人情で動く人ではあるまい。は
て、とわずかに目を見張ったシュウに対し、テルルはフンと鼻を鳴らした。
「どういうつもりだか知らないけど、このあたしの苦労を踏みにじるなんてふざけ
た真似をしてくれる奴には『お勉強』が必要でしょう?」
「はあ、つまり見つけ出して叩きのめす、と。でも姐さん、そんな『苦労』なんて
しましたっけ?」
「…………あんた、やっぱりナニーボールの肥やしになってるほうがよかった?」
 杖の先をぴたりとシュウの鼻先に突きつけてみせる。だらだらと汗をたらしなが
ら首を左右にぶん回すシュウ。テルルはその額に軽く突きを入れると杖を引っ込め
た。この杖、真音魔術師としての証しであり、魔術師にはなくてはならないものだ
というのに、その扱いが異様に軽いと思うのは気のせいだろうか。
「解ったなら良いわ。さ、とりあえずハリエットの家に行ってみようじゃないの。」
「それはそれとして、アングラットなり何なり、『足』を確保しといたほうが良い
ぜ。」
 レビンがあくびをかみ殺しながら提案した。出鼻をくじかれた形になって、テル
ルはいささか不満げだ。瞳で理由を問う。
「ゆうべアングラットが荷車引いて全力疾走していったからな。あれがハリエット
の可能性は高いだろう。」
「なんですってぇ! あんた、そういうことは早く言いなさいよ。」
「口はさむ暇なかっただろうが。ともかく、そういうことだから二手に分かれよう
ぜ。」
「そうね、時間がもったいないわ。それじゃあ……。」
 話し合い、というよりはテルルの一方的な決断によってエドとサアラが乗り物を
手配することになった。残りのメンバーでハリエットの家に向かう。
 昨日来た時と何も変わらない、石と土壁で出来たごく普通の小さな家だ。扉は開
いている。ハリエット自身が鍵をかけ忘れたのか、サアラが開けたのか定かではな
いが、今はどちらでもいい。ハリエットがなぜ、そしてどこへ消えたのかを知る手
がかりが必要なのだ。
 レビンが扉を開くと、煙やキノコや、とにかくいろんなものが混じったような匂
いがした。それからなんとなく覚えのある他の匂い。薄暗い部屋を見渡せば、かま
どに小さな金属製の炉、本棚などが目に付いた。テーブルの上には、皿にのった何
かの燃えかすやら乳鉢やらが散乱している。
「これだから錬金術師の家ってのは……。」
 テルルが顔をしかめた。
「あたし、こんなところに長居したくないわね。シュウ、あとよろしく。あたしは
近所に聞き込みでもしてくるわ。」
「あ、はあ。」
「お姉さま、オレは?」
 自分の顔を指差しながらきょとんとするウォルフィ。だが、戦い以外の場面で彼
に何を期待すればいいのだろう。
「好きにしなさい。」
 そう言い捨ててさっさと出て行ってしまった。
「じゃ、オレは外側見てくるわ。」
 レビンもそう言って外へ出る。
「…………こいつと、二人ですかぁ〜……。」
 シュウは、不安と不満を丸出しにして傍らのシェレラを見上げた。探索に最も向
かないキャラクターを任されても、どうしろというのだ。がっくりと肩を落とす。
「オレ、どうする? 何か手伝うことあるか?」
 にこにこにこにこ。
「いや、あっしは本とか日記とかを調べたいんですけど……。」
「そうか! 本を調べるんだな!」
 文字が読めないんですよねえ、という台詞をシュウが口にする前にウォルフィは
張り切って本棚に向かってしまった。止める間もなく適当な本を抜き出す。無造作
な動き。普通に本を棚から取り出したよ
うに見えた。だから、シュウは気がつかなかった。
 ぐらり。
「へ?」
 本はかなりぎっしり納められていたのだ。普通の人間ならなかなか取り出せなく
て苦労しただろう。だが、ウォルフィのバカ力は並ではない。何の抵抗もないかの
ように本を抜き出してしまった。否、完全に抜き出す前に棚ごと揺れた。本棚は巨
大なキノコを乾燥させた板でできている。軽いのだ。
 どさどさどさぁっ! 本が頭の上から降ってきた。ウォルフィが本を持っていな
い三本の腕で支えたおかげで棚までは倒れずにすんだが、はっきり言ってかなり痛
い。
「おまえ、大丈夫か?」
「……んなわけないだろうが。そもそもなんでおまえはそんなに平然としているん
だよ、この脳みそ筋肉シェレラ。」
 頭をさすりながら口の中で不満を並べ立てる。本人に面と向かって言えない辺り、
小心者と言うか卑屈と言うか。が、ウォルフィはテルルと違ってその愚痴を耳ざと
く聞きとがめたりしない。再びにこにこと笑いながら手にした本を掲げて見せた。
「さ、調べるぞ♪」
「…………へいへい。」
 げっそりした顔つきでシュウは頭の上に載っている本に手を伸ばした。そのまま
脇へ投げ出そうとして、タイトルが目に付いた。『逆引き霊薬材料事典』「今お手
持ちの材料からどんなエリクサが作れるのか一発で解る! 詳細な図解入り」きっ
ちり宣伝文句も入っている。当然のようにカスフォール帝国語だ。シュウはそれを
ぱらぱらとめくった。
「ええと……ナ、ナ、……ナニーボール、と。」
 開いたページにはしおりが挟んであった。
「これは……当たりかもしれませんねぇ。」
「当たり? 何があたったんだ?」
 くじ引きじゃないって。見つかった経緯はいささか不満だが、シュウは興味深そ
うに文章を目で追っていった。さらにページを繰っているところへレビンが戻って
くる。確かにアングラットを飼っていた形跡があったらしい。
「キュルキュキュルキュキュキュリキュルラ(おお、かぐわしく麗しいキノコの精
霊様。なんと素晴らしいお姿。知性があふれていらっしゃる。どうかその知恵を少
しばかり貸していただけませんか。いやお手間は取らせませんから。この辺りにア
ングラットがいませんでしたか? そいつときたらあなたのすごさをまったく理解
していないのでちょっと説教に行きたいと思いましてね。どうです、ご存知ありま
せんか?)」
『ん? あーあぁ、あの四つ足の大きな生き物? さっきまであたいが生えてるこ
の小屋の中にいたかなあ。そう言えば今いないね。』
 というわけである。ちなみに精霊の『さっき』は人間の時間感覚とは大きく異な
る。昨日のことか、一年前のことか。その精霊の感じ方次第である。問題の小屋を
覗いてみればまだ新しいフンが転がっていたので、まあ、昨夜の奴で間違いないだ
ろう。
「で、そっちはどうだったんだ?」
「『当たり』だぞ♪」
「ええ、これにちょっと面白いことが……。」
「ふぅん、どれどれ?」
 シュウがナニーボールの絵が描かれた頁を見せながら説明しようとしたところへ、
すらりとした指が伸びてきて事典を取り上げた。いつのまにか戻っていたテルルで
ある。まるで計ったようなタイミングだ。どうあってもシュウに活躍の場面を与え
ないつもりだろうか。
 読み進めていくうちに、テルルの表情が苦いものに変わっていった。ぎりぎりと
眉がつりあがる。
「このあたしが……知らな、かった……ですってぇ?」
「どうでもいいから、オレにも説明してくれよ。」
 文字を読めないレビンはさっぱり話が見えない。何かテルルが一人で自尊心を傷
つけられているようだが。
「どうやらナニーボールというのはですねえ、さまざまなエリクサの材料であると
同時に麻薬にもなるらしいんですよ。」
 取り上げられた『逆引き霊薬材料事典』を見上げながらシュウが解説した。
「ふうん。で、奴がヤクをやってたって言うのか?」
「そうだと思いますよ。そこの……なんかもうぐちゃぐちゃですけど、皿の上の燃
えさし、ナニーボールを加工したものだと。」
 昨日、遠い意識の下でかいだ匂いに似ているから。目が覚めたとき周りにあった
のは黒くくすぶっているナニーボール。……解っている、姐さんはそういうパター
ンの人だ。
「つーことは、奴は麻薬中毒でナニーボール欲しさにサアラちゃんを騙したってこ
とか?」
「それではぁ〜、私の目は〜治らないので〜す〜か〜!?」
 じゃかじゃあぁぁん。衝撃のメロディ再び。
「なんか、面白いように皆さん順番にやってきますね。」
 そこのへなちょこルーフウォーカー、余計なつっこみをするんじゃない。
「ちょうど今、早足ラットの長距離宅配便が来ていまして、荷台に乗せてくださる
そうです。もういいようでしたら急いで村の入り口まで来てください。」
 サアラの後ろからエドがせかした。
「ちょっと待った。オレが昨日見たのがハリエットだろうってのはいい。それでも
方向は解るけど、どこに行ったかが解ってないぞ。」
「だからってここでもたもたしていても意味がないでしょ。今ならまだ足跡とかわ
だちとか残ってるわよ。そういうのが解る奴、いないの?」
 パタン、と本を閉じて低い声で言う。ようやく復活、というにはかなり怖い目つ
きのテルルである。傷つけられたプライドはまだ修復されていないようだ。ハリエ
ットをぶちのめすことで修復しようと思っているのかもしれない。
「あー、そういう仕事はシルヴァンだな。」
 言うなりレビンはエドの頭を思い切り殴った。ごすっ。………………。
「てめぇ、いきなり何しやがる! っと、何だここ。」
 後頭部をさすりながら跳ね起きた銀髪の男。レビンにつかみかかろうとして、ふ
っと辺りを見回す。また見覚えのない場所に来ているが……。考えていたら、首根
っこをつかまれた。
「ほい、準備完了。じゃ行くか。」
「レビン! てめ、そんなとこつかむな。何なんだよ、説明しやがれ。」
 ずるずる。
「フフフ。待ってなさい。目にもの見せてやるわ。」
「……それって悪者の台詞ですよ、姐さん。」
 

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