コクーン・アドベンチャー≫第2話 天上無上の協奏曲≫6


 早いぞ早い。さすが早足ラット。徒歩はもちろん、アングラットも目じゃないぜ。
荷台とはいえただで乗せてくれるなんて、なんていい人なんだ、宅配のおじさん。
そんなわけで昼前にはその場所についた。
「あっち……『柱』に続いてるわね。」
 荷車が通るのはギリギリという枝道が現れた。その方向を目で追うと、クリュオ
の『天井』と『床』をつなぐ『柱』がそびえたっているのが見えた。荷台から下り
て辺りを見渡す。
「ハリエットはルーフウォーカーなんだから『天井』へ逃げようとしているって可
能性は大よね。」
「『床』の人間がルーフウォーカーの町に来ることなんてまずないですからねえ。」
 あとはアングラットと荷車の跡がついていれば完璧。テルルはちらりとシルヴァ
ンを見た。
「……なんだよ。」
「だから、あんたが荷車の跡を追うのよ。それくらい理解しなさいよ。」
「…………オレ、そんな知識持ってねえよ。」
 間。
「はあぁっ!?」
 誰よりも大きな声をあげたのはレビンだった。それはそうだ。もともと彼がシル
ヴァンなら出来ると言ったのだから。
「おいおい、冗談はよせよ。おまえ、盗賊だろ? 足跡一つ追いかける技術がない
ってどういうことだよ。」
「うるせーな。オレは遺跡荒らしが専門なんだよ。足跡見る必要なんてないだろう
が。」
「それにしても盗賊なら基本だろ?」
 まったくだ。遺跡だって既に入った奴がいないかどうか調べるにはそういう知識
も必要だろうに。だがしかし、ないものはないのである。
「どーすんだよ……。」
「あの〜ぅ。ボクは一応〜勉強しましたので〜……。」
 おずおずとサアラがリュートを弾いた。周りの視線がいっせいに彼女に向く。
「そういうことは早く言えー!」
「さっさと調べなさい!」
 もはや雇用関係なんてどこ吹く風。たきつけられてサアラは道にしゃがみ込んだ。
「ええぇとぉ……。大きな動物の〜足跡ぉ、たぶん〜アングラットでぇ間違い〜な
いでしょうね〜。新しいみたいですしぃ〜。」
「決まりね。行くわよ!」
「おう! おっちゃん、またな♪」
 様子を見ていた宅配のおじさんは笑顔でうなずくとラットを走らせて去っていっ
た。それを見送りもせず――いやウォルフィだけは四本の腕を全部振りながら遠く
に去っていく早足ラットを見ていたが――足早に枝道を歩き出した。
 『柱』までは思ったよりも近かった。根元の部分が洞窟のようになっている。
『柱』の外側に階段らしきものが見えないところからして、この洞窟の内部に『天
井』に行く階段なり魔法装置なりがあるのだろう。脇に荷車が乗り捨ててあった。
アングラットは既にいない。その入り口目指して、テルルはずんずか入っていった。
何か殺気立っている。他の面子も雰囲気に飲まれたように続いていく。
 ずんずんずかずか。中は既に魔法の明かりが灯されていて明るかった。入ってす
ぐに分かれ道になっていて右手は上へ行く階段、左手は緩やかなカーブを描いた下
り坂。突き当たりは見えない。その坂の下から、シュウには特に覚えのある、いぶ
したような匂いがしていた。
「こっちね。」
 低い声でテルルが言う。ずんずんずかずか。状況が飲み込めていないシルヴァン
が後ろの方で小さく疑問を口にした。
「なんであんなに殺気立ってるんだ?」
「自分の知識に欠陥があったのが許せないらしいですよ。」
 すぐ前を歩いていたシュウが同じく小声で答える。
「……この先にいるやつを倒すことと関係あるのか、それ?」
「その知識がハリエットのところで解ったことですからねえ。」
「八つ当たりじゃねえか……。」
 あほらしい、といった表情を見せるシルヴァン。後ろにいたレビンが肩をすくめ
た。
「ま、奴が詐欺を働いたのは事実なんだから、いいんじゃねえの? 殴りに行って
も。」
『だわだわ。そんな悪い奴はぎったぎたにしてやるのが良いんだわ。悪人を退治す
るのはいいことなんだわ。』
 戦いが控えていると知って大喜びのヴァルキリエ。
 そして。
 がんっ! 突き当たりに作りつけてあった扉を、テルルは壊さんばかりの勢いで
開け放った。
「見・つ・け・た・わ・よ。このあたしをたばかろうとは言語道断! 暗黒神ダラ
ディスが許したってあたしが許さないわよ。奈落(アビス)の底のさらに裏まで叩
き落してあげるわ!」
 そんなところまで落としたら、世界(ファイブリア)を支えている創造神の前に
でてしまうぞ。一介のルーフウォーカーであるテルルは知る由もないが。
「ぬ、貴様ら……なぜここが……。」
「ふはははは。おまえの浅はかなたくらみなど既に露見しているのだ。覚悟するん
だな。」
『覚悟するだわ! さあレビンと剣を合わせてばっさりとやられちゃうんだわ〜!』
「ハリエットさぁん。お薬作ってくださると言うのは〜嘘だったのですかぁ!? 
ボクの目を〜治してくださるんじゃあぁ、なかったんですか〜!」
「うわ、薬くせぇなあ。換気口増やしたほうがいいんじゃねぇか?」
「戦うのか? オレ、強いぞ。」
「早いとこ降伏したほうが良いですよ。姐さん、本気で殺そうとしますから。」
 だからおまえら、まとまりなさすぎだって。
「フン、残念だったな。錬金術なんぞ、とうの昔に止めてしまったわ。」
 こいつも微妙に脈絡ないな。麻薬中毒患者だしな。
「かかってくるのか? 今はすこぶる気分がいい。貴様らなんぞひねりつぶしてく
れるわ。……ガヴァス!」
 ハリエットは指先でつまめるほどの白いかたまりを地面に放り投げると真音を唱
えた。かたまりは見る見る大きくなり、腕が生え足が生え、寸胴な人間のような形
になっていった。
「竜脂兵!」
 テルルが一瞬、怒りも忘れたかのような声をあげた。ある種の竜の汗を四十九日
間煮詰めた竜脂を使ったゴーレム。竜脂の入手も困難ならば、竜脂兵の威力も侮れ
ない。驚嘆に値するものだ。
「でもねぇ。」
 おちぶれた錬金術師ごときがそんなもの出したから驚いただけで、別に慌てるよ
うなものでもなんでもなかった。
「弱点知ってるもの。」
「……え?」
 つうっと、ハリエットの額に一筋の汗が流れた。
「ディエル・ファーナ(ちょっとそこの地面! あんたよ、あんた。何おとなしく
してるのよ。ここは火を吹く山よ。暑いのよ。あたしは高く吹き上げる火柱を見に
きたの。だからここには炎が吹き上げてないといけないの。解ったらつべこべ言わ
ずにさっさとしなさい!)」
 まだ完全に動けていない竜脂兵の足元から炎が嵐のごとく舞い上がった。
『ギャアウゥゥッ!』
 脂だもん、火に弱いに決まってるじゃん。
「でもって、ヴァルダ(あーあ、体を動かすのって疲れるわよねえ。竜脂兵の体だ
ってそう思うでしょう? 心の命令なんて無視しちゃいなさいって。え、熱い? 
気・の・せ・い。いいからもう動くのはやめなさい!)」
 魔法のたたみかけはバッチリ効いていた。竜脂兵は炎から逃れようとするが足が
何かにつかまれたかのように動かない。ほとんど火だるまと化している。傍観者と
なり果てたシルヴァンが、ちらりと腰に結わえた鞭に目を落として呟いた。
「前回と同じパターンじゃねえか。」
 そうかもしれない。でも実際有効な戦法といえる。
「くっそ……。」
 彼にとって奥の手だった竜脂兵が使い物にならなくなって、ハリエットは明らか
に動揺した。前衛のいない魔法使いなんて、恐ろしさは半減だ。よほど熟練した使
い手でなければ魔法を使うには精神の集中を必要とする。前衛がいなければ集中し
ている間に攻撃されてしまう。
 というか、この男には集中の暇すら与えられなかった。
「キュキュキュルルルリラキュ(おや、眠気の精霊さんじゃありませんか。ご機嫌
いかがですか? 眠い? ああ、そうですよね。失礼しました。どうぞお休みにな
ってください。ええ、すぐに静かにしますから。あなたの美しい寝顔を一目見せて
くださいよ。)」
 あら、そう? それじゃおやすみなさい。眠気の精霊はあっという間に宿主ごと
睡眠に入った。ハリエットの体に宿る眠気の精霊をようやく見いだしたレビンが魔
法を使ったのだ。
『さすがだわ、レビン。でもどうせなら剣を振るってほしかったんだわ。』
「ああーっ! オレの戦う相手がいないぞ!」
 戦乙女の精霊と似たような感想を漏らすウォルフィ。おもちゃを取られた子供の
ようだ。
「じゃあ、まだ竜脂兵が生きていますからあれを斬ってきたらどうですか?」
 あきれた声でシュウが言い、親切にも魔術でバスタードソードに炎をまとわせて
やる。
「おお、剣が燃えてるぞ! 大丈夫か?」
「……大丈夫だって。かけない方がよかったですかね。」
 舌打ちするシュウをよそにウォルフィは嬉しそうに火だるまに向かっていった。
「行くぞぉ!」
 ずんばらりん。
 ……………………。
「こいつ手ごたえがなさすぎるぞ!」
 既にかなりのダメージを受けていた竜脂兵は一撃で沈黙してしまった。
「もっと強いやつはいないのか?」
「言っとくけど一対一だったらあんた……。」
 いや、この怪力シェレラだったら勝つかもしれない。そう思ってテルルは途中で
言葉を飲み込んだ。どうでもいいことだ。それよりも……。連続で真音を使った疲
労はあるが、動けないほどではない。テルルはゆっくりと地面に倒れ伏した男に近
づいた。
「フフフ。さぁて、お仕置きの時間といきましょうかねえ。」
「あ、姐さん!? 相手はもう眠ってますけど。」
「関係ないわね。何なら起こしてからでも良いわよ。……その方が面白そうね。ふ
ふふふ。」
「……まいっか。別にあっしがやられるわけじゃないし。」
「そういう問題か、おまえにとっては。」
「人殺しはぁ〜まずいですよ〜。」
 止めているようで実は止めていない。痛めつけるのはかまわないのだろうか。ま
あ騙された本人だしな。流れ者を雇うために金まで払っている。そりゃあ怒り心頭
と言うものだろう。
 かくして哀れな麻薬中毒患者はテルルが飽きるまで杖で殴り飛ばされたのだった。
村に戻ったあとで引き渡されたフォレス信者は彼の顔を検分するのに苦労したとい
う。

 

「はあぁ、結局ぅ〜私の目は治らないんですね〜。」
 宿屋に戻ってきた夜。本日のお勧めメニューを前にしてため息混じりに切ないメ
ロディを奏でるサアラ。
「ま、薬なんてあてにしないことね。」
 スープを匙ですくいながらテルルが言った。ストレスも発散したし、詐欺師を捕
まえた礼金も手に入れたし、夕食も何気にサアラにおごらせたしわりと機嫌はよさ
そうだ。
「皆さん、よろしければぁ〜もうしばらくボクに〜つきあってくれませんかぁ?」
「治療方法を探したいって?」
「はい〜。」
「オレは反対だぜ。」
「あら、あたしはかまわないわよ。」
 シルヴァンを見つめたままテルルは口の端を持ち上げた。
「足跡一つたどれない誰かさんよりはよっぽど役に立ちそうだし?」
「てんめぇ!」
「怒るってことは自分でも気にしてるんですね。」
「うるせーぞ!」
「けんかはぁ〜よくないで〜す〜よぉ〜!」
「お、こっちのソテーうまいぞ♪」
「ねえねえ、彼女かわいいね。一杯どう?」
 流れ者の夜はこうしてにぎやかにふけていく。……だぁかぁら、おまえらパーテ
ィーのくせにまとまりなさすぎだって。
 
                              END
 

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