コクーン・アドベンチャー≫第2話 天上無上の協奏曲≫4


「……あ、あの〜ぅ。」
 帰ろう、とすっぱりと言い切ったレビンに、サアラがおずおずとある一点を指差
した。全員で振り向くと…………杖を握った手が地面から生えていた。数体のナニ
ーボールがその上で軽く飛び跳ねて土を踏み固めている。
「なんだ、あれ?」
「さっきぃ、あなたが〜よけたナニーボールに頭をぶつけた方ですぅ。」
「あれ、あいついなかったんだ。」
「そういえばそんなこともあったわね。」

 自分に責任があるとはかけらほども思っていないレビンと既に過去の出来事にし
ているテルル。しれっとした顔をしている。
「大体なんで埋まってるんだ、こいつ?」
「ナニーボールが肥やしにするつもりなのよ。」
「おや、それはすごいですね。」
「そうだな、すごいなっ。」
「…………助けなくて〜、いいんですかぁ?」
 異様な冷静さで会話を進めるテルルに、サアラがこめかみに汗をかく。このまま
では肥料にされる前に確実に窒息死するのではなかろうか。さすがに目の前で人に
死なれるのは勘弁してほしい。
「そうねぇ。」
 こんなアホな場面で下僕を失うこともないか。軽く杖を握る手に力をこめる。
「まったく、手間のかかる奴だわ。ダヌ・デ・フォー!(ああ、もう。本当に熱い
ったらありゃしないわね。それもこれも、こんなところに火の玉が浮いてるからだ
わ! でなければこんなに熱いはずないもの。それにしても炎なら炎らしく威勢良
くはじけ飛んでくれないとだめよね。あたしがそう決めた以上これは常識。さあ、
あっちで存分にはじけてきなさい!)」
 空中に生み出された火の玉はごうっとうなって飛び跳ねるナニーボールの一体に
直撃した。その瞬間、爆音と共に炎が膨れ上がる。弾き飛ばされ、焼け焦げ、転が
っていくナニーボールたち。
「水分が多いわね。燃えがいまいち。」
 どうせなら消し炭になってくれたら気分も爽快なのに。ちょっと不服そうに杖を
トンと地面に立てた。そんな威力があったらそれこそシュウがあの世行きなのだが。
 爆風のせいで土がはがれ、シュウを掘り出す手間ははぶけていた。しかし、気絶
させられるわ鼻血は出てるわ体中火傷だらけだわ、かなり悲惨な状態だ。放ってお
けばマジで死ぬかも。
「ま〜あぁ、大変。早く治療しないと〜。」
「治療? 誰が?」
 冷静と冷酷の違いってなんだろう。その内容は確かに現状を捉えたものではある
けれど。医術の心得のある奴なんて、この場にいただろうか。
「応急手当くらいなら〜、ボクがぁ一応出来ますので〜。」
 そう言うといったんリュートを置いてかばんの中をまさぐる。その手をエドがさ
えぎった。
「ああ、包帯じゃあ間に合わないでしょう。ボクがやりますよ。」
「え?」
「これでもライリー神の加護で神聖魔法が使えますので。」
 そう言うとエドは胸の前で両手を組んで呪文を唱え始めた。神と交信するための
特殊な言語である神聖語。文法構造がクリュオ語とは大きく異なるため習得は難し
い。しかしまあ、その意味が解らなくても呪文と効果が解っていれば使用に大きな
問題はない。実際、神聖魔法が使える者のうち、その内容を把握している者はあま
りいない。ほとんどの神官たちはひたすら呪文を暗記しているだけである。エドも
その一員だ。
 神の力を借りて奇跡を起こす神聖魔法。そのための神聖語。文法構造をちょっと
無視して訳してみよう。
「(偉大なる戦の神ライリー、勝利をもたらすものよ。願わくは、戦場にて傷つき
たる者に癒しを与えられんことを。力強き汝の御手を差し伸べられんことを。……
できない訳ありませんよね。戦場ですよ? 勝利の神であるあなたの信者がいるの
にその仲間が死んだりしたら大変ですよね。信者が減っちゃうでしょうね。そうし
たら……どうなるんだろうなぁ。)」
 にこにことこう言うわけだ、エドは。どう考えても脅迫ですな。神聖魔法、ねえ。
神は自身を信仰してくれる者によって力を得ている。信者が減ればそれだけ力も弱
くなる。そうすると戦神だろうがなんだろうがある程度信者のご機嫌取りは必要な
のだ。神様もつらい。
 はたして、エドの本人はそれと気づいていない脅迫は見事ライリーに通じた。柔
らかな光がエドの掌から放たれ、シュウの体を包み込んだ。光はゆっくりと皮膚に
染み込むように消えていく。
「おお! 傷が消えたぞ。すごいな!!」
「ふう、うまくいきましたね。これでとりあえずは大丈夫でしょう。」
「そう。ならこのバカ早く起こして帰りましょう。のんびりしてると暗くなるわ。」
 怪我人に対する配慮とか気遣いという言葉はテルルの語彙には、少なくともシュ
ウに対してはない。彼が今までどうして生きてこられたのかはなはだ疑問である。
 そしてどうやって起こすかというと当然のごとく杖の先でこづくのである。
「う、うう……。」
「目ェ覚めた? 帰るわよ。」
「へ? あの……?」
 寝ぼけ眼をこすりながらシュウが戸惑いの声をあげる。状況がまだ把握できてい
ない。が、そこで説明してくれるような親切な人はいない。
「まったく役立たずね。感謝しなさいよ、わざわざ助けてやったんだから。」
「殺しかけてたけどな。」
『仕方ないんだわ。戦いに犠牲はつきものなんだわ。でも大丈夫、レビンが仇をと
ってくれるんだわ。』
 死んでないって。
「すごかったんだぞ! ぱぁーって光って、さぁーって消えたら、すうぅーってお
まえの傷が治ったんだ!」
 ぽかんとしているシュウにウォルフィが楽しげに詰め寄った。身振り手振りを交
えて、初めて見た魔法の興奮を伝えようとしている。四本の腕がせわしなく動くが、
右上の手にはナニーボールの串刺しが握られている。それをぶんぶん振り回すもの
だから……。
 がっつん!
「はうっ!」
 ぱったり。
「……あれ?」
「………………え〜とぉ……。」
「バカ?」
「バカだろう。」
「もう一度魔法をかけないといけないでしょうか?」
 疲れきった表情の一同の前に、不幸な男が一人、目を回していた。
 結局、再びエドが魔法を使って意識を回復させ、村に戻った頃にはあたりはすっ
かり暗くなっているのだった。


「あーあ、誰かさんのせいで疲れちゃったわ。もうご飯時じゃないの。ねえ?」
 聞こえよがしにため息をつくテルル。
「そうですね。早くハリエットさんにこれを届けて夕食にしたいですね。」
「別に全員で届けに行く必要ってないわよね。」
 真っ正直な意見を述べるエドに対して、やりにくそうにテルルが反論する。要す
るに早いとこ宿に戻りたいのだ。それに自分は人を動かす立場であって動かされる
人間ではない(と本人は思っている)。
些細なことで軽々しく動きたくないのだ。
 だが、まあ
「でもぉ、ハリエットさんのお宅は〜すぐそこですし〜、宿に戻る途中ですからぁ
……。」
と言われてしまえば、無理に素通りする訳にもいくまい。
「わぁかったわよ。じゃ、とっとと案内しなさいよね。」
 とても依頼主に対する態度とは思えぬ口調である。サアラは心が広いのかボケて
いるだけなのか、かすかな笑みを浮かべたまま先頭に立った。弾むような足取りで
歩きながらリュートを鳴らす。
 

  丸いものなあに? 緑のものなあに?
  キノコの森に生えている 不思議な不思議な植物よ〜
  それはとってもすばらしい 薬のもとになるってさ
  なくした光を取り戻せ
  ナニーボールで取り戻せ
 

 突然、底抜けに陽気なメロディで歌いだす。要するに、嬉しくて仕方がないらし
い。とうとう目が治るのだ。無理もなかろう。なぜかつられてウォルフィが踊りだ
す。小さいながらもにぎやかな通りを、楽器を奏でながら歌う麗人とその周りを飛
び跳ねるように踊るシェレラ。どう考えても大道芸。気が付くと一シェル貨が数枚
投げかけられてるし。
「きゃー、お兄さん素敵ぃー! うちのお店に飲みに来てぇ。」
「バカ言えよ、ありゃ姉ちゃんだろ。しかしシェレラの踊りってはじめて見たな。」
「えぇー、男の人でしょう?」
「ああ、お嬢さん。残念ながらあれは『彼女』です。しかしオレにとってはそれは
幸運だったな。君のような魅力的な人を取られずにすんだのだから。」
 女が振り向けば、赤い髪の色男が立っていた。もちろんレビンである。すばやい。
今、短距離走をやったら優勝していたに違いない。そして口説きおとすスピードも
早かった。
「じゃあ、今晩必ず遊びに行くから。」
「うふふ、ありがとう。いちばん良いお酒をとって待ってるわ。」
 まんざらでもない顔で投げキスをよこす。ま、営業かけただけかもしれないけれ
ど。ちなみに残りの連中はというと、極力サアラとウォルフィから離れてあとをつ
いていっている。もちろん、投げられた小銭は拾っていく。いや、シュウに拾わせ
ているといったほうが正しいか?
「地面に落ちたものを拾うなんてことをこのあたしにさせる気?」
「しかしボクはコヒ=アの信者ではありませんが、お金を粗末にしてはいけません
よ。」
 コヒ=アというのは幸運の神であり、その性格上よく商売人に信仰されている。
「当然よ。というわけだから拾っておきなさいね。」
「何が『というわけ』なんですかぁ。」
 ありきたりなぼやきを泣きそうな声で言いながら結局こき使われるのであった。
彼の未来に明るい光のさす日は来るのだろうか。……考えないほうが彼の平安のた
めかもしれない。
 そうして疲れているはずなのに無駄に時間と体力を消耗することわずか、一行は
小さな家の前にたどり着いていた。
「ここがぁ〜、ハリエットさんの〜お宅でぇす。」
 サアラは言いながら石の扉についているノッカーを三回鳴らした。ほぼ同時に内
側から扉が細く開けられた。中から灰色の服を着た中年男が顔だけを覗かせる。う
っすらとした煙と鼻に残る焦げたような臭い。臭いは服にまで染み込んでいるよう
であった。テルルが鼻にしわを寄せる。
「何だ、おまえら。やかましいぞ。」
「こんばんはぁ、ハリエットさん。ナニーボールを〜、持ってきたんですぅ。」
 ここへ来るまでの騒ぎのせいだろう。しかめつらしい顔をした男に対して、どこ
までも幸せそうにサアラが微笑む。ハリエットの瞳がぎらりと光った。
「どれ。見せてみな。」
「ウォルフィさん〜、ナニーボールをお渡しくださ〜い。」
「うん? これか?」
 軽々とナニーボール三体串刺しのバスタードソードを掲げる。しかもまだナニー
ボールは白い足をじたばたと動かしていたりして、その光景の奇妙なことこの上な
い。
「……何なんだ、一体。」
 うめくようにハリエットはそれだけ言った。
「何ってぇ、ナニーボールですけどぉ〜?」
「あ、実は間違ってたりしたんですか?」
「シュウ、あんた……このあたしが間違いを犯したとでも言いたいの……?」
「え、いや、だって、まあ、その……。」
 紫水晶の瞳が、それだけで武器になりそうなほど強烈な光を宿す。しどろもどろ
に言い訳を開始するシュウに、容赦なく魔法の一撃でも加えようとしたが。
「いや、そーゆー意味ではなくてな?」
 あきれたとしかいいようのない声でハリエットが口をはさんだ。眉間にしわを寄
せて、小刻みに足を踏み鳴らしている。
「何で串刺しかってことがだな……。」
「別にどうだって良いじゃないの、そんなこと。成り行きよ。ぐだぐだ言わずに受
け取りなさい。」
 こっちは早く休みたいんだから。テルルはウォルフィの掲げた両手剣からナニー
ボールをはずして、ぽいと投げつけた。至近距離にもかかわらず、ハリエットはう
まく受け取れずに腕の中でナニーボールを転がした。ずいぶんとぎこちない動きだ。
よっぽど運動していないのだろうか。
「っとと。いきなり何をするんだ。」
「何をするって程のことでもないでしょうが。だらしないわねえ。」
「そうですね、家の中に閉じこもりっぱなしはよくないですよ。多少は体を動かさ
ないといけません。」
「オレは毎日素振りしてるぞ!」
「おまえのはやりすぎだ。もうちょっと場所をわきまえてやれ。」
「まったく。この数日で何度あっしは斬られそうになったことか……。」
「それってあんたがどんくさいだけじゃないの。」
「姐さぁん、それはないですよ〜。」
 脱線しまくりである。
「……だあぁっ! 貴様ら、いい加減にしろ! 用が済んだならとっとと帰れ!」
 もう我慢ならない、と言わんばかりに大声を出すと、ハリエットは勢いよく扉を
閉めてしまった。
「何よ、あれ。失礼しちゃうわね。」
 おまえらのほうがよっぽど失礼だ。今さらという気もするが。
「ともかくこれで用は済んだわけですよね。」
「そうね。早いとこ宿に戻りましょう。」
「あっし、もうはらぺこですよぉ。」
 エドの言葉にうなずいて、テルルたちはそのまま宿へ向かおうとする。
「え、あ、あのぅ〜。えぇっと……ハリエットさぁん。お薬の件、よろしくお願い
いたします〜。」
 一瞬どうしようかと戸惑ったが、扉越しにそう言ってサアラは一行を追いかけた。
その表情は明るい。あとは完成するのを待つだけだ。そうすれば、もう一度両の目
で世界を見ることが出来る……!

 

 深夜。クリュオの夜は真の闇である。この地中世界において昼夜を区別するのは
岩肌にはりついたヒカリゴケのみ。人の手によらずに夜の闇を照らすものは、「輝
きに満ちたる地」より他にはない。はるか最北の地の光がこの南部地方に届くはず
もなく……酒場からもれる明かりがまばらに見えるだけである。
 そのほとんど何も見えない中を、レビンは平然と歩いていた。時折足元がおぼつ
かないのは……酒のせいだろう。精霊使いはどこにどんな精霊がいるか、感じ取る
ことが出来る。物体そのものが見えるわけではないが、土の精霊がいるところをた
どればそこが道というわけだ。
「いやぁー、美人じゃなかったけどなかなかかわいい子だったな。」
『全然かわいくなんかないんだわ。あんなののどこがいいんだわさ。』
 ブリンクがむっとした顔で傍らの剣士を見上げた。頬を膨らませたその表情に、
レビンはふっと笑いかける。
「まあまあ、もちろんブリンクのほうがいい女だぜ。」
『当然だわ。でもってレビンもいい男だわ。戦ってる姿は最高なんだわ。』
 ブロードソードの柄に腰かけるようにして、美麗なる精霊は満足そうに笑んだ。
直後。
 がらがらがらっ!
「うわわっ。」
 進行方向からものすごい勢いで何かが近づいてきた。車輪の音、に聞こえる。と
もかくこのまま挽肉にされる気はないので慌てて道の端に飛びのく。かすかなカン
テラの明かりが目に付いた。巨大ネズミ、アングラットと、それにひかれる荷車の
シルエットが見えた。
「……なんだ、ありゃ?」
 どこかの商人が急ぎの取引でもあったのだろうか。あっという間に闇にまぎれた
荷車を目で追いながら、ぼんやりと考え…………あくびが出た。
「寝よ。」
 

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