コクーン・アドベンチャー≫第2話 天上無上の協奏曲≫2


「ところで、ボクはどうしてこんなところにいるんでしょう?」
 その『女』はサアラ=アーサンディと名乗った。気が付けば昼間なのに宿屋のベ
ッドで寝ていたのだから、そりゃ不思議だろう。
「何言ってるのよ。人の目の前でいきなり倒れといて。仕方がないから親切にもこ
のあたしがここまで連れてきて介抱してやったんじゃないの。」
 いけしゃあしゃあとテルルが答えた。
「はあ……。そうですか、ありがとうございます。」
 何か記憶と違ってる気がするけれど、とりあえず頭を下げる。礼を言ってからサ
アラはハッとして辺りを見渡した。すぐそばに立てかけてあったリュートが目に入
ると、すかさず手にとってじゃらんとかき鳴らす。
「はー。やっぱり、これがないとぉ、落ち着いてしゃべれないんですよねえ。」
「ないほうがまともにしゃべってたじゃねえか。」
 部屋の入り口近くでシルヴァンがぼそりとつっこむ。それはそうかもしれないけ
れど、これが彼女にとっては自然なしゃべり方なんだよ、きっと。
「ところでオレ達に話があったんだろ? 下でメシでも喰いながら聞かせてくれな
いかな。」
 レビンがにこやかに言った。サアラの『正体』がはっきりしたので安心したらし
い。もちろん女であることがはっきりしたからこそ笑顔を作っているのだ。
「あー、よかった。これで男だったらぶん殴ってやるところだったぜ。」
とは、テルルが結果を教えたときに漏らした感想である。
「おい、レビン。話聞くのか?」
 隣でシルヴァンが露骨に顔をしかめる。話を聞いてしまえば依頼を受ける可能性
が高い。こんな変な奴の仕事を引き受けるのは気が進まない。いや、それ以前にリ
ュートの弾き語りでののんびりしたしゃべりを聞かされるのも勘弁してほしい。
「でも、ここで『さよなら』っていうのも結構無責任だと思うぞ?」
「はあ、それはそうですよねえ。何しろここに来ることになった全責任は……げふ
ぅっ。」
「あらぁ、ごめんなさぁい。手がすべっちゃったわぁ。」
 ……えーと。テルルの『手がすべって』杖の先がシュウの脇腹にめりこんだ。い
やあ、ずいぶん豪快にすべったものだ。手どころか腰のひねりまで入ってる。
「ううう、どういう手のすべり方なんだよ。マジで殴るか、普通……。」
「何か言ったかしら?」
「うぐっ、なんにも言いやしませんよぅ。」
 腹を押さえながらぶつぶつと愚痴っていたシュウだが、テルルの一瞥であっさり
と撃沈、暗い顔で押し黙る。
「あの〜ぅ……。」
「あー、なんでもないのよ。こっちの話。そっちの話は下で聞くわ。仕事の話をし
ようって言うんだから当然貴女のおごりよね。さ、早く行きましょ。」
「は、はぁ……。」
 何気に勘定をもつことになったサアラだが、あまり気にした様子もなくベッドか
ら降りた。まだ頭が寝てるのかもしれない。扉を開けると廊下の向こうは吹き抜け
になっていた。階下からは話し声やナイフとフォークのこすれる音が聞こえてくる。
昼を少しまわって、混雑した時間は過ぎたようだ。丸テーブルがいくつかあいてい
る。席につくとかっぷくのいい女将が愛想よく近づいてきた。普通の人間にルーフ
ウォーカーとシェレラなどという組み合わせにひるまないあたり、わりと流れ者が
泊まりに来るのかもしれない。
「いらっしゃいませー。ご注文は何になさいますか? 本日はラットとキノコのク
リーム煮のセットがお得になっておりますけれど。」
「……オレ、なんでもいい。」
 おや?
「なんだよ、ウォルフィ。また暗くなってんのか?」
『こんな時間から闇の精霊を連れてこないでほしいんだわ。あいつは辛気臭いから
嫌いだわ。』
 レビンの腰のあたりでヴァルキリエのブリンクが訴えた。戦乙女の精霊がいくら
大雑把な性格でも、ここまで性格の違う精霊には反応するようだ。もともと精霊は
他の精霊とそれほど仲がいいわけではない。きっとヴァルキリエは気にしていなく
ても剣の元となっている鉄の精霊はうるさいのがいるなあとか思っているのかもし
れない。土の精霊の親戚らしく口数が少ないから解らないけど。
 閑話休題。ともかくブリンクの言うとおりウォルフィは闇の精霊をぺったりと体
に貼り付けて座っているのであった。「どよーん」という書き文字が背後に見える
気がする。さっきまでの道を歩いていたときの彼とはまるで別人、もとい別シェレ
ラである。
「闇の精霊に好かれるようなことでもしたのか? こいつは。」
「別に静かでいいんじゃない? それじゃそのおすすめ、全員分ね。」
「あ、テメエ。人の分まで勝手に頼むなよ。」
「さっさと頼まないのが悪いのよ。いいわよ、それでおねがい。」
「はい、ありがとうございます。」
 テルルに言われて女将は奥に下がっていく。シルヴァンはまだ口の中で不平をも
らしていたが、当然そんなのに耳を傾けたりはしない。「で?」と瞳でサアラに話
をするよう促した。
「はい〜、私は見ての通り片目が見えなくてぇ、治療方法を探していたんですけれ
ど〜この村で出会ったハリエットさんという方が、治す薬の作り方をご存知だとお
っしゃいまして〜。」
「それはよかったわね。」
「めでたしめでたし。」
「あああ、終わらせないでください〜。」
 情けない声をあげながらリュートを鳴らす。哀愁漂うメロディと澄んだ声。綺麗
なゆえに不釣合いで周りの視線がちょっと痛い。
「その方が〜おっしゃるにはぁ薬を作るのにある材料が必要で、皆さんにはそれを
一緒に採りにいってほしいんですぅ〜。」
「でも人の体は自己治癒能力があるんだから治るものは放っといても治るし、駄目
なものは駄目なんだから薬なんかに頼るものじゃないわよ。」
 わかりきったような顔でテルルがお説教をぶつ。わずかに眉間にしわを寄せてい
る。その様子を見てシュウが軽く肩をすくめた。
「別に姐さんが苦い薬を飲まされるわけじゃないんですから、いいじゃありません
か。」
「あんた、その言い方じゃあたしはその辺のガキみたいじゃない!」
「だって薬が嫌いなのは事実じゃないですか。」
「あたしは薬そのものが嫌いなんであって、飲むのが嫌とか言ってないわよ!」
 沽券に関わるとばかりにテルルは激しく反論する。自分が人を馬鹿にするのは問
題ないが、人に馬鹿にされるのは許せない性格なのだ。シュウの首をしめてしまい
そうな勢い。食事を運んできた女将はそそくさと離れていく。けどまあ、被害が飛
んでこない限りは他人事。激しいやりとりをはた目にシルヴァンが疑問をぶつける。
「しかし、もう見えなくなった目を回復させるなんてこと、薬に出来るのか?」
 テルルの弁ではないが、しょせん薬とは人の持つ治癒能力を活性化させるだけの
ものだ。精霊が見えるものに言わせれば「体内にいるさまざまな精霊がけんかなど
でバランスの崩れた状態」を病気というのであり、それを仲裁してくれるのが薬
(に宿る精霊)ということになる。普通の薬にそれ以上のことは望めない。
「それはたぶん霊薬(エリクサ)ね。」
 シュウをいびり倒して、とりあえず気が収まったらしい。テルルがスプーンを手
にしながら答えた。
薬の話には違いないので嫌悪感のある口調だったが、自分の知識をひけらかす機会
は逃さない。ちなみに何がどうなったのか、シュウはテーブルの下にひっくり返っ
て痙攣していた。
「エリクサ?」
 レビンとシルヴァンの声がハモった。一度も耳にしたことがないとは言わないが、
縁遠い単語だ。実際それが何なのか、ほとんど知らない。
「ま、知らないでしょうね。基本的に『床』ではほとんど作られていないはずだも
の。」
 『床』でエリクサが手に入るとすれば、施療院を併設した、よほど大きなラーフ
ァ神殿くらいだろうか。つまりそれは真音魔術と同様、ルーフウォーカーの秘儀な
のだ。
 実際、霊薬の製法は真音魔術に通じるものがある。煮込まれてなんだかぼーっと
した材料に、あることないこと吹き込んで魔法的な力をもたせたものがエリクサだ。
すると言いくるめればいいのだからどんなエリクサでも水から作れるかというとそ
う簡単にはいかない。作りたいエリクサによって言い聞かせやすい材料というもの
が存在する。ルーフウォーカーの間ではこういった霊薬の精製に関する術、すなわ
ち錬金術は限られた家柄の専売特許となっている。ルーフウォーカーが『床』に下
りてくるのもあまりないが、彼らが下りてくることなど輪をかけて少ない。
「そのハリエットっていうのは珍しい例外なのかしらね。」
 説明の最後にテルルはそう付け足した。自分だってその例外の一人だろうに。
「まあ〜、とても物知りなんですねぇー。あなたの〜ような方がご一緒だとぉ、と
ても心強いですぅ。
ぜひとも、お仕事、引き受けてくださいませんかぁ〜?」
 わざわざスプーンを置いてからじゃないとしゃべられないとは、なかなか難儀な
人だ。食事中くらいリュートをよそに置いておけないものだろうか。
「引き受けるかどうかはもう少し具体的な話を聞かせてもらってからじゃないとね
え。」
「いや、オレは問答無用で引き受けないほうに一票。」
「うーん、変な娘だけど美人だからなぁ……。ここで恩を売って……いやいや、そ
れじゃただの親切な人で終わっちまうから……。」
「……はあ……オレ、こんなところで何やってるんだろう……。」
 おまえらまとまりなさすぎ。
「…………とりあえずぅ、説明を続けさせてもらってぇも〜よろしいですか〜?」
 必死に笑顔を取り繕いながらサアラがリュートを弾く。この程度でたじろいでい
るようでは流れ者との交渉なんてできないぞ。流れ者なんて大概一筋縄ではいかな
い連中なんだから。
「ハリエットさんがおっしゃるにはぁ、その薬を作るのにナニーボールというもの
が必要なんだそうで〜……。」
「ああ、あれ。」
 テルルが一人でうなずいた。周りの連中は頭に疑問符を浮かべている。勝ち誇っ
たようにほくそえむテルルであった。そんな彼女に素直に尋ねるのは癪に障るので、
シルヴァンはあえてサアラに話しかける。
「なんなんだよ、そのナニーボールってのは。」
「えぇと〜、キノコの森に〜よく生えているぅ植物らしいんですけれどー……。」
 テンポが遅くてイラつく。
「ふっ、あたしが詳しく説明してあげようじゃないの。」
 こいつの高飛車な説明を聞くのもむかつく。
 ならどうしろというのだ、この男は。他に知っていそうなのはシュウだけだが、
彼はまだ精神を遠い世界に飛ばしたままだ。
「じゃあ説明は後でいいからさ、結局キノコの森まで一緒に行ってほしいと、そう
いうことだな?」
 とりあえず話を進めるべくレビンがそうまとめた。
「はい〜。なにぶん私はぁ荒事は苦手なので〜。森に何がいるか解りませんし〜。」
「なるほどね、そっちの事情は解った。……で、どうするよ?」
 ぐるりと仲間の顔を見渡すレビン。
『戦いなんだわ、これは行くしかないんだわ。男には未知のものに立ち向かう勇気
が必要なんだわさ。』
 食事するには邪魔だからと椅子の背に立てかけられたブロードソードからブリン
クがはやしたてる。
「んー……。そうだなあ、まあ、先を急ぐわけじゃないし。」
「だからオレはさっきから……!」
『さあ、行くんだわ! 男なら障害に立ち向かっていくんだわぁ〜!』
「と思ったけど、うーん、行ってやってもいいぜ。」
 声は聞こえていないはずなのに、いや、聞こえていないからこそだろうか、シル
ヴァンは見事にブリンクに感化された。なんたって勇気を司る精霊ですから。彼女
がちょいと耳元で囁けば、大抵の戦士は『勇敢に』敵にむかっていくのだ。
「そうねえ……。霊薬の材料探しっていうのがちょっと気に食わないけど、古代魔
法生物のなれの果てを見てみたい気もするし。」
 軽く肩をすくめながらテルルも賛同の意を示した。最初は確かに嫌がっていたの
になんだかんだ言ってうなずくあたり、ヴァルキリエの力はここまで及んでいたの
かもしれない。
 ところで今の台詞、さりげなく気になる単語が入ってなかったか?
「……なんなんだよ、魔法生物ってのは。」
「あら、あんたはあたしの説明なんて聞きたくないんでしょ?」
 さっき説明しようとしたときの態度を根に持っているらしい。そんな奴に自分か
ら教えてやるテルルではない。頭を下げてきたら考えてやってもいいけれど。もち
ろんシルヴァンもそこで頭を下げるような性格ではないのである。
「それより森ってここから近いの? だったら早く言っちゃいましょうよ。」
「はい〜、今からなら充分〜行って帰れる距離だと思いますぅ。」
「じゃあ決まりね。……ほら、シュウ! いつまで寝てるの、生ゴミに出すわよ!」
 ガスッ。遠慮のない蹴りが決まる。
「はうっ。な、なんなんですかぁ。」
「でかけるのよ。さっさと起きなさい。」
「え、出かけるって……でもあの、あっし、まだ何も食べてないんですけど。」
「だから?」
 ああ、噂に聞く『氷』ってこんな感じなのかなあ。
「……なんだ? どっか、行くのか?」
 今まで完全に忘れていた一角からポツリと声がした。
「そーよ、ウォルフィ。あんたもさっさと立ちなさい。」
「めんどーくさい。」
 はああああ。
 うつろな瞳でため息をつく。
(ため息をつきたいのはこっちよ。)
「ブリンク。」
 こめかみを押さえるテルルの隣でレビンが腰に佩いた剣に呼びかけた。
『嫌なんだわ。あいつにはあんまり近づきたくないんだわ。』
 ブリンクはレビンの意図を即座に察したが、住処であるブロードソードから離れ
ようとしなかった。気まぐれをおこしたわけではない。ここで言う『あいつ』とは
闇の精霊のことだ。闇の精霊は精神の精霊でもある。司るのはまさしく心の闇。暗
くて、辛気臭い感情。そりゃあ近づきたくないだろう。しかもあんなにしっかりと
り憑かれていたら戦乙女の精霊の囁きもそう簡単には届かない。
 そこをなんとか、と頼み込んで(おだてあげて)ウォルフィのところに行っても
らうという考えもなくはないが、こんなことで精神を消耗するのもバカらしい。逆
に闇の精霊に退去願うというのもなし。性格がひねくれているから言葉を悪い方に
ばかり解釈して勝手にいじける奴なのだ。辛気臭い奴はおだてるのも難しい。おべ
っか使うのも疲れる。
 で、結論。とりあえず引っ張って連れて行く。いつもの通りならそのうちまたバ
カみたいに騒ぎ出すだろう。
「さ、出発出発。」
 
 

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