コクーン・アドベンチャー≫第2話 天上無上の協奏曲≫1


 クリュオを貫く通商大路、気がつきゃ五人で歩いてた。
「これも私の美貌と人徳のせいかしら。」
 ほっそりしたシルエットの女が呟いた。……それはない。まあ美人であることを
認めるのはやぶさかではないが、今の台詞をはくような人間に人徳があるとは思え
ん。自分に自信があるのはいいがそのうち友達なくすぞ。いや、そもそもここにい
る連中が彼女の友人かといえば疑問だが。
 彼女、テルル=ローディアと以前からいっしょに旅をしていた男、シュウは完全
に下僕扱いだし、あとの三人はこの間会ったばかりだ。「大勢のほうが楽しいから
な」「別にどうでもいい」というのが一緒にいることになった理由(?)……友情
なんて今のところどこにもなさそうである。
 目的のある人間はいるが、目的地はない一行。どこへ急ぐわけでもなくなんとな
く南へ歩いていた。誰もどこへ行こうとか言い出さないから、テルルが今まで自分
の進んでいた方向に進路を取ったのだ。
「てゆーか、あんたたちはなんで旅してるの?」
 ただ歩いていても暇なのでテルルが尋ねた。
「さあ、なんでだ?」
 鼻歌交じりに素振りをしていたウォルフィが複眼に困惑の色を浮かべる。大通り
で昼間から両手剣を振り回すな。いや、だからといって夜中にやっていたら自称正
義の味方であるフォレス神の信者あたりにこれ幸いと退治されそうな気もする。シ
ェレラが街道を歩いているだけでも珍しいのに、楽しそうに抜き身の剣をぶん回し
ているとなればその異様さたるや、奈落(アビス)に住むといわれる悪魔もびっく
りだろう。たまにすれ違う商人たちがすごく異様な目で見ているぞ。
(……なんであたしこんなのと一緒に歩いてるのかしら。)
 自分の行動が信じられなくなるテルルだった。横目で彼を見て、ため息をつく。
「あんたは道に迷ってたんでしょ。」
「ああ、そうそう。あいつを探さないといけないんだよな。」
 だからといってテルルと一緒に旅をする理由になるのかははなはだ疑問だが。彼
の中では完結しているようだ。まあ何かあったとき戦力にはなるし、ついてくると
いうのをむげに追い払うこともないだろう。……今のところは。
「で、あんたたちは?」
 テルルは後ろを歩いていた連中に矛先を向けた。ウォルフィ相手にしゃべってい
ると無駄に体力を使う気がする。
「あ、オレは親父を探してるんだ。トレノ=ラルティーグっていう剣士なんだけど
どこかで見なかったか?」
「そういう質問は早めにしろよ。」
 あきれた声ですかさずシルヴァンがつっこんだ。それはそうだ。「あんたに会う
少し前に見たわよ」とか言われたらどうする気だ。実はあまり本気で探していない
だろう。親父より女の子を追いかけるほうが楽しいのは解るけど。しかし幸い(?)
テルルの答えはレビンの後悔を誘うものではなかった。
「さあ? 知らないわ。」
「でも姐さん、『ラルティーグ』ってどこかで聞きませんでしたっけ?」
「だからそれはこいつの苗字だって。『床』に来てから剣士に会ったことなんかな
いわよ。ま、そいつが実力のない自称剣士なら話は別だけどさ。まったく、バカじ
ゃないの、あんた。ああ、今さら言うまでもなかったわね。」
 シュウのボケボケな台詞に対して、テルルは辛辣な言葉を放つ。情け容赦ないと
はまさに彼女のことだろうか。レビンはそのやりとりを平然と聞き流してひとり呟
く。
「そうか。まったくどこに行ったんだか。」
『トレノは勇ましい戦士だわ、だから今もどこかで戦ってるんだわ。早く見つけて
レビンも共に戦うだわ。』
 戦乙女のブリンクがうっとりした声でわめいた。何しろ彼女はトレノの戦士とし
ての腕に惹かれて物質界に現れたのだ。自分の見込んだ戦士なのだから当然今も勇
猛に戦っているのである。となれば彼の息子であり、今の相棒であるレビンも敵に
むかって剣を振るうのが必然。ううん、血がたぎる。精霊に血管はないけどね。
「で、人のことばっかり聞いてるけど、そういうおまえはどうなんだよ。」
 自分のことを聞かれる前にシルヴァンが切り返した。その言葉にテルルが目を丸
くする。
「……あら?」
どうして旅に出ようと思ったんだっけ。少し考えて、……なんだか嫌な気分になっ
た。思い出さないほうがいい気がする。いや、思い出したくない。考えたくもない。
さっさと忘れよう。
「何黙ってんだよ。」
「うるさいわね。あんたには関係ないでしょうが。」
「人には聞いておいて自分はその態度かよ。やな奴。」
 君はまだ何も聞かれていないがな。
「うう、姐さんをあまり怒らせないでくださいよう。」
 じりじりと後退しながらシュウが貧相な声をあげた。テルルの機嫌が悪くなると
大体においてとばっちりを喰らう事になっているのだ。それでもいっしょに旅をし
てきたあたり……なんだろうねえ。
「あ、村が見えるぞ!」
 ウォルフィがにこやかにバスタードソードで行く手をさした。ぶうんとうなる切
っ先。
「うひゃうひほー!」
  正面からきていたおじさんが奇妙な悲鳴をあげた。彼と荷物を背に乗せた早足ラ
ットも顔を青くして
明後日の方へ走り去る。さすが郵便配達用に鍛えられた早足ラット。チーチーとい
う鳴き声はあっという間に聞こえなくなってしまった。
「何だ、今の? すっごく早かったな!」
 …………。
「んなことより、メシだ、メシ!」
「そうだよ、さっさと行こうぜ。素敵な出会いがオレを待っている!」
「何か面白い話でも転がってるといいわねえ。」
 いい加減つっこみを入れる気にもならないようである。どうせ自分には害がなか
ったことだし。
 ウォルフィが指した村は通商大路に沿っているだけあって、泊まるところと食べ
るところには苦労がなさそうだった。のどかな雰囲気はぬぐいきれないが、旅の途
中に立ち寄ったのだろう商人たちのおかげでにぎやかな空気が流れている。
「さて、どうしましょうか。」
 天井を覆うヒカリゴケは明るく、ようやく昼になろうかという時間だ。宿を取る
には少し早いだろう。ともあれ、食事にはいい時間かもしれない。どうせ急ぐ理由
もない。とか考えているテルルをよそに。
「むうっ、あの後ろ姿、かなりの美人と見た! しかも何か悩んでいる様子。……
すみません、ちょっといいですか?」
 ナンパモードスイッチオン。ややうつむき加減で歩く、黒い短髪にゆったりした
服。その後ろ姿を見てどうして美人と言い切れるのかかなり謎だが、レビンはその
人物に声をかけた。
「はい〜?」
 間延びした声をあげながら振り向いたその顔は、確かに整った顔立ちをしていた。
細いあごに形のいい眉。しかしその左眼は布に覆われている。怪我か何かで光を映
さなくなってしまったのだろう。どこか痛々しい。その手にはなぜかいつでも弾け
る状態のリュート。吟遊詩人なのだろうか。荷物からして楽器の販売員でないこと
は確かである。いずれにせよ往来で楽器を抱えながら歩いているのは滅多にいない
だろう。
(だがこの場合問題はそこじゃない。)
 レビンは用意しておいた美辞麗句を飲み込んで動きを止めた。そんな事はないと
思うけれど恐ろしいことにもしかしたらひょっとして、自分はとんでもない過ちを
犯したのではないだろうか。
「何かたまってるんだよ。」
 シルヴァンが視線だけ動かしてレビンが声をかけた相手を見た。いつもは鋭い目、
悪く言えば三白眼がくるんと丸くなる。
「…………男?」
「いや待て! そんなはずはない、俺の直感は当たっているはずだぁ!」
 妙に中性的な顔立ちだった。女というには凛々しい目元。男というには細いあご。
大きめの服のおかげで体形を窺い知ることも出来ない。男だとしたらちょっと背は
低いほうかもしれないが、低すぎるというほどでもない。
 レビンの叫び声を聞いて、他の面々も振り返る。一瞬きょとんとした表情を見せ
たが、いちばん最初に行動に出たのはウォルフィだった。つつつっと近づいて。
「……おまえ、男か? 女か?」
 恐る恐る、しかし単刀直入に尋ねる。問われたその人物は……って「彼」とも
「彼女」とも断言できないと面倒くさいな。まあともかくそいつはにっこり笑うと
こう言い放った。
「それはぁ、秘密です〜。」
 ぽろろろん。
 訂正。「言い放った」のではなく「歌い上げた」。楽しげにリュートをかき鳴ら
しながら。よくとおる、いい声ではあったんだけど。正真正銘女だったとしても声
をかけたのは失敗だったかもしれない。
密かに後悔するレビン=ラルティーグ十七歳であった。
「じゃ、あたしはご飯食べに行くから。」
 テルルはくるりと半回転した。関わりあいになりたくないと思ったらしい。普通
そうだろうな。
「ちょっとぉ、待ってくださーいなー。」
「いや。」
「そうは言わずにぃ〜。」
 不意にリュートが異なる旋律を奏ではじめた。その途端、テルルのみならず、レ
ビンもシルヴァンもウォルフィもシュウも、果ては行きずりの子どもまでが音の源
を振り向いた。
「どこだ、どこから聞こえてくるんだ!?」
「あ、あそこだ!」
とかいう声がその辺の民家からも聞こえてくる。
「はあ、呪曲ってやつですねえ。」
 振り向いてしまってから、シュウが呟いた。彼ら真音魔術師が操る『真音』をメ
ロディに織り込んだもの。それが呪曲だ。テルルはそれくらい知っていると睨みつ
けてやりたかったが、意思に関係なく動いてしまったのが悔しくて黙り込む。
 恐ろしきかな呪曲の威力。その名も『注目の曲』。その旋律を耳にしたものは何
があろうと演奏者を注目してしまう。目の前のこいつは、テルル一人を引きとめよ
うとして通りにいるほとんどの人の視線を自らに集めたのだ。なんとも無駄で恥ず
かしいことをしているような気がする。
「………………で、なんなのよ。」
 不機嫌そうにテルルが言った。
「その杖からしてー、貴女は真音魔術師ですね〜。そちらには剣士やぁ、シェレラ
までー。」
「だったらどうだって言うの?」
「皆さんを流れ者と見込んでぇ、お願いがあるんです〜。」
「いや。」
「まあ、ちょっと待てよ。なあ、君の依頼を受けるかどうか決めるのに非常に重要
な質問があるんだけど。」
 速攻でつっぱねたテルルの横からレビンが人差し指を突きたてた。
「何でしょうかぁ?」
「きみ、女だよね?」
「……他に重要なことはないんかい。」
「レビンだからな。」
 何の因果かいちばん付き合いの長いシルヴァンがしたり顔でうなずいた。確かに
レビンにとっては最重要事項かもしれない。大まじめに尋ねている。その顔を見て、
男女だか女男だかよく解らないそいつはくすくすと笑う。リュートに指をすべらせ
ながら、
「さあ? どっちでしょうね。」
 …………………………………………ぷつっ。
「だあーっ! いい加減にしろ!」
「しまいにはむくぞコラ。」
「セデル・ダー。」
 え?
「あ、姐さん? それはさすがにまずくないですか?」
 テルルが唱えた真音の意味を理解したシュウが冷や汗をたらした。もっとも、呪
文の効果はすぐに現れたので他のメンバーにもテルルが何をしたのかは一目瞭然だ
ったが。
「ZZZ……。」
 寝ている。というか眠らされている。呪文がしっかりかかったのに満足して、テ
ルルは含み笑いをした。
「フフフフ……。あぁら、こんな道のまん中で突然倒れるなんてどうかしたのかし
ら。これは介抱してあげないと、ねえ。」
 最後の「ねえ」がすっごく意味深。紫の瞳ににらまれてシュウはかくかくとうな
ずいた。
「う、はい。確かにその通りでございますですぅ。」
「それじゃあ、早いけど宿でも取りましょうか。ウォルフィ、ここで寝てるの運ん
でくれるかしら?」
 彼もかくかくとうなずいた。しかしこいつの場合は何もわかっていないという説
もある。たとえそうだとしても、テルルの笑みは彼をうなずかせるに十分な迫力が
あった。
 ……誘拐って言わんか? これ。

 

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