コクーン・アドベンチャー≫第1話 天上無上の協奏曲≫3


 「あ、幽霊」って……。何でそんなに落ち着いてるんだおまえら。ちょっと位び
っくりしてもいいじゃないか。透けてるんだぞ、死んでるんだぞ! 遺跡だからっ
て納得するつもりか!?
「あら?」
 幽霊のほうもテルルたちに気がついた。明るい営業スマイルを浮かべて軽く頭を
下げる。
「いらっしゃいませ! お買い上げですか?」
「? もう閉店じゃなかったの?」
 他意のない言葉だったのだが、幽霊は一瞬の硬直の後、大声で泣き崩れた。
「そ、そうだったんですかぁー? 私ってば、またやってしまったのね!」
「どういう事ですか、お嬢さん。さあ、涙を拭いて。オレでよければ相談に乗りま
すよ。」
 ちょっと待て、レビン。おまえは女なら幽霊でもいいのか? いやまあ確かにか
わいい娘だけども。
「私、何をやってもだめで……すぐぼーっとしちゃうんです。私が働きに来てから
商品は売れなくなるし、それで店長には怒られるし……。」
「あー、それが心残りでずっとここにいると。」
 テルルがぼそりと口にした。そんな理由で何百年もこのカウンターにいたのだろ
うか、この幽霊は。それともぼーっとしてるうちにここにいついたのかもしれない。
後者のほうがらしいな。
「はあ、どうしてこうなのかしら。」
 テルルの声が聞こえているのかいないのか、幽霊の少女は頬に手を当ててうつむ
いた。その手をしっかと握……る事はできないので一人でこぶしを握ってレビンが
ずいと前に出た。
「お嬢さん、お名前は?」
「レオナ、ですけど。」
「ではレオナさん、オレがあなたの客になりましょう。」
 そう言うとレビンはカウンターの脇に置かれた小さな棚に手を伸ばした。プレゼ
ント用のメッセージカードが置かれた棚だ。その中から風景画の描かれたカードを
取り出す。
「さあ、これをください。」
 カードと共にシェル貨幣をカウンターに……って魔法帝国時代の通貨が今と同じ
わけないんだけど。
「あ、ありがとうございますぅ!」
 ないんだけど……気づかないわけね。確かにボーっとしている。そして彼女は幸
せそうな笑顔を浮かべた。その姿は光となり、天へ昇っていく。
「消えた……。」
「これでよかったのさ。レオナ、思い出をありがとう。」
「何わけのわからないことを言って…………あ!」
 テルルの瞳がわずかに大きくなった。
「どうかしたんですかい?」
「子供たちを見なかったかどうか聞けばよかった……。」
 一同ははた、と動きを止める。幽霊の、というよりはレビンのペースにのまれて
完全に忘れていた。しかし後悔しても仕方ない。相手はすでにあの世にいってしま
ったのだ。これまでどおり地道に探すしかない。とりあえず売り場はほとんど探し
尽くした。あとは目の前、カウンターの後ろにある扉の向こう側だけだ。
「ちなみに『関係者以外立ち入り禁止』って書いてあるけど。」
「当然無視!」
『無視だわ、突撃だわ。』
 嬉しそうなブリンク。戦乙女の能力でこの時すでに何かを感じ取っていたのかも
しれない。レビンが扉を開けようとしたが、鍵がかかっていたのでシルヴァンに代
わる。彼は遺跡荒らしまがいの盗賊をやっていた。この程度の鍵は簡単に開けられ
るのだ。
 カチャリ。軽い金属音がして鍵が開く。シルヴァンはそのまま静かに扉を開け、
「……………………。」
 慌てて閉めた。
『なにやってるだわ。突撃だわ、戦うだわ〜!』
 ブリンクはそういうが、今見えたのは……。
「ストーンゴーレムだったわね。」
 テルルの口元が軽く引きつっていた。子供だましのぬいぐるみゴーレムとは違っ
て、ストーンゴーレムなんて明らかに戦闘向けのゴーレムである。おそらくは警備
用なのだろうが、あれと、一戦交えなければならないのだろうか。ちょっと憂鬱。
『どうしただわ。早く行くだわ。』
「なにかあったのか?」
 ブリンクと、何も解っていないウォルフィだけがにこにこしている。
「と、とりあえず魔法とかできる限り戦闘準備をしてから開けようぜ。」
『それはそうだわ、考えなしに突っ込むのは勇気じゃなくて無謀なんだわ。』
 間髪いれずにレビンに同調するブリンク。さっきと言っていることが違う。ヴァ
ルキリエというのは結構大雑把な性格なのだ。
「ストーンゴーレムって弱点とかないのか?」
「特にないわねぇ。」
「じゃ、オレ達が前線に出るからその隙に攻撃系の魔法を……。」
「体力とかありそうよね……。」
 ぶつぶつぶつぶつ。作戦会議。しかし結局正面突破には変わりない。さすがに気
合が入る。
  ブリンクは大喜び。
 レビンは盾と、父親から譲り受けたブロードソードをかまえた。その強さに戦乙
女の精霊が惹かれるほどの剣士だった父。今はどこにいるのかわからない。けれど、
こうして旅を続けていれば、いつか会えるに違いない。その時は立派な精霊使いに
なっていたいものだ。 ウォルフィは両手剣を抜き放ち、軽く素振りをする。相手
が何者なのか、よく解らないがそんな事はどうでもいい。彼が目指すは剣の達人だ。
達人ならばどんな相手だろうと返り討ちにするのみ。
 テルルとシュウは真音魔術師の証、自信の源たる杖を思い思いに構え、いつでも
魔法が放てるように集中をはじめる。
 そしてシルヴァンは腰にくくってあった鞭を取り出して……。
「ちょっと待ちなさいよ。」
 思わずテルルが集中をといてつっこんだ。杖でシルヴァンの腰を指す。
「体力バカのゴーレム相手になんで鞭なのよ! そこで鞘に収まってるものは何、
飾りなわけ!?」
 そう、彼の腰には確かに剣が下がっているのだった。テルルの指摘にシルヴァン
は眉の間にしわを寄せた。うめくように答える。
「仕方ねえだろ。『オレ』は使えないんだから。」
「はぁ? あんたが使わないで誰がその剣使うのよ。」
 もっともな意見である。だけど人にはそれぞれ事情ってものがあるのです。それ
はそのうち解ることさ。
「……まあ、いいわ。それじゃ開けてちょうだい。」
 バン! ウォルフィが一気に扉を押し開けた。ゴーレムが三体、同時にこちらを
振り返る。考えるように一瞬の間。ゴーレムは何百年ぶりかの闖入者を敵と判断し
た。大きな音を立てて近づいてくる。
 それをのんびり待っているほど愚かではない。ウォルフィとレビン、シルヴァン
は左右に分かれ、開けた視界に魔術師たちが同じ呪文を打ち込む。
「ネマ・ジュール!(隠れてたって解ってるのよ! そこかしこに力がたまってる。
もうばれてるんだからおとなしくあたしの前に集まりなさい。のんびりしない! 
あんたたちはすごく早い、光より早く動けるんだから。さっさとあいつを貫いてお
いで!)」
 光り輝く二条の矢を受けて、いちばん手前のゴーレムがわずかに動きを鈍らせた。
そこへウォルフィのバスタードソードがうなる。ガッと嫌な音がして表面が削れた。
腕に衝撃が走る。
「こいつ、硬い!」
「石なんだから当たり前だろ!」
 叫びながらシルヴァンが鞭を振るった。それはゴーレムの胴体にくるりと巻きつ
く。少しでも動きを封じようと鞭をぴんと張る。その背中に二体目のゴーレムが襲
い掛かる。
「たあっ!」
 レビンの剣がゴーレムの肌を削る。
『頑張るだわ、レビン。こんな奴簡単にやっつけちゃうだわ。』
「任せとけって!」
 戦乙女の声援に、剣を振るうレビン。しかし勇気だけで三体ものストーンゴーレ
ムを相手にできるはずもない。ウォルフィとレビンの剣はゴーレムの表面を傷つけ
るばかりでとても致命傷には至らない。
こちらの体力が奪われるばかりだ。
「がっ!」
 盾で受け損ねた石の拳がレビンの腹をえぐった。めまいが彼を襲う。
「くそっ。」
 シルヴァンが鞭を締め上げた。同時にそのゴーレムに向かって炎の玉が炸裂する。
シュウの放った魔法だ。助かった、と思いかけて……シルヴァンは叫んだ。
「オレの鞭まで燃やしてんじゃねえ!」
 慌てて鞭を放す。が、時すでに遅し。鞭は燃えている部分でぷっつりと切れてし
まった。おかげでゴーレムはまだ燃えている。炎のダメージは効いているようだ。
 テルルはそれを見て指をはじいた。
「シュウ、あんた《蜘蛛の糸》使えたわよね。ゴーレムを絡めてちょうだい。」
「はい? なんでまた?」
「いいから早くしなさい!」
「……解りましたよ。…………ガモング・ラスモ!(この杖の先には蜘蛛がいる。
あ? 見えないだと? てめえの目は節穴か? いるったらいるんだよ。で、当然
蜘蛛がいるからには糸が出る。獲物はあそこだ、解ったらとっとと出やがれ!)」
 普段虐げられているぶん、かなりここで発散していると思われる。普段の喋りと
は気合が違う。八つ当たりまがいの命令をされた杖は、白い粘着質の糸をゴーレム
に向けて放った。すかさずテルルが真音を唱える。
「ダヌ・ファー(熱い熱い。何でこんなに熱いのかと思ったら、火の玉があるじゃ
ない。……うるさいわね、このあたしが熱いって言ってるのよ。燃えてないはずな
いでしょう。いいからあいつにぶつかってきなさい!)」
 虚空に現れた火球はテルルの命じるままにゴーレムにぶつかり、絡みつく蜘蛛の
糸を燃え上がらせた。ゴーレムは感情を持ち合わせていない。だから熱さにひるむ
ことはない。おのれの体が炎に巻かれようとただ敵に攻撃を仕掛ける。
「うわっと。いいかげん倒れろよ!」
  レビンが攻撃をかわし、ブロードソードを叩きつけた。熱くなった石がはじける。
ゴーレム自身が気づかずとも、炎は確実にダメージを与えていた。動きが鈍る。や
がて、ゴーレムはただの石の塊になった。
「おお、すごいな!」
 ウォルフィが感嘆の声をあげる。テルルはかすかに胸をそらせた。バカにでも誉
められれば悪い気はしない。
「まあ、ざっとこんなもんよ。他のもぱっぱとやっちゃいましょう。」
 そう言うと先程と同じ連携でゴーレムを燃やしてしまう。……ちょっとけむい。
それに、なんか息苦しいかも。それはそうだ、洞窟の中でこんなに火を出している
のだから。
 …………それってやばいのでは?
「キュキュルルキュルキュルキュッ!」
 慌てたレビンの口から革のこすれるような音がした。精霊語だ。精霊使いが精霊
と会話するときに使う言葉。実は日常使っている言葉を一般人には聞き取れないほ
ど高速でしゃべっているだけである。精霊には言語の壁は存在しない。ではなぜ精
霊使いはそんなことをするのか。理由はただ一つ。…………恥ずかしいからだ。
「ああ、そこなるは風の方々。相変わらずお美しい。しかし何たる悲劇、このよう
にけむっていてはあなた方の麗しい姿を良く見ることができない。あなた方にはこ
んなにごった空気は似合いません。どうかその姿がはっきり見えるように、ほんの
少しお力を貸していただけないでしょうか。」
 愛想笑いを浮かべておだてあげている姿など、見られたくないのが当然である。
乙女の姿をした風の精霊相手だと、レビンの場合いつものナンパとどれだけ違うの
か疑問だが。ともかくレビンのおだてに気を良くした風の精霊は辺りの空気をすっ
かりきれいにしてくれた。
「ふう……。頼むよ、おい。オレたちまで殺すなよ。」
「うっさいわね、解ってるわよ、その位。」
 むっとしてテルルが口をへの字に曲げた。その間にシルヴァンは部屋の隅にあっ
た金庫の鍵開けに挑戦している。
「やだねー、女のヒステリーって。」
 呟きながらも手は休めない。カチャリと開けて中を見る。書きつけの束がいくつ
かあった。繰り返すがシルヴァンは文字が読めない。
「なんだこりゃ?」
「借用書って書いてありますよ。」
 テルルに八つ当たりされないよう逃げてきたシュウが覗き込む。だがその台詞は
シルヴァンを喜ばせる内容ではない。むしろ逆だ。
「はー、ったくつまんねえとこだなあ。おい、さっさと終わらせようぜ!」
 シルヴァンが派手にため息をつき、奥の扉を開けた。瞬間、レビンが走りこんで
先頭に立つ。
「みんな大丈夫かい? 俺が来たからにはもう安心してくれ。村へ帰れるよ。」
 そう、扉の向こうには四人の子供たちが身を寄せ合ってこちらを見ていたのだ。
子供といってもあと一、二年で成人するくらいの子もいる。ばっちり守備範囲内だ。
「ユミルちゃんって君かい?」
「え、ええ……。」
「オレはレビン=ラルティーグ。レビンと呼んでくれ。君のお父さんに頼まれて君
たちを探しに来たんだ。君みたいなかわいい女の子に出会えてとても嬉しいよ。」
 早速口説き始めている。
「ところで、何でこんなところにいたの?」
 あきれたテルルが隣にいた男の子に尋ねた。
「見たことない洞窟があったから探検してたの。そしたら透き通ってるお姉ちゃん
が『何か買ってよ』って。でもお金持ってなかったの。そしたら『買ってくれるま
で帰さない』って言ってここに入れられちゃったの。」
「あのアマかぁ〜っ!」
「…………バカばっかりね。」
 

 

 娘たちを無事に連れて返ったということで、村長からは約束の金が支払われ、夕
食まで用意してくれた。喜びに舞い上がっていたせいか、依頼を交わしていないウ
ォルフィにまで金を渡した。そのウォルフィも金をもらって喜ぶかといえば、また
沈んでいる。『あいつ』はどこにいるんだろうとか膝を抱えて呟いている。
「姐さん、これうまいですよ。」
「おまえ、よく食うなあ。よし、これも飲め!」
「それはオレのだッ。」
 酒のせいか妙に陽気な連中を見て、テルルはため息をついた。
(バカばっかり。)
と、口にしかけてひっこめる。どうせ村長のおごりだ。食べなきゃ損。テルルは陶
器のカップに注がれた酒を一気に飲み干した。

                                   END
 

BACK][CONTENTS][NEXT