コクーン・アドベンチャー≫第1話 天上無上の協奏曲≫2


「はぁ?」
 唐突な申し出に、テルルは形のいい眉を片方だけ上げた。
「いつまでもここにいたって仕方ないからな! 大勢のほうが楽しいし、動き回っ
てればあいつにも会えるだろ。」
 『あいつ』というのが誰かはともかく、動き回ったらかえって見つからないので
はないだろうか。そりゃ状況にもよるけれど。
「あのねぇ、あんたを一緒に連れて行ってあたしに何かメリットがあるわけ?」
 一人で盛り上がっているシェレラをテルルは冷ややかに見つめる。理由もないの
にこんなバカの面倒を見るのはごめんである。
「剣を使うのは得意だぞ。」
 愛用のバスタードソードを抜いてブン、と一振り。
「うわわわわ。危ないっすよ。」
 眼前に切っ先を突きつけられて、シュウが飛び上がる。
「あぁ、悪い悪い。」
(全然悪いと思ってないだろ。)
 腹が立ってにらみつけてみるが、直接文句がいえるほどの度胸はない。肩をすぼ
めながら口の中で不平を鳴らすばかりである。当然テルルはそんなシュウにはかま
わない。
「そうねぇ、接近戦の得意なやつがいた方がまあ何かあったときに便利ではあるけ
どね。」
 自分の盾になってもらうから。とは心の中の呟き。
「女の子じゃないのが残念だけど、まぁいいんじゃないか?」
「オレも別にどうでもいいぜ。」
「解ったわ。あんた、ついて来てもいいわよ。」
 やはりシュウの意見はまったく聞かずにテルルが声をかけた。それを聞くとシェ
レラの男はますます陽気な笑顔を作った。
「そうか! オレはウォルフィ=A=モーチェットだ。ウォルフィって呼んでくれ!」
「ちょ、いったいわね。何するのよ。」
 あいさつしながらバシバシとテルルの背をたたくウォルフィ。かなりのバカ力だ。
それにしてもシェレラらしくない名前の男である。人間に対する態度といい、森で
迷子になるところといい、本当にシェレラかと疑ってもいいかもしれない。疑った
ところでどうにもならないけれど。
「ところでおまえ、本当に女か?」
「……は?」
 ウォルフィが唐突に妙な質問をした。過去になんかトラウマがあるらしい。実は
さっきの『あいつ』に関係あったりするのだが、それはまた別の話。
「それは一体どういう意味かしらねぇ〜?」
 本日二度目の含み笑い。不気味なオーラも発している。自分の容貌に自信があれ
ばこそ、その怒りは並ではない。
「ひぃっ、姐さんはとっても綺麗な女性ですぅ〜。」
 自分に向けられた怒りでもないのにシュウがびびっておべっかをつかう。
「そうか、本当に女なんだな。」
「他の何に見えるって言うのーっ!」
 どげしっ。木製の杖がウォルフィの脳天に炸裂した。しかし彼はシェレラの男持
ち前の頑丈さでそのダメージを無視し、うんうんとうなずいた。
「良かった。ならいいんだ。」
「あたしは良くないわ。」
 怒りの覚めやらぬ様子でテルルがうめく。だが、いつまでもこんな場所で押し問
答していても仕方ない。何とか自分を落ち着かせた。
 ともかくウォルフィを仲間に加えて、一行はようやく周囲の探索を開始した。い
や、テルルは一人高みの見物を決め込んでいた。曰く、
「こういう泥臭い地味な作業ってあたしには向いてないのよね。」
「あっしだってこういうのは得意じゃ……。」
「あんたはいいからあっちを探してきなさい。」
「………………はい。」
 とことん発言権のない男である。
「なあなあ、何を探せばいいんだ?」
「……あんたはいいわ。じっとしてて。」
「そうか?」
 探索なんてさせるだけ無駄というか、かえって邪魔になりそうな気がしてならな
い。本人は張り切っていたが、とりあえず無視。
 そしてどうやらこのメンバーの中ではシルヴァンがいちばん物を探すのに向いて
いるようだった。手がかりを探し始めてすぐにテルルたちを呼んだ。かすかに得意
げな声だ。
「ここ! 穴になってるぜ。」
 落ちてきた岩のすぐそば、急に現れた斜面にぽっかりと洞窟が口を開けていた。
周囲の地面はもろく手をかけると乾いた音を立てて下に落ちる。覗いてみると大小
いくつもの土くれが落ちていた。天上落下の衝撃だろうか。この洞窟自体も昨日ま
ではふさがっていたのかもしれない。
「で、この奥にいるかもしれないってか?」
 先のほうは暗闇が広がるばかりだが、レビンにだけは闇の精霊やら土の精霊やら
が見える。とりあえず近くに人がいないことと洞窟がそこそこに広いことは解った。
「どうする?」
「行ってみるしかないんじゃない? 他にいそうなところもないし。子供ってこう
いうところに何も考えずに入っていきそうじゃない。」
 ため息混じりに言うと、テルルは杖を掲げた。
「デルア。」
 世界を律するといわれる『真なる音』。それはわずかな音節で多くの意味を持っ
ている。今の真音を解りやすく訳すとこんな感じになる。
「今あたしの目の前に洞窟があるわけだけど、このあたしの行く手が闇に覆われて
いるなんてあっていいはずがないのよ。あたしの杖ならそのくらい解っているでし
ょう? だったらさっさと光って辺りを照らしなさい。」
そして気迫に押された杖は先端をこうこうと光らせるのであった。そう、物体に自
分のわがままを押し付けるのが真音魔術なのである。なんてテルルに似合った術な
んだろう。
 テルルがともした明かりを頼りに、一行は洞窟の中に入っていった。レビンが見
たとおり、付近に人影はない。明かりを向けると、一本道が奥へ続いていた。人が
二人通れるかという幅だ。
「さて、面倒なことになってなきゃいいけど。」
 男女取り混ぜ子供が四人も(村長の詳しい話による)昨日から村の中に見当たら
ないって時点で充分面倒なことだと思うが。だから捜索に来たんだろう?
『厄介事があったほうがおもしろいんだわ。レビンの勇姿が見られるだわ。』
 そこの戦乙女の精霊、だから適当なことを言わないように。
 ともかく一本道なので奥へ進んでいく。何がいるかわからないので用心しながら、
のつもりだったが
「ふふ〜ん。ララルー、ダル、ジーナ=レイ、ル……。」
「歌うな、あほぅ! しかもシェレラ語なんてわけわかんね―だろうが。」
「だってオレ、シェレラだからシェレラ語の歌しか知らないぞ。」
「そういう問題じゃねえ!」
「自分でそういう言いかたしたんじゃ……。」
「てゆーか、おまえの声もでかい。」
「……あー、もう。バカばっかり。」
 まるで遠足である。もし敵意を持ったやつがいたら絶対に待ち伏せされていただ
ろう。幸いなことに今のところ何も起こっていない。しかし歩くうちに前方がかす
かに明るくなった。ここまで緩やかな下りだったので外に通じているとも思えない。
不思議に思っていると奥のほうから甲高い声がした。
「?」
 立ち止まって耳を澄ましてみる。
「いらっしゃーい、いらっしゃーい。」
「は?」
「いらっしゃーい、いらっしゃーい。」
 ………………。
「子供の声、じゃないよな。」
「いらっしゃいって……。」
 考えたところで確かに声はそう言っているのだ。戸惑いつつも正体を確かめに進
んでみる。その先はもはやテルルの杖などなくても十分な明るさがあった。洞窟は
ちょっとした広場に出る。
「いらっしゃーい、いらっしゃーい。」
 そこでは、膝にも届かない大きさのねずみのぬいぐるみが、行ったり来たりしな
がらビラを撒いていた。ぬいぐるみが普通しゃべったり動き回ったりするはずもな
く、つまりこれはいわゆる……。
「ゴーレム? ってことは古代遺跡なわけ、ここ?」
 現代の真音魔術の技術ではゴーレムのような魔法生物はそうそう作れるものでは
ない。魔法が――真音魔術にしろ精霊魔法にしろ――最も発達し、日常的に使われ
ていたのは古代カスフォール帝国、またの名を古代魔法帝国の時代だ。もっとも、
カスフォール帝国はクリュオに存在した国ではない。伝説にある『地上』の国だ。
この帝国の事を知っている人間はクリュオにはほとんどいない。ただ、今より魔法
が優れている時代があったとしか認識していない。……と、ルーフウォーカーの皆
さんは思っているわけですな。帝国貴族の子孫たる自分の一族『だけ』がその秘密
を知っていると。ま、心の中で信じる分には自由ですから。
 閑話休題。そういうわけでゴーレムが徘徊しているとなるとそこが魔法帝国時代
の遺跡である可能性が高いのである。
「おもちゃ屋だそうですよ。」
 シュウがねずみのぬいぐるみゴーレム(長いから以下ねずみゴーレムと呼ぼう)
から受け取ったビラをひらひらさせる。そこには大きく「ようこそ、トイズ玩具店
へ!」と書かれていた。他にも「本日の特価品」とか「タイムセール実施中」とか
書いてある。もちろんカスフォール帝国語で。真音魔術師ならば必須の言語だ。逆
にいうと他の面々には縁のない言語である。それどころか一般庶民は読み書きでき
ないのも普通だ。
「なあ、おもちゃ屋……なのか?」
 レビンがいまいちの見込めないという顔で聞いてきた。
「ええ、あんたたちには読めないでしょうけど、ここにはっきり書いてあるわよ。」
「……悪かったな、読めなくて。」
「あぁら、気にすることないわよ。普通の人間は読めないもの。」
 軽く高笑い。思わず魔法のひとつふたつぶつけたくなるレビンだった。
 と、ふいにねずみゴーレムの声がやんだ。ビラ配りを終了してとことこ奥へ歩き
だす。行く手には両開きの扉の建物が魔法の明かりを投げかけている。その建物か
ら、哀愁漂う音楽が流れ出した。洞窟内を照らしていた明かりも心なし暗くなる。
 とっさに何が起こったのか解らず、きょとんとする一同。そこへウォルフィがに
こやかに言った。
「あのねずみ、かわいいからあいつへのお土産にしたいな。」
「お土産……?」
 何かに思い至ってテルルが呟いた。周囲と目を合わせる。考える事は似たような
ものだったらしい。
「なあ、ゴーレムって売れるのか?」
「なかなかいい研究材料だと思うわよ。」
「傷つけずに回収できそうですしねぇ。」
「じゃ、決まりだな。」
 いっせいにうなずく。
「よし、ウォルフィ。あいつを捕まえるのよ!」
「解った!」
 嬉々として走り出すウォルフィ。テルルの命令口調にはまったく疑問を感じてい
ないらしい。彼はすばやい動きでゴーレムに追いつくと、軽々と持ち上げた。ぬい
ぐるみだから実際に軽いんだって。ゴーレムはウォルフィにはまったく反応を示さ
ない。遺跡の入り口に向かうべく足をばたつかせているだけである。その動きもし
ばらくすると完全に停止した。
「……止まっちゃった。」
「閉店だからじゃない?」
 テルルが遺跡の扉をこつんと叩いた。薄明かりに照らされて、文字が浮かんでい
る。
「はあ、『本日は閉店いたしました。またのご来店を心よりお待ちしております。』
……って姐さん何でにらむんですかぁ。」
「……別に。それにしてもこの遺跡、閉店だのビラ配りだの、魔法がまだ生きてる
ってことよね。面白くなってきたじゃない。」
 使える魔法のアイテムが眠っているかもしれない。危険とお宝の両方に出くわす
可能性がわいてきた。ただの迷子探しでは終わらなさそうだ。
「それじゃ、行くとしますか。」
「おうっ。」
 威勢良くウォルフィが応えた。手にはもちろんねずみのぬいぐるみを抱いている。
両腕で抱いていてもまだ二本残っているので問題ないらしい。だが筋肉質のシェレ
ラがぬいぐるみを抱いている様子ははっきり言って変である。テルルはあえて彼の
ほうを見ないようにした。 軽く力を入れると、扉は思いのほか簡単に開いた。閉
店ではなかったのだろうか。それともゴーレムが戻っていないからかもしれない。
疑問に感じはするが……なんにせよ労せずして入れるのだからありがたいことだ。
 遺跡の中もまた魔法の明かりで照らされていた。テルルの杖の輝きなどかき消さ
れるほどだ。見渡せばいくつもの棚があり、パステルカラーのかわいい壁紙があり、
なるほど確かにおもちゃ屋の雰囲気。
「なんて言うか、こういう所って背中がむずむずしてくるわ。」
「姐さんはこういうセンスが嫌いですからねえ。」
「……あんたに私のことを解ったように言われるのも腹立つんだけど。」
 テルルが眉をつり上げてシュウに視線を向けたとき、左手に見える棚の一角から
軽快な音楽が流れ出した。明るい曲調にリズム。なんだか体がうずうずしてきて…
…。
「楽しい音だなっ。」
 ウォルフィがぬいぐるみをかかえたまま踊りだした。意外なことにうまい。軽や
かにステップを踏んでいる。踊っている彼は心底楽しそうである。あまりの能天気
さにテルルだけでなく他の全員が軽いめまいを覚えた。その割に一緒になって踊っ
てしまいそうな衝動もある。衝動というよりは体が勝手に動き出しそうな感じ。
「何なんだよ、この音楽は。」
 レビンがため息混じりに音のするほうを覗きこんだ。その棚ではいくつも並んだ
毒々しい色のキノコがくねくねと踊っていた。ピンクやら赤に白い斑点やら、まる
で毒キノコの配色である。よく見るとそれらはキノコに似せたおもちゃであるわけ
だが。おもちゃにしても大量のキノコが踊っている様はあまり気持ちいいとは思え
ない。
「こんなの買うやついるのか?」
「ああ、もうこんなの放っといて先へ行こうぜ。」
 シルヴァンがつまらなそうに促した。おもちゃだけあって危害を及ぼすわけでも
ない。放っておいて問題はないはずだ。
「おまえたちも踊らないか? 楽しいぞ。」
「……こいつも放っといていいかしら。」
 ちょっとうなずきたい一同だった。しかしまあ一度同行を認めたわけだし。一発
はたいておとなしくさせてから辺りを探索することにした。売り場は決して広くは
ない。いくつか棚の間を歩いているうちに会計のカウンターが目に付いた。その内
側に、半透明の人影がひとつ。
「あ、幽霊。」

BACK][CONTENTS][NEXT