妖魔伝≫第四夜≫前

第一章 再会…。

 日が落ちて数時間は経っていると言うのに、いや経っているからこそなのか公園に
は人影がちらほらと見え隠れしている。
「本当に来るのかな?」
「おい、落ち着けよ。少しは…。」
 街灯の元で周りをしきりに見回している男に対して、手すりに寄りかかっている全
身黒ずくめの男が注意した。
「そうよ、あんまり挙動不審な動きしないでよ、光乃君。周りにはまだ普通の人もい
るんだから…。」
「みづきさん、あなたももっとリラックスしないと…。引き攣ってますよ、顔…。」
 もう秋も終わろうとしているというのにアイスキャンディーを咥えた男が大和撫子
にそう言ってからかった。
「そうよ。冴夜ちゃんを見てみなさいよ。新人とは思えないほどの落ち着きぶり…。
大器の片鱗ってやつを感じるわね。」
「いや〜、それは違うような…。」
 挙動不審者扱いをされてもさほど気にしていない様子の男が赤髪の美女の言葉に反
論しようとしたが人形のように無表情な女性に凝視されていることを感じて、その言
葉は尻すぼみになった。
「ったく、緊張感の無い奴等だ。」
 ライダースーツに身を包んだ男はそうはき捨てるように言ってタバコに火をつけた。

 ここまでの彼らの言葉の中に出てきた“普通の人”とは所謂“一般人”の事ではな
い。純粋に“人間”という意味である。すると“普通の人”ではない彼らはいったい
何者か…。彼らは“妖怪”と呼ばれるものたちである。妖怪は“普通の人”の開発に
よりその住処を減らしてきた。そして妖怪たちが取った対策は二つある。一つは隠れ
里を作り、人間とは隔離した世界で過す事。そしてもう一つは“普通の人”の一員と
して人間界に溶け込むことである。
そして妖怪が生まれる要因の一つとして “強い思い”でありその中には“憎しみ”
“恨み”“恐怖”などの“悪意”もその要因として絡んでくる。そこから生まれた妖怪
は必然と悪事を働く。悲しいかなそれが彼らのアイデンティーなのだから…。
そういった妖怪たちや元々、人間に対して悪影響を与える為に人間界に溶け込んで
いる妖怪に対抗できるのはやはり、“妖怪”である彼らなのである。

「ねえ、大神君。本当にマスターに連絡しなくてよかったのかな?」
 一通り見回したので飽きたのか光乃は大神に対してそう言った。
「そうっスね。相手は“全員”って言ったんしょ?」
 アイスキャンディーを半ばで噛み切り氷室はそう言った。
「ん〜、どうなんだろ?相手はあの玲子だし…。ねえ、みーちゃんはどう思う?」
 赤髪の美女は古い友人であるみづきにそう言った。
「そうね…。飛鳥ちゃんの言う通り、用心に越したことはないけど…。」
「だな。それにマスターは俺たちの雇い主で仲間じゃない…。」
 みづきの答えに大神は落ち着いた口調でそう付け加えた。
「なるほど…。いくら待っても来る気配が無いはずだわ…。」
暗闇から現れたのはどこぞの社長秘書を思わせるようなベージュのスーツに身を固
 めたキャリアウーマン風の女性であった。
「あんたが“玲子”か?」
 光乃は不機嫌そうな声でそう呟いた。
「ええ、そうよ。光の玉の坊や。あの時はご苦労様…。」
 玲子は冷笑と共にそう言った。
「くっ…。」
「あら?悔しいの?そんなに利用されたのが…。」
「何で…。」
 光乃は震える声でそう言った。
「何で、その格好で来てくれなかったんですか?」
「え?」
 あまりにも場違いな言葉に玲子はわが耳を疑った。
「その格好で来たら、料金もっと安くしたのに…。」
「あ、あの〜。気にしないでお話を続けてください…。」
 妙に下手にでるみづき。
「さあ、あんたの誘いに乗ったんだ…。“ご褒美”とやらをくれないか?」
 大神は玲子に向かってそう言った。
「そうね。じゃあ早速、ご褒美をあげるわ。」
 光乃にペースを崩されかけた玲子だが直ぐに立て直してそう言った。
「つぼの封印が解かれるわ。」
「ほう…。どうやら見込み違いだったようだな…。マスターの親父さんの…。」
「あの人が何を言ったのかは知らないけど、そういう事ね。」
 そういって立ち去ろうとする玲子に大神が声をかける。
「何処に行くつもりだ?そんなこと聞かされて、あんたを逃がすと思うか?」
「何よ、その言い方…。折角、情報を教えてあげたのに…。」
 玲子は大神に詰め寄るとそう言い放った。
「ふざけんな!あんな話聞かされて、はいそうですかって訳にはいかねえだろ?」
 大神も負けじと言い返した。
「だったら一刻を争うことぐらい分かりそうなものでしょ?」
「あの〜…。」
「あんだ?」
「何よ!」
 大神と玲子に噛付かれながらも光乃は物怖じせずに言葉を続けた。
「あのさ〜。一寸、整理していい?つぼの封印が解かれるんだよね?」
「ええ、そうよ!さっき言ったでしょ?」
「一体、誰が解くの?つぼの封印…。」
「誰って、こいつだろ?」
 大神は玲子を指差した。
「どうして私がそんなことしなきゃいけないの?」
「あん?さっき、あんたが言ったんだろ?つぼの封印を解くって…。」
「誰が、あたしが解くって言ったのよ!」
 一瞬、静寂が井の頭公園に戻った。

「だから、封印を解くのはDr.アッシュって男…。」
 玲子は少し落ち着きを取り戻したのか落ち着いた口調でそう呟いた。
「そのDr.アッシュってどんな奴なの?」
 どうやら玲子は説明が苦手だという事に気付いた“山鳥の巣”メンバーは自分たち
の聞きたいことを質問という形で答えてもらうことにした。
「あいつは…、気付いたらいたというか幻が連れて来たのよ。」
「幻君か〜。彼は昔からの仲間なの?」
 光乃は“東国”ネットワークで出会った妖怪について聞いた。
「あいつは昔、私が“東国”にいた時の仲間の部下よ…。服部半蔵っていってね…。
彼と秀一と私がいつも一緒につるんでいたの…。」
 玲子は一瞬、遠い目をした。
「で、その服部半蔵はどうした?」
 時野が興味本位なのかそう言った。
「死んだわ…。いえ、滅んだって言う方が正しいのかしら?例の“ヤマタノオロチ”
事件の時にね…。あの戦いは酷いもので大半の妖怪が死んだわ…。彼も死体も見つか
らないほどの状況だったらしいわ…。」
「その“事件”のことに関係あるんですけど…。」
 蛇神であるみづきはどうも似非ヤマタノオロチが気に食わないらしく“事件”とだ
け言った。
「大まかのことは聞いたのですけど結局、何故あなたは今更、今回の事件を起こした
んです?」
「別に…。唯、何となく気に食わなかったのよ、連中が…。」
「ってか、何となくでこんな事件起こされたんじゃな…。」
 氷室があきれた口調でそう言った。
「まあ、あなたたちに理解されようとは思ってはいないわ…。もういい?」
玲子は氷室の態度が気に障ったのかそういって立ち去ろうとした。
「待てよ…。まだ、あんたには用があるんだ。」
 大神が玲子を呼び止める。
「何?もう、聞くことなんてないでしょ?」
「あんたのアジトでの話だ…。」
「ああ、あれね。あなたたちが行ったの?まあ折角、教えたんだからそうしてもらわ
ないとね…。」
「あれって、玲子さんが“東国”に教えたんですか?」
「当たり前じゃない…。無能なあの連中が私のアジトを見つけられるはずが無いもの
…。」
 光乃の問いに玲子がそう答えた。
「だったら、あれもあんたの仕業か?」
「あれって?」
「菊地だ…。」
「ああ、彼ね。ええ、そうよ。だっていくら一連の計画って言っても人間が死なれる
と寝覚めが悪いからね…。感謝しなさいよ…。」
「いいかげんにしろよ。何が感謝しろだ?人間をあんな姿にしやがって。」
 大神は玲子の胸倉を掴んだ。
「あんな姿?まさか…。」
 今度は玲子が大神の手を掴んで顔を近づけた。
「もっと、詳しく話しなさい!」

第二章  野獣降臨

 玲子からの連絡が来る、数日前…。
喫茶店“山鳥の巣”はいつものように繁盛をしていた。
「また〜?」
 晶子はパソコンの画面を見ながらそう呟く。
「何々?」
 お客をほったらかしにしてウエイトレス姿の飛鳥が画面を覗き込む。
 晶子が開いていたのはスポーツニュースをいち早くのせるwebサイトであった。
「晶子ちゃん、おやじくさい…。」
「え〜。何でですか?格闘技っておもしろいんですよ?特にプロレスなんて…。あた
し、もしミス研作れなかったらプロレス同好会作るつもりだったんですよ〜。」
 飛鳥は晶子が色とりどりのコスチュームに身を包んだ光景を思い描く…。
(に、似合ってるかも…。)
「で、何がまたなの?晶子ちゃん…。」
 飛鳥は妄想を切り上げ、晶子にそう言った。
「ああ、これですよ、これ…。」
 晶子が示した画面には有名プロレスラーが失踪した事件について述べていた。
「最近、レスラーだけじゃなくて空手の選手とか有名な格闘家が失踪しているんです
よ。」
 飛鳥は晶子の説明を聞きながら続きを読む。
(秘密の特訓?まあ、放浪の旅からカムバックするってのは話題作りにはもってこい
か…。)
「あ、冴夜ちゃん。どうしたの?帳簿の方は?」
 晶子がそういうまで飛鳥は自分の後ろに冴夜がいることに気付かなかった。
「マスターが呼んでます…。皆を集めてって…。仕事、みたいです。」
 そう淡々と言うと冴夜は厨房の方に戻っていった。
(あの子が凄いのか、あたしがなまったのか…。)
そんな事を考えつつ、飛鳥は携帯で仲間たちに連絡を入れた。

「今回は“東国”からの依頼なんですが…。」
 マスターこと山本秀一は“山鳥の巣”のメンバーに向かってそう言った。
「何か、歯切れが悪いっスね。まさか、また“玲子”ネタっスか?」
「ああ…。まあ、そう何ですけど…。いや、玲子がどうしたって訳じゃなくって…。」
「はいはい…。で、何か分かったんですか?マスター?」
 優柔不断なマスターに多少、呆れた飛鳥が話を先に進めた。
「あっ、はい…。実は玲子が使ってたと思われるアジトが発見されたんです。」
「ほう…。アジトね…。何で急に?」
 胡散臭げに大神が出所を聞く。
「それなんですけど、どうも良く分からないんですよね…。」
「大丈夫なんですか?そんなんで…。」
「そこらへんは何とも…。唯、東国ネットワークの代表直々の依頼なんですよ。」
「ってことはマスターの親父さんの?」
 光乃がそう付け加える。
「ええ…。確かに今、“東国”は先の襲撃事件と“つぼ”の件で慌しいのは分かります
が、しかしそれでも人材は豊富なはず…。それなのに態々(わざわざ)、私たちに依頼
するとは…。」
「まあ、あの親父さんが何を考えているのかは分からないが取り敢えず、依頼された
以上、それをこなすまでだ。」
 仕事で抜けられない氷室を東京に残し、一行は玲子のアジトがあるという場所に向
かって移動を開始した。

 一行が向かったのは長野県と山梨県の境で周りは山々に囲まれ、特産物といえばお
いしい水と景色と言った一見何処にでもあるような長閑(のどか)な村である。
「しかし、本当にあるのか?アジトなんてよ。」
「それを確かめにきたんだろ?」
「とにかく、情報が少なすぎるわ。取り敢えず、聞き込みでもしましょう。」
 お決まりの光陰の掛け合い漫才が始まる前にみづきがそういった。

 数時間後、一行は集合場所に決めた村唯一の宿に集まっていた。
「地元の人たちの話だと、近くの山の中にそれらしい小屋を見たって言ってたわ。ま
あ、そんなに人が入るような場所じゃないからきこり小屋か何かだろうとは言ってた
けどね…。」
「なら、話が早い。早速、夜の闇に紛れて強襲をかける。」
 みづきが仕入れてきた情報を聞いた、大神はそう答えた。
「なあ、ちょっといいか?」
 時野が古ぼけた巻物を取り出した。
「これ、読める奴いるか?図柄なんかは分かるんだが…。」
 時野が巻物を広げると、そこには確かに文字のようなものと挿絵が載っていた。
「どれどれ?」
 真っ先にみづきがそれを手にとる。
「あの…。私も…。」
 冴夜も側によって覗き込んだ。
「駄目、さっぱり…。冴夜ちゃんは?」
「ごめんなさい。」
「そうか…。まあ、何とか挿絵だけでも理解は出来るから良しとするか…。」
 時野はそういって巻物を元に戻し始めた。
「そんなガラクタ、何処で拾ったの?」
「ガラクタじゃね〜!忍術書だ!」
 光乃の言葉に時野が噛み付いた。
「忍術書?何か益々、胡散臭いな〜。」
「ふん…。言ってろ…。」
「おい…。そろそろ準備はいいか?」

 アジトと思われる場所へは狼化した大神の首にこれまた白蛇と化したみづきが巻き
つき、背中には必死に何かを堪えている光乃とそんな姿を不思議そうに見ている冴夜
がいた。そしてその隣には鳥化した飛鳥が飛んでいた。そう、大神は能力で空を翔け
ていたのだった。
「あれ…。」
 山の中の小屋をいち早く見つけたのは冴夜だった。しかし、そこには先客がいるら
しく、小屋には明かりがついており、小屋の前には数人の男がいた。
「しばらく様子を見た方がいいかも…。」
「でも、あの人たち人間じゃない…。」
 冴夜のその一言を聞いた、大神は全速力で男の所に向かって駆け寄った。
「あれって…。」
 その男の顔を確認できる距離まできて飛鳥はその男が今、話題になっている失踪し
た格闘家のうちの一人であることに気づいた。
「冴夜ちゃん、本当に人間じゃないの?」
「ええ…。人間じゃないです。唯、私たちとも少し違うような気がします。」
 淡々と冴夜がそう告げた。
「何だ?うるせ〜な。」
 小屋の中から男が数人現れ、その男たちの中で頭ひとつ小さい男が言葉を発した。
「お前は…。」
 その男を見て、大神たちとは反対側から上ってきた時野が呆然と呟く。
「ん?ああ、あんたか…。あん時は世話になったな…。」
「何で…。」
「生きてるのかって?さあな、俺にも分かんねぇけどよ。」
 そう答えたのはある事件で時野が殺してしまった、そして“玲子”と思しき人物に
死体を奪われた男、菊地京太だった。
「おいおい、そう暗くなんなよ。俺はさ、あんたに感謝してるんだよ。あんたのお陰
で分かったんだよ。人間、悪いことしちゃ罰があたるんだってな。馬鹿は死ななきゃ
分かんないっていうけど、あれって本当なんだな…。」
菊地はそうニコヤカに時野に向かってそう言った。
「俺は唯、“力”が欲しかった…。でも、いくら“力”を得ても人間である俺はあんた
ら妖怪に勝てない…。じゃあ、どうすればいいのか…。その答えをある人物が教えて
くれたんだよ。俺はその言葉を聞いてさ〜、目から鱗が落ちたよ。」
 その笑みが段々と異質のものに変わっていく。
「“人間を止めればいい”ってね。ああ、何だ…。そんな事でいいのかってな…。」
 菊地の体に異変が起きてきた。
「そして俺は、いや俺たちは人間を捨てて、こんなにも美しい姿を得たんだ…。」
 恍惚の表情を浮かべたような声で菊地はそう告げた。それは既に菊地の顔は人間の
それではなく白と黒の縞模様のネコ科では最大級の動物、トラそれも白虎のものとな
っていたためだった…。

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