少年は、死に瀕していた。
 一刻一秒を争う、という訳ではないが、このまま放って置けば命の灯が消えるのも時間の問題だろう。このあたりは最近飢えた野犬が出没する。と、言うよりも、この少年はさっきまで野犬に襲われていたのだ。放置しておけば、恐らく気を失ったまま野犬の胃袋に収められる事になるだろう。

「・・・・無様ね」

 先ほども呟いた言葉をもう一度呟いて、タリアは少年を見下ろした。あれだけの野犬の数を相手に、彼の装備でここまで保った事自体が大したものであると言うべきだが、そもそも、たいした外傷も無いのに気を失う、というのは戦士としてあるまじき失態ではないのか?

(見捨てるわけには・・・いかない)

 彼女がラフィリアについて『風色の翼』のメンバーになって数年。組織は順調に成長し、この近くに新しい村を建設しつつあるまでになっている。そして、タリアにとっての世界はそれに比例して広がる・・・というわけにはいかなかった。
 結局のところ、タリアを無条件で受け入れる事が出来たのはラフィリアだけであり、タリアが心を開いたのもラフィリアに対してのみだった。タリアにしてみれば、それだけで十分と考えてもいたのだ。
 結果、周りに進んで溶け込もうとしないタリアの周りには人が集まる事もなく、どことなく、組織の中で孤立したような感じにはなっていた。
 自然、タリアの世界はラフィリアを中心にして回るようになり、彼女の中でラフィリアの言葉は絶対とも言うべきものになっていた。

(『道端に倒れている人がいたら、それが誰であっても助ける』・・・それは、当然のこと)

 ラフィリアは、タリアのこの傾向を決して良いものだとは考えていなかった。だが、組織を運営していくに当たってやらなければならない作業は増えるばかりである。実際のところタリアにばかりかまってもいられない。心に掛けつつも、なかなか対処は出来なかったのである。

(村の入り口くらいまでなら・・・一人で運べる)

 この場所は、それほど村から離れているわけではない。夕闇の迫ってきているこの時間帯、野犬に村が狙われる事もないとは言い切れないので、タリアは村外れの木の上でずっと見張りを続けていた。彼女の特技で役に立つ事であり、同時にあまり他人と接触しなくても良いこの役割が、彼女の定職のようになっていたわけだが・・・
 ともかく、そこからそう遠く離れてはいない場所である。装備品と少年自身の重さを合わせると馬鹿にならない重量になるが、引きずっていけば、まあ、運べなくもないだろう。

(・・・・・重い・・・・・)

 実際、こうして行き倒れを助けるのは、タリアにとって初めての体験であった。腕を引っ張って引きずろうとするが、なかなかうまくいかない。しかし、タリアに「見捨てる」と言う選択肢は生じなかった。絶対であるラフィリアの言葉に従っている限り、やはり、選択の余地など存在しないのだ。

 根本的なところで、何も変わっていなかった。

 タリアは、しばらくしてそう気づく事になる。今、重い思いをして運んでいるこの少年が、そのきっかけを担っている事を、今のタリアは知る由もなかった     


 ・・・この物語は、タリアの傷ついた心が、ラフィリアという胞衣(えな)によって癒される事になった顛末であり、舞台はここで幕引きとなる。
 その後、再生された『心』が彼女に何をもたらすのか、そして、どのような物語を綴る事になるのか・・・・それはまた、別の話になる。
 彼女にとって最も重要な物語はむしろそちらであり、いずれ語ることになるかもしれないが・・・・この場は、ひとまずここで一旦筆を置く事にする

『風色の翼』外伝「右目に棲む悪魔」  終


あとがき

 と、言うわけで、タリアさんの物語であります。何? 話が終わってない? それはそうでしょう。彼女の物語は、まだ完結するところまで進んでいないのですから。
 結末は、僕の中ではそれなりにあるのですが、実際のセッションや、ゆいさんの小説の展開によって影響される非常に不確定なものなのです・・・・

 それはともかく、今回の文章は、ある意味非常に困難なものでした。何しろ、タリアさん、しゃべらないんだもの。ほんとは、いろいろ考えてる人なんだろうけど。
 地の文が多いせいで、非常に読みにくいものになってしまっているかもしれませんが、ご容赦ください。
 でも、とりあえず、読んでくれた方は感想をいただけると幸いです。                 では、また・・・・・・次は、いつになる事やら。

2002年 暮の近づく頃 MtF


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