少女は、死に瀕していた。
 街と街を結ぶ街道のちょうど中程といったところか、夕暮れに程近い時間帯も手伝って人通りはほとんど無い。たとえ人が通ったところで彼女の相手はしないだろう。時は戦時下、街には浮浪者があふれ、行き倒れにいちいちかまっていたら我が身に危険が及ぶ事も否定できない。

 最後に食物と言える物を口にしたのは何日前であったか。朦朧とする意識の中で彼女は日付の感覚を追いかけ、すぐにその行為の無意味さを想い、思考を停止する。

(・・・・・・体が・・・動かない・・・)
(・・・・・・これで、終わり?)

 彼女は、奇妙なまでに冷静に自身の状態を認識していた。感情の起伏を生む気力も残っていないのかもしれない。

(なぜだろう・・・前も、ここにいた事があった気がする)

 この場所に、覚えがあっただろうか?

 もう、何刻も眺めていたはずの景色を「もう一度だけ」確認するため、彼女はほんの少し目蓋を開いた。
 だが、この行動も、何も彼女にもたらしはしなかった。霞んできたその目では、かけているサングラスの向こう側を見通すことができなかったのである。
     この世界ではかなり珍しい品の一つであるサングラス、とは言え、どんなに珍品であっても、使い方は基本的に同じである。光線からの眼球の保護か、素顔の隠蔽。
 彼女の病的なまでに色素の薄い肌は、あるいは眼球にも光線からの保護が必要になるかもしれないと想像できる。実際、彼女はサングラスなしでは眩しすぎる太陽の光に辟易することも少なく無かった。しかし、主たる目的が決してそこにあるわけでは無い。

(これ・・・邪魔・・・)

 手に入れて以来、人前で外した記憶の無いサングラスを、彼女は残りわずかな体力を振り絞って右手でずらし、視界を開かせた。彼女の目が、久しぶりに太陽の下にさらされる。
 彼女は、サングラスを自分の素顔を隠すために掛けていた。
 素顔をあまり他人に知られてはいけない事情も、確かに存在した。だが、それ以上に彼女は、自分の顔を堂々と見せることによって他人に生まれる嫌悪感を、よく理解していた。
 その顔は、彫刻であったならば「美しい」と形容しても問題の無いものであったかもしれない。無造作なショートカットの髪に、少し上がり気味の目と通った鼻筋。整った唇は、細いあごの上に絶妙のバランスで配置されている。
 しかし、それが生身の人間の顔であると考えたとき、ぬぐいきれない違和感を生じる。まずは、薄すぎる肌の色。「色白美人」というレベルをはるかに超えたそれは、この世界で畏怖の対象とされている魔法の使い手「ウィザード」を思い起こさせる。さらに、生来の性格であるのか、ほとんど変化を見せない表情は、整った容貌を「無機質」と呼ばれるものにしている。そして、ずらしたサングラスから覗いた瞳の色は、左目は髪と同じ赤、右目は青。
 もしもそれが絵画であったならば、あるいは「美しい」と言えるものであっただろう。人外の物として。

 (・・・場所じゃ、無い・・・ここは、知らない)

 両目を露わにすることのリスクは文字通り痛感してきた彼女が、あえてリスクを犯してまで確認した風景は、どうやらまったく見覚えの無い物であったようである。だが、その事実は一つの悟りを彼女に与えた。

(・・・・・・場所は、関係ない・・・・・・)
(そう、私はどこであっても・・・・・・『ここ』にいた・・・)
(・・・誰もいない『ここ』に・・・・・・)

 表情に変化は無く、感情の起伏も読み取ることはできない。ただ、深い諦観だけを漂わせ、彼女は意識を失った     


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