短編・その他≫散髪


 長男のファル兄は頭を使うのは得意だけど、あれで結構不器用で。クオ兄は性格
が大雑把。料理の盛り付けも、繊細とは程遠い。
 そんなわけで、ずいぶん前から我が家での散髪役は僕ということになっていた。
「ルディ兄さん、時間あいてるかな?」
「ん? 何か用?」
 だから、妹のリディアがはさみを片手にそう聞いてくるのもよくあることだ。僕
は開いていたノートを閉じて振り返る。
 もうすぐ11歳になる妹は、ここしばらくでずいぶんと身長が伸びたようだった。
成長期とはよく言ったものだが、目線がやけに近くなったのがちょっと気になる。
「髪、切って欲しいんだけど」
 背中まで届く淡い金髪を、恨めしそうにリディアは右手で掴んでいた。どこかで
ひっかけたのかな。この頃はファル兄が止めるのも聞かずによく外で遊びまわって
いるみたいだし。
「そうだね、ちょっとそろえようか」
 そう言って僕は自分が座っていた椅子をリディアに指し示す。が、そこには座ら
ずリディアはため息をついた。
「……そうじゃなくて」
「何?」
「思いっきり短くして欲しいんだ」
「だめ」
 思わず間髪入れずに答えてしまった。あ、リディア驚いてる。そういえばこんな
にはっきりリディアに対して否定の言葉を発したことはないかもしれない。怒るか
な、これは。
「なんで!?」
「もったいないじゃないか、リディア。せっかくの綺麗な髪なのに」
「だって邪魔なんだもん。すぐにからまるし」
「結えばいいだろう?」
「切った方が早いし、楽だよ」
 珍しく言い募るな。正直僕は感心した。今までリディアがこんなにはっきり物を
言ったことあったっけ? いつも、何か言いたそうにしては口に出せないでいる感
じだった。でも、それとこれとは別。

「少し、静かにできないのか?」

 あくびをかみ殺して、ファル兄が部屋に入ってきた。昼も過ぎて、ようやく起き
たらしい。どうせ明け方まで起きてたんだろう。相変わらず不規則な生活だなぁ。
隣でリディアもあきれている。
「一体、何を騒いでいたんだ?」
 カップにお茶を注ぐファル兄に、僕らは同時に口を開いた。
「ルディ兄さんがあたしの髪、切ってくれないんだもん!」
「リディアが髪を短くするって言うんだよ!」
 一瞬、ファル兄は沈黙した。まだ寝ぼけているのか、同時に言われて混乱してい
るのか。注いだばかりのお茶を一口すする。
「……短く?」
 とりあえず論点がどこにあるかは把握したようだ。さすがペローマ信者、なのか
な? リディアがうなずく。
「そう、ばっさり切りたいの」
「………………」
 ?
「……古来、女性の毛髪というのはだな」
 はい?
「呪術的な力が宿ると伝承に残る地域も多く、あるいは呪いの触媒とされ、あるい
は力の象徴として……」
 あ、リディアがついていけなくなってる。
「……また、別の見地からは……」


 半刻後。

「……というわけだから、リディア。髪を短くするなんて言うんじゃないぞ」
「……………………はい」
 リディアはげっそりした表情でうなずいたのだった。

CONTENTS][POSTSCRIPT