虹と黒の輪舞≫第二章≫第一編

       

第二章 出会いと再会

 

   第一篇 インターリュード 


「お、嬢ちゃん、帰ってきたで!」
 『岩山の頂上亭』では、すでにすっかり準備の整った宴の場に、主役にしてパト
ロン(!)たるリディの到着を待っていたマリス、トラップ、イオン、セレンの姿が
あった。
「あの、リディさん、どうぞこちらの席に・・・・」
 そんなに堅苦しくしなくても・・・なんて言っても無駄かな。
 リディはセレンの態度に内心苦笑しつつ、一番奥の席に着く。
「じゃぁリディさん、何か一声」
 マリスのセリフに、まだ、ミゼルが喋っているような違和感を感じつつ、リディ
は杯を持って立ち上がった。
「こういうの、苦手なんだけど・・・その、まだ、キリーシャは来ていないけど、みん
なのおかげで今回の任務は、一応の成功を見せた。この席は、あたしの感謝の心と
して受け取ってほしい・・・・あ、いや、その、報酬は、ちゃんと別にあるから・・・・」
 なんだか、セレンちゃんの事言えないじゃないか・・・・
「仲間」と感じた相手に改めて事務的な話をする難しさを感じつつ、リディはたど
たどしい言葉をつむぎ出した。
「どした、嬢ちゃん、らしくないで〜」
 もしかして既に出来上がっているのか、やはりこれが「素」なのか、リディとは
対照的に緊張感の欠如したトラップの声によって、どうやらリディは普段のペース
を取り戻したようで・・・
「うるさい!・・・こほん、いや本当に、ありがとう。・・・・では、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
 唱和した声の後、杯を傾ける一瞬の静寂、そして・・・・・
「よっしゃ、今日は無礼講や!みんな今夜ははじけるで〜!」
「・・・それは、君の言うセリフではないのではないか?」
 イオンにまでツッコミを受けたトラップは、それを無視してどこからか握りこぶ
し大の玉を取り出し、ジャグリングを始める。
「う・・・。んじゃ!今日は調子ええで〜、見るだけタダよっと」
 玉は、彼の手の中で赤から青、銀色、緑と色を変え、いつの間にか白いリングに
形を変えたかと思うと、最後にはワインのボトルに変わっていた。
「酒があれば世界は虹色っと、お粗末さんでした〜」
 ボトル片手にペコリと一礼したトラップに、彼の予想を越える拍手が沸き起こっ
た。
「いいぞ、兄ちゃん!」
「トラップさん、すごいです!」
「トラップ、アンコールだ!」
「そうだ、アンコール!!」
 酒場の他の酔客にも大ウケしたことに気をよくしたトラップは、うながされるが
ままに中央近くのテーブルの上にお立ち台よろしく乗っかった。
「おっしゃ! 今夜は急遽トラップ・オン・ステージや!みんな、楽しんでくれ
や!!」
 拍手喝采に包まれた彼を遠くに見つつ、リディは少しさびしいような気分で一人
ごちる。
「やっぱり、苦手だな、こういうのは」
「・・・わたしもです。本当、すごいですよね、トラップさん。あんなにたくさんの人
に見られてるのに・・・」
「確かに僕も、人が多いのは苦手ですね」
 思いがけず意見の合った三人であったが、直後、なんとなく気まずい沈黙が彼ら
に訪れた。『ミゼル』なら言うはずがないであろうセリフを『マリス』が言ったこと
で、避けがたい問題に気づいてしまったのである。
「あの、さ・・・『マリス』? 確か、さ・・・」
「ええ、そうですね・・・・少し説明しなければいけないでしょう・・・・・・・」
「・・・・・・・」
 ごくり、と喉のなる音がしそうな勢いで話を聞こうとしたリディだったが・・・・・
「のわわわわわああわあわ?!!!!!!」
(がしゃーん)
「何だ?!」
 ・・・と、聞くまでもなく、トラップが派手にやらかした音は、酒場中に響き渡り・・・・
マリスはそのノミよりは大きいかもしれない心臓を跳ね上げさせたのち、大声で悪
態をついた。
「・・・・・・・・・おい!! トラップ!? 何だ突然! びっくりするじゃねぇかよ
ぉ!!!!」
 それは、あまりに瞬間的な変化であったが、彼を注視している者があれば気づい
たであろう。彼の目の色が赤から青に変わったことに。
「・・・ミゼル、か?」
 何が起こったのか、結果だけ考えれば、わからなくもない。しかし、目の前で起
きた一連の事象は、とても理屈で割り切れるものではなかった。かろうじて『正し
い』反応を返すことのできたリディは、心の中で今は旅に出ている長兄のセリフを
反芻していた。
(どんなことにも理がある。無いように見えるのは、知らないことだからだ)
(・・・そうさ、ファル兄さん、知らないし、知らなくてもいいことだよな)
 もう一度しっかりとミゼルの顔に向き直る。
「・・・・なんだよ、俺がミゼルで、悪いか?」
 明らかにばつが悪そうな表情は、逆にリディを安心させる。別に・・・
「別に、悪い訳ないだろ? びっくりしただけさ、ちょっとね」

 ・・・この少女は、案外、将来有望かもしれない。
リディとミゼルのやり取りを見ていたイオンがふと、とりとめもない想いを抱いた。

(行く末を、見てみたい気もする)

 このような街一つの器に収まる程度の人物ではあるまい。また交わる道を共に出
来るのであれば面白いが・・・・

(私には、まだ為すべき事があるか)

 隣で目を白黒させている少女を見て、ほんの少し表情を和らげる。彼自身も、も
しかしたら気づいてない程度に。
「セレン、どうやらトラップが怪我をしたようだ・・・・・行くか?」
「・・・・・え? えっと、イオンさん、あの・・・・あれ?」
 状況を理屈で割り切ろうとし、かえって混乱していたセレンは、自分を呼ぶイオ
ンの声に振り向き、更に困惑の度を深めてしまう。彼女にしてみれば、イオンに何
らかの説明でも求めたいところであったのに、彼はまるで意に介することなく歩き
始めているのだ。しかも、少し笑ったような表情で。

 理解の遅さを嘲笑されている、とは考えない。この、いつもイオンを見ている少
女は、少なくとも彼が自分を嘲笑することなど無いことを知っていたし、信じても
いた。
 そのことも余計混乱を深める原因であったが・・・・セレンは、イオンの珍しい笑顔
でひとまず納得してしまい、彼の背を追いかけた。

「トラップさん! 大丈夫ですか?」
 彼女にしては少しはしゃいだ声で、指先に怪我を負ったトラップにかけよる。
「・・・・何や、ワイが怪我したんがそんなにうれしいか」
「へ? あ、いえ、そんなことはありません。すみません、あの、本当に、そんな
つもりは・・・・」
 少々不謹慎な態度に対して発せられたトラップのセリフで、自身の心の中にあっ
たある意味乙女チックな喜びが声に表れてしまっていたことに気づいたセレンが、
必要以上に謝罪の言葉を並べ始める。その様子を見たイオンが、今度ははっきりと
「苦笑」を浮かべてセレンに声をかけた。
「治療はしないのか?」
「あ、そうでした、すみません! すぐ、始めますね、トラップさん、傷、見せて
ください・・・・・・」
 セレンが一言二言呪文を詠唱すると、淡い光が彼女の手のひらに生じ、見る間に
傷が塞がっていく。
「おおきに」
 なかなかどうして堂に入ったセレンの様子に、トラップも安心して礼を言う。頬
を染めて、しかし、少しだけ誇らしげな様子でセレンがイオンを見上げ、イオンは
『問題ない』とでも言うように頷いた。

「・・・・なんか、あの二人って、いい感じだよな」
 今度は逆にイオンたちの様子を観察していたリディが素直な感想を漏らす。
「そうか? なんか、ある意味よそよそしいんじゃねぇの? 俺なら、もっと、こ
う・・・・」
(・・・・・そんなだから、セレンちゃんに避けられるんだよ)
 身振り手振りを交えて熱弁するミゼルに対する心の呟きは表に出すことなく、リ
ディは、ふと、この場にまだ来ていない仲間に思いをはせた。
(キリーシャ、遅いな・・・・)

 黒の月の信者が確認できたので、何らかの情報があると踏んだキリーシャは、ひ
とり、遅れて参加するとの言葉を残して宵の口を迎えた繁華街に消えていたのだ。
 
 ただ情報を集めるだけにしては時間がかかり過ぎているような気がする。
 ふと生じた疑念は、程なくして不安へと変化していき・・・・・・

(まさか、何かトラブルに巻き込まれたんじゃ・・・・・)

「・・・なあ、キリーシャ遅くない・・・・・・・」
「リディ! いるか!?」 

 表面に現れた途端に、当のキリーシャの声が酒場の中に響き渡る。出鼻を挫かれ
て鼻白んだリディであったが、次の瞬間にはその声に含まれる緊迫した空気を嗅ぎ
取ってすぐに返事をする。

「キリーシャ? どうした?!」
「外に出てくれ! 町中、大変なこと、なってる!」

 店内の酔客も、マスターも、悲鳴にも似たキリーシャの叫びに外をうかがい始め、
リディがおもむろに出口へと歩いて行ったのを見てミゼルも大股で彼女を追い越さ
んばかりに外へと向かう。トラップは・・・・自分が夜目の利かないことに気付いてい
るのかどうか、イオンとセレンをせかしつつ出口に向かって――――
「何やわれ何も見えんでこら」
 一人お約束のボケをかますトラップを完全に無視した面々はそこに・・・・・・・
「・・・・・何が、大変なんだ? キリーシャ?」

 何も見出せなかったリディが、気の抜けた表情で振り向いた刹那、異変に気付い
たミゼルがリディを突き飛ばして飛来する影を受け止めた。

「何すんだよ!ミゼル」
「抱きかかえてほしかったか?」

 まるっきり状況を把握していないリディが抗議するのに軽口で応じつつ、顔が全
く笑っていないミゼルが虚空を睨み付ける。

「・・・・・どうしたんだ?」(抱きかかえるって、身長ほとんど同じじゃないか)

 ・・・・・170メルチを超える長身のリディにしてみれば、その台詞は女扱いされてい
なければ発し得ないものに感じられ、文句の一つも言いたい気分ではあったのだ
が・・・・・ここはさすがに状況の緊迫を感じて自重する。

「よく見ろよ、あの木のそばにいるあいつ・・・・・うまく暗がりに紛れ込んでるつもり
かも知れねぇけど、周りより黒いもんだから輪郭が浮き上がってるぜ・・・・・・」
「・・・・・・あ、本当だ、気がつかなかった・・・・・・あいつが?」
「ああ、なんか黒い物飛ばしてきたぜ・・・・・・・確かに手ごたえはしたのに、受けた途
端消えちまった」
「・・・・・まだ、こっちが気付いているとは思ってないみたいだな・・・・」

 扉を出た所で小声の相談を交わすリディとミゼルの視線の向こうに、確かに『そ
れ』は居た。リディの言う通り、まだこちらに気付いた様子はないのだが・・・・・・
 よく観察すると、何か違和感がある。先に攻撃してきたにもかかわらず、こちら
に動きが生じても全くリアクションが見られないこと。そして・・・・・いくら暗がりに
いるにしても、均一すぎる表面の見え方。それは、まるで、それそのものが影のよ
うな・・・・・・

「リディ、あいつらだ、今、街の中で大騒ぎになってるやつ・・・・・」

 キリーシャが抑えた声でリディに告げ、観察の末にその異様な有様を感じたイオ
ンがキリーシャに問い返す。
「一体・・・・あれは、何なのだ?」

「・・・・・・今日の夕方、街の上に黒い雲が横切った後、あらわれたらしい・・・・」

 低く潜められたその声は、明らかに『何か』に気付いており、同時に聞いた面々
に同じ事を気付かせた。

「・・・・・・それって・・・・・」
「ああ・・・・・」
「まだ、わいらの仕事残っとると思てかまわんのか? 大きい嬢ちゃん」
「・・・・・・・いや、これは、新しい仕事の依頼という形になると思う。もちろん、引
き続き協力してくれれば嬉しいけど・・・・・」
「何や、水臭いこと言わんと、乗りかかった船や。そりゃ、別料金なら言うことな
しや」
「『乗りかかった船』はいい響きだぜ、トラップ。俺も一枚乗ったからな!」

 自分の仕事が不完全であったために街中に化物を放つ結果を招いたと感じたリデ
ィであったが、被害や詳しい街の状況を聞く前に飛び出して行ったミゼルを放って
置くわけにもいかず、協力的なトラップの科白にも安心してとりあえず目の前の問
題に対処する。

 あっという間に『影』まで数歩の位置に踏み込んだミゼルを追いかけ、リディは
ネットを準備した。
 
 『法と秩序』を司るガヤンの神殿では、治安を守るために犯罪者の戦闘力を無力
化するさまざまな技能を授けている。鋸歯状の背に相手の剣を絡めて折る武器のソ
ードブレイカー、自らが武器を持っていなくても敵を押さえ込むことの出来る体術
である投極術(ゴーセス)、そして、逃げる相手を捕縛し、武器を絡め取ることにも
使えるガヤン=ネット。
 リディは、年齢と・・・・本人はそう言われる事を非常に嫌うが・・・・性別のわりにか
なり優秀なガヤン信者である。だが、悲しいかな、経験の不足は如何ともし難く、
まだ、神官位を授かっていない・・・・・つまり、ソードブレイカーを所持していない。

 ただのブロードソードを街中で抜き放つ訳にもいかず、彼女は正直言ってあまり
得意ではないネットを使っているのである。

 対して、徒手空拳が基本の蹴打術(ダルケス)を師範クラスにまでマスターして
いるミゼルは、『移ろい』を司る恋の女神アルリアナが教える武術であることを存分
に知らしめる華麗な動きで『影』への初撃を放った。

「?」

 確かに、手ごたえはあった。防具も着けていないような感触からすれば、そもそ
も立っていられる奴のほうが少ないはず・・・・・

 ミゼルの考えとは裏腹に、まるで蹴りの効いた様子がない『影』の佇まいを、彼
は初めてまじまじと目に映した。遠くから見たときと、まるで印象は変わらない。
ただ、黒一色の人型の物体。

「無駄な抵抗はやめろ! おとなしく・・・・・うわっ?!」

 狼狽した声を上げつつ自分に向かって放たれた黒い薄片状の物体をかろうじて避
けたリディが再び注意を向けと時にはもう、その『影』はこの場から消え去ってい
た。

「・・・・・なんだったんだ、一体・・・・・・」
「あいつらが、町中の人、攻撃して傷つけている」

 呆然と呟いた問いに答えるようにキリーシャが発した言葉を聞いたリディは、目
を見開いて振り向き、せき込むように質問を浴びせかけた。
「ちょっと待て、『ら』という事は何体いるんだ?・・・・いや、それよりも、被害の
状況は?」
「私も、詳しいこと、分からない。ただ、通りは大騒ぎになっている」

 答えたキリーシャの言葉を厳しい表情で受け止めたリディは、二人を連れて店に
戻ると、皆を前にしてその表情を崩さずに言葉をつむぎだした。

「みんな、楽しんでいる最中に悪いのだけれど、あたしはすぐにガヤン神殿に行か
なくてはいけない。報酬は・・・・取りあえずイオンに預けておく。後で等分して受け
取ってほしい。ここの支払いは済ませてあるから・・・・・しばらくは、ここで様子を見
ていたほうがいいかもしれない。
暗がりにいる奴は目で見つけるのが難しいから・・・・・・・」
「まあ、ちょっと待てよ」

 立て板に水の勢いでしゃべり続けるリディの声を遮るようにして、ミゼルがセリ
フを発し、一瞬止まったリディの言葉の隙を確認して、さらに言葉を継いだ。

「俺たちは、一応協力するつもりなんだぜ? 今回のことだって、何も情報知らな
いでここで待ってるくらいなら、ガヤンに集まってる情報が知りてぇからな。止め
たって、俺は行くぜ」

 ついていく、というミゼルのセリフに、キリーシャとイオンも同調する。 

「私も、悪魔の仲間、倒すためなら早く動いたほうがいい」
「そもそも、一人で行動するほうが危険ならば、我々も一緒に行動するべきだと考
えるが?」
「それなら、わたしも行くべきですよね」

 セレンの発した台詞にイオンが口を開こうとした瞬間、トラップが嬉々として喋
り始める。

「なんや、ワイしか残らん事になってしもたか。それはおもろないな、しゃぁない、
ワイもお供しまっせ。夜中やから、なーんも役にはたたへんけどな」 

 『トリ』(ミュルーン用語:「最後」の意)を飾った満足感に浸るトラップの横で、
イオンが開きかけた口を苦そうにゆがめた。彼にしてみれば、トラップにはセレン
と一緒に残っていてもらいたかったのだろうが・・・・・

「・・・・・まあ、どこが安全かは分からぬからな・・・・・」

 誰にも聞こえないような声で自分を納得させるように呟くイオンの隣で、セレン
がほんの少し笑みを漏らす。聞こえたのかどうかは定かではないが・・・・・・

「・・・・・・分かった、みんな、ついてきてくれ、ガヤン神殿まで案内する」

 ほんの少し、皆の心遣い(とは限らないが・・・・)に感動したリディが少し抑えた
声で宣言して、夜の街に歩き始め、他の面々もその後を追った。
 
 夜の闇は、まだその帳を下ろしたばかりである――――

                                     
つづく
    ――――――――――――――――――――――――――――――    なかがき   まだあとがきを書く段階ではないので、「なかがき」です。  やたらと間を空けて、内容はこれだけかい! というツッコミを受けそうですが、 どうぞお許しください。これから、なるべく早く更新できるようにする布石『小出 し』の始まりのつもりです。  年内中に第二編を投稿できるようがんばります。では、続きをお楽しみに。

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